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韓国のベストセラー小説82年生まれ、キム・ジヨン』(チョ・ナムジュ著、斎藤真理子訳 筑摩書房 2018)の話をしたい(一部ネタバレあります)。お読みになった方も多いだろう。何人かの知人女性に、「この本読んだ? どこ、共感した?」と聞いてみると、みんな、語ること語ること。主人公のこと、描かれている性差別のこと、自分の生い立ちのこと……

男性精神科医の目を通して、キム・ジヨンという女性患者の生い立ちや社会で女性の置かれている状況、問題が淡々と描かれる。

なぜ彼女は病んでいったのか。

彼女は、日々の生活の中で、人生の節目節目で、様々な理不尽を押しつけられながらそれがこの社会では当たり前であるかのように思わされ、追い詰められていく。読者は、それを追体験しながら、彼女に自分の人生を重ねあわせ、この社会で女性であるとはどういうことなのかを改めて思い知らされるのだ。

彼女の人生には、目を覆いたくなるような悲惨な「事件」は起こらない。重ねられていくのは、この社会で女性なら誰もが経験しているであろう出来事。

わたしがもっとも惹きつけられた登場人物は、語り手である男性精神科医だ。キム・ジヨンを診察し、彼女のカウンセリング結果から見えてくることを整理し、読者に示してみせる。

彼は、キム・ジヨンの置かれている状況を理解できる数少ない男性のひとりだと自負しており、ほとんどの男性たちは、彼女の置かれた状況を知らないだろうという。それは、彼が精神科医として彼女を診察したからではなく、彼の妻が、結婚し子どもを育てる中で自身の職業生活を断念していくのを間近で見ているからだというのだ。

妻は、優秀な医師だった。学生時代の成績も優秀で、意欲も持ちながら、結婚・出産を経ると、教授になることをあきらめて勤務医になり、そして医師の仕事そのものをやめてしまう。

この精神科医は、妻が自身のキャリアを手放した時、この社会で子どもを持つ女性が生きていくとはどういうものかを知ったというが、妻が、子どものことで、てんてこ舞いになっていても、彼が何かをするわけではない。それは妻の問題で、自分の問題ではないとでもいうようだ。

そのうち、妻は、小学生用の算数の問題集を解くという異常な行為に走るようになる。

学生時代は数学が得意だった妻が、なぜ小学生の算数の問題を解くのか。理由を聞くと、

「今の私にとって、思い通りになるのはあれしかないんだもの」

このくだり、もう、胸が締めつけられる。けれど彼は夫としても精神科医としても、その意味を深く考えようとはしない。そのかわりに、彼は妻に、もっと得意なことや好きなことをやってほしいと願うのだ。

妻自身のことを思ってではなく、おそらくはそんな妻の姿を見せつけられる自身の不快感の解消のために……

彼の病院には、優秀な女性カウンセラーがいた。彼女は妊娠後体調が思わしくなく、退職することになった。彼は、そのことを残念に思っている。なぜなら、そのカウンセラーは、見た目が良くて、よく気がつき親切で、彼のコーヒーの好みを覚えて買ってきてくれたり、病院の雰囲気を明るくしてくれたりするから。

ああ、この順序。ここに、彼女の本業に対する評価はない。

けれど、彼女は患者たちにとって替えのきかないカウンセラーだった。だから、彼女が辞めると、彼女が担当していた患者はカウンセリングを受けることそのものを辞めてしまう。そのことを、彼は、顧客を失ったと、まるで彼女のせいで病院が損失を受けた、とでもいうように表現する。そして、彼は最後につぶやくのだ。「育児の問題を抱えた女性スタッフはいろいろと難しい」から、未婚のスタッフを探さねば、と。彼もまた、女性たちを追い込むこの社会構造の加担者だ。

なのに、時に、女性の味方であるかのように、時に、自分こそが被害者であるように語る。その無自覚さと無責任さと当事者性の無さに愕然とする。この精神科医が、この物語の語り手であることの意味を考えさせられる。

わたしはここで、何人もの男性を思い浮かべる。
家事と仕事で疲れ果てている妻の苦悩を切々と訴えるふりをして、その実、そんな妻と同じ家に住んでいる自分の息苦しさを語り、自分のつらさに思いを馳(は)せよと要求する男性たち。

で、あなたは何をしたの?

聞けば、朝食のパンを焼くことも、洗濯物を畳むことすらしていない。妻は、仕事をやり、育児や家事をやり、時には親の介護をし、それで疲れ果てて夫を邪険にしたならば、彼はその妻の自分に対する対応に傷ついたと言って、自分は被害者であるかのように語る。

もちろん、これは「小説」だ。しかも、女性作家による小説だ。だから、男の本音が書かれているわけでもなければ、男の視点が描かれているわけでもない。けれど、女性たちの経験が、女性たちが日々出会う男性たちが、ここに、女性の目を通して描かれている。

日本の男性たちはどんなふうに読むのだろう、どんな感想を持つのだろう。わたしはそれがとても気になっている。

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牧野雅子(まきの・まさこ)

龍谷大学犯罪学研究センター
『刑事司法とジェンダー』の著者。若い頃に警察官だったという消せない過去もある。
週に1度は粉もんデー、醤油は薄口、うどんをおかずにご飯食べるって普通やん、という食に関していえば絵に描いたような関西人。でも、エスカレーターは左に立ちます。 

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