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第五十回『完全に隔離された安定して均一な空間』

菊池ミナト2019.04.06

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お色直しで二着目のドレスに着替えたら、再び入り口の大きな扉から登場し直さなければならない。
ただ、一緒に登場するためだけに披露宴会場の外に出てきた山田仕郎は私に目もくれず、プランナーさんを捕まえて動線の確認をし、それでも不安なのか「先導するスタッフがいますよね?」を繰り返していた。

この後は、音楽と共にドアからババーンと登場し、各テーブルを回って記念撮影なのである。それはあらかじめ聞いているので今確認しなくとも大丈夫なことなのである。結婚式のプログラムはとても効率的で、せっかく足を運んでくださったゲストとのお写真の撮りっぱぐれがないように、新郎新婦が立ち上がったタイミングで全ゲストに挨拶して回る瞬間を設けているのだ。今から再登場し、扉からもといた高砂までうねうねと練り歩いて各テーブルのゲストと写真を撮って回る。効率の良さ重視なので、偉い人のテーブルは先に行く、とかそういう配慮は基本的にしない。入退場の扉に近いほうが下座なので、つまり、偉い人がいっぱい座っているテーブルは最後である。

それもこれも全部、何回も聞かされたことだ。
でも、山田仕郎は、本当に全ゲストに挨拶して回ることができるのか不安にかられているようだった。
どうせ皆お酒が入って気楽な感じになっているし、万が一スタッフと私と山田仕郎、全員の落ち度でどこかのテーブルを飛ばしてしまっても、誰かしら「おいおい、こっち忘れてるよ!」と教えてくれるだろう。

プランナーさんが3度目の「私どもでしっかりご案内しますので大丈夫ですよ」を言ったところで、私は横から、
「あれですよね、たしか、スタッフさんが『次はここのテーブルに来ますから』って予告してくれるんですよね。ゲストがちゃんとテーブルに揃ってるように。いきなりテーブルにお邪魔するわけじゃないですし、第一、これだけ皆さんお酒も入って雰囲気もいい感じだから万が一飛ばしてしまっても戻ってお写真撮ればいいだけですよォ」と言ってみた。

振り向いた山田仕郎は
「私は準備がきちんとしていないと落ち着かないんです! A型なので!」
と、ヒステリックに言い、私は突然の血液型占いに「あはは」と笑った。私はB型である。
「A型だったんですね! 私もです!」とプランナーさんが話をそらし、山田仕郎は「同志よ」といった様子で少し表情を緩めた。B型にできることは何もない。

扉の向こうから、司会者の「皆様、テーブルにはお揃いでしょうか──」という声が聞こえてきて、私は鏡がはめ込まれた壁で自分の姿をチラッと確認した。
丸出しになった首と肩はヘアメイクの安藤さんの見事な仕事でいい感じにごまかせたが、腋と胸の間のハミ肉がドレスの縁のレースにプニッと乗っている。ブライダルエステで産毛まで丁寧に脱毛され、輝くハミ肉である。

しかし、全身を見るとそこまで気にならない。ドレスを試着した時、提案されるがままに15cmのハイヒールを選んだのがよかったようだった。マーメイドラインのひらひらした裾がハイヒールを隠しているので、傍目にはそこまで不自然ではない。恐らく、この首の太さに適切な身長は、通常の私プラス15cmなのだ。

音楽と共に再び登場した我々は、式場スタッフの完璧な先導で各テーブルを練り歩き、行く先々で30秒くらい喋った後写真撮影をした。一番多く言われたのは「びっくりした、お色直しも白なんだね!」だった。多分、私がゲストでもそう言っただろう。その都度、「こっちは母が気に入ってくれたドレスなんです、どうしてもどっちかに選べなくて、両方着ちゃいました!」と言って回った。「優しいのね」「お母さん想いね」と言ってもらってちょうど会話がキリよく終わるようになっているのだけれど、そのどちらでもなく、あきらめただけである。それに、恐らく「優しいのね」と言っているゲストの方も、あっ、もう争うのが面倒になって折れたんだろうな、と思っているだろう。少なくとも私がゲストの立場だったらそう思う。

扉に近いほうから、どんどん回っていき、山田仕郎の主賓席が最後のテーブルであった。
私は主賓の教授を奇妙な気分で眺めていた。ウェルカムパーティーの時には姿が見えなかったし、主賓のスピーチの時には距離が離れていたので、その教授と至近距離でお話をするのはそれが初めてであった。

彼には、10万円支払われているのである。結婚式的な金銭感覚から言えば、ディズニーのキャラクターに来てもらうことができる最低価格が10万円からである。まぁ、消費税が別途かかるが。
ともかく、山田仕郎があらかじめ教授室を訪れ、高級和菓子の袋の底に忍ばせた封筒入り現金を受け取っているその教授は、ミッキーやミニーのような愛嬌もサービス精神もホスピタリティも感じさせない、泰然とした様子で一番いい席に納まっていた。

ここに至るまで何回も繰り返した「お色直しも白なんですね」がこのテーブルに限っては始まらず、代わりに「山田ァ、お前、良い店選んだなぁ!」というこのテーブルでは一番末席と思われる場所に座っている男性医師の発言が最初だった。
 「昔はよく接待で使ったよ」
 「最近はシブいからなァ」
という発言が続き、山田仕郎は嬉しそうに相づちを打っている。
ワインを大分召し上がっているらしい別の医師が「まァ、ここの席は『完全に隔離された安定して均一な空間』でやらせてもらってますんで」と言い、テーブルがドッと沸いたところで集合し写真を撮った。

?

高砂に戻りながら、山田仕郎に「完全に何とかって一体何のことだったんですか?」と聞くと、
「『完全に隔離された安定して均一な空間』です」と訂正された返事が返ってきた。
「完全に隔離された安定して均一な空間」
「そういう言葉です、実験とかで使う」
山田仕郎の説明ではよくわからなかったが、『完全に』『隔離された』『安定して』『均一な』『空間』という個々の日本語は理解できる。

ここは結婚式場である。
私は高砂でニコニコと微笑みながら、今のはとんでもなく失礼な発言だったのではないだろうか、とぼんやり思った。

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菊池ミナト(きくち・みなと)

主婦
リーマンショック前の好景気に乗って金融業界大手に滑り込んだアラサー。
営業中、顧客に日本刀(模造)で威嚇された過去を持つ。
中堅になったところで、会社に申し訳ないと思いつつ退社。(結婚に伴う)
現在は配偶者と共に暮らし三度三度のごはんを作る日々。
フクロウかミミズクが飼いたい。 

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