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しばらく間が空いてしまいました。読んで下さってる皆様ごめんなさい。特に具合が悪かったからという訳ではございませんで、4月15日を最後に抗がん剤休憩はまだ続いていています。むしろ楽であるはずの日々、お休み気分が拡張されて暢んびりし過ぎてしまったようです。光陰矢の如し。ステージ4にもなって、いまだに切羽詰ってきません。人生全般焦るより開き直ることの方がデフォルトだった等と思い返したりて。

さて皆様、近藤誠医師という名をお聞き及びでしょうか。放射線の専門家で、がん治療の分野ではいろんな意味で高名です。医師の名をご存じなくとも『癌もどき』という造語は結構知られているのではないでしょうか。ネーミング上手ですよね、がんもどき、お豆腐製品として古くから耳に馴染む言葉です。わたしががんの診断を受けた頃、ちょうど流行っていたと思います。わたし自身はオヤジギャグと思っただけでしたが、親戚や知り合いから何度か、「進行しないようだし、良かったね、がんもどきで」と言われたことがありました。内心、素人さんの言うこといちいち気にしませんと思っていましたが、言い出しっぺは立派な玄人、がん治療の専門家でした。言うまでもなく『癌もどき』というものはありません。念のため。

つい先ごろ、この近藤医師の広めた「抗がん剤は効かない」という根拠のない言説を地道に糾弾し続けている腫瘍内科医である勝俣範之医師のインタビュー記事を読みました。実はわたしは勝俣医師の患者です。拙著『ぽっかり穴の空いた胸で考えた』に登場する、「ジョン・レノンの詩ですね」と言ったのも、このコラム二回目で「がん患者さんに延命治療は勧めません」と言ったのも勝俣先生です。もう長い付き合いです。記事の中で勝俣医師は、近藤医師のインフォームドコンセントの有りように疑問を呈し、「海外だったら医師免許剥奪になりかねない」と強い言葉を使っています。( 日経メディカル「近藤理論を放置してはいけない」勝俣範之 )

わたしが初めて近藤医師を知ったのは、乳がん患者会イデアフォーの出版物だったと記憶しています。患者会は悩みを打ち明け語り合う場であるわけですが、活動の中で出てきた疑問や問題点を問うため、医師を招いて勉強会を開いてもいました。当時はそんな患者会の希望に積極的に応える医師は少なかった。しかも、乳がん患者はほとんどが女性です。そして医師は、今でもそうですが男性である比率が非常に高いです。それはともすれば頼られる権威ある男性と、守られるべきか弱い女性というジェンダー・ギャップバリバリの関係でもあったと思うのです。近藤医師はある時期そのような関係の真っ只中に躍り出た人気医師であったと思います。彼は放射線の専門医です。乳房温存するためには、まだ術前化学療法もありませんでしたし、手術後に放射線をかけるのが必須でした。近藤医師は乳房を失いたくない患者の訴えを多く受け留めていたことでしょう。

がん治療にまつわる領域は広いです。標準治療と呼ばれる、安全性と効果が確認され、なおかつ健康保険が適用される治療ばかりではありません。海外とのギャップもあります。テレビの科学番組で得られるような希望に胸が膨らむ最新情報はなかなか現実に汎用されるまでになりません。サプリメントや代替医療に範囲を広げて考えれば本当にきりがありません。しかも厄介なのは、立派な肩書きのドクターが個人クリニックを開き宣伝費用をかけ、すでに効果が否定されている時代遅れの治療法を連綿と続けていることです。患者さんの多くは亡くなり、訴える人もありません。悲しい事実です。

「抗がん剤は野蛮な治療です」16年前、初めて化学療法を始めるわたしに勝俣医師は言いました。そして前回の診察では、独り言のように「何もしない選択肢もあります」とつぶやいていました。これは保険適用の抗がん剤をあらかた使用してしまったステージ4患者への「根治は目指しませんQOLを高めましょう」の延長線にあるアドバイスで、近藤医師がハナから「抗がん剤は効かない」というのとは意味合いが違います。わたしなぞ、きのう何食べたかも覚えていないのに、医師に言われたことはこんなふうに心に刻まれてしまうのです。例えて言えば、患者にとって医師というのは、もともと偽物の神様みたいなものです。だからこそ、救世主然と振る舞う、医師としても偽物の『偽物の神様』の罪は深い、そう思います。

改めまして、わたしの抗がん剤治療の行方ですが、休薬期間すでに二ヶ月を越えようとしています。治療開始から16年、こんなにサボったのは初めてです。休憩し始めた頃、上腕の筋肉に痛みが出ました。これはきっと、首の付け根の骨転移が大きくなり神経を圧迫しているに違いない、首が折れたら大変だからそうっと動こうなどと思っていました。しかし、3週間くらいで痛みは軽くなりました。ハラヴェンの後遺症だったかもしれません。そうこうしていると今度は腰の痛みが始まりました。これは日々少しずつ辛くなっていきます。痛み止めを途切れなく服用していないと、機嫌の悪い嫌な人になってしまいます。腸骨の転移が大きくなったのかもしれません。

じんわりとではありますが、明らかにがん細胞増えています。なぜ呑気に休薬しているのかと言いますと、最新免疫療法キートルーダのためのゲノム検査結果待ちをしているところなのです。最新です、わくわくします。しかしネーミングがちょっと、「効いとるだぁ」オヤジギャグですか。とは言え、キートルーダ適用は10パーセント以下だそうなので、おそらく次もまた既存の化学療法から未使用の薬を選んでケモテラピー再開となるでしょう。

わたしの場合多少の放射線治療はしましたが、手術はしていませんし、治療のほとんどが抗がん剤です。この先どうなっていくのか確信はありませんが、少なくとも抗がん剤が命を縮めることはなさそうです。

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高橋フミコ(たかはし・ふみこ)

60年しし座の生まれ
美大出てパフォーマンスアートなどぼちぼち
2003年乳がんに罹患
同年から約2年半ラブピースクラブWebsiteで『半社会的おっぱい』連載
2006年『ぽっかり穴の空いた胸で考えた』バジリコ(株)より出版(ラブピのコラムが本になりました)
都内で愛猫3匹と集団生活
 

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