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ステージ・フォーッ! Vol.2 奇跡は知らぬ間に通り過ぎていった

高橋フミコ2019.04.05

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がん闘病16年の間に何が起きたでしょう。実は取り立てて劇的なことはありませんでした。始めの、腫瘍が悪性であることやステージⅣという病期の告知にショックを受けたものの、後は運命に身を任せ、あまり頑張らず、だらだらしていただけのような気もします。特に私の場合、手術はしていませんし、がん治療での入院は一度もありません。胸骨の転移に放射線をかけた時は、真夏の日差しの中片道40分、約2週間を毎日自転車で通いました。単調な通院に何か楽しいことをしたかったのですが、今思い返すと元気でした。近年はがん患者としても成熟してまいりましたし、それなりに年も取りました。

14年目の春、抗ホルモン剤からいよいよ抗がん剤に切り替えて2年くらい経った頃、治療の選択に多少の迷いが出てきました。抗がん剤は辛いよ。いつも頭に霞がかかったよう、爽やかに気の晴れることは二度とないのかと思うと弱気にもなります。主治医にそう訴えると、「副作用が辛いのであれば、それ用の薬を出します。抗がん剤の変更はしません。マニュアル通りに量と回数を守っていきましょう」と。正論です。手も足も出ない感じ。何かにつけて遊びをかましたい私は、このドクターとタッグを組むことに常々性格の不一致を感じていました。先生は慎重で優等生、片や患者はフィーリングと直感重視、グルーヴは生まれない。例えば、腫瘍マーカーの数値を知りたいと言うと、それを知ることにどんな意味がありますかと返され、意味なんか無いただ知りたいだけと言いながら泣いちゃうみたいな小事件が多発していました。

それで久しぶりに、他院に移られた以前の主治医に会いに行くことにしました。気持ちを原点に戻して冷静になろうと思いました。そのドクターは、患者のリクエストには気安く応じるように見せて、いざとなると患者の言い分に流されることはない、後戻りはしない、そんな印象でした。「抗ホルモン剤はもう効きませんか」「そうでもない」「時々抗がん剤休んでもいいですか」「大丈夫」何となくこっちの方が楽そうだ、そう思った私はあっさり転院することにし、ドクターも快く応じてくれました。

定期的にCT検査をしています。転院する前の病院で造影剤アレルギーの疑われる発疹が出たことがあり、それ以来CTは造影剤なしで撮っていましたが、今回は入れることにしました。肺転移と疑われるものが写っているがハッキリと判らないなどと言われると、何のためにCT撮ったんですかと思うのが人情です。

検査の結果を踏まえて治療方針を練り直すのだな、しかし今日も予約時間に大幅遅刻だけれど、まあいいや、とつらつら考えながら電車に揺られているとケイタイが鳴りました。病院からです。遅刻の言い訳を考えながら電話に出ると、何とわざわざドクターからです。「今日来ますか?」「向かってます。もうすぐ着きますすみません。」「来ますね?」「はい」プチっと電話は切れました。ちょっと、何ですか?と思わないでもありませんでした。

ドクターは画像診断の所見をプリントアウトしながら、簡単に肺の絵を描き、二箇所にぐりぐりと黒点を記しました。「こことここ、詰まっています、肺塞栓症です」「へー」「抗がん剤の副作用で、数パーセントの患者さんに現れます。いつ呼吸が止まってもおかしくないです。そうなったら延命治療しますか?」「え?」「がん患者さんにはお勧めしません」「そうですよね」「はい、この書類にサインして」私としては、自覚症状もありませんでしたし、呼吸が止まる感じは全くなかったので、返って軽い気持ちでサインしました。この病院は自宅から遠いので遥々搬送されることもないだろう、実質関係ないだろうと思っていました。「治療が難しくなった」ドクターの呟きを聞きながら、先生珍しく焦っているねなどと他人事のように感じていました。で、血栓を溶かす薬を処方され、抗がん剤は暫くお休み、楽チンです。しかしながらサインしたとは言え「延命治療しない」が心に引っかかったので、近所の循環器科を受診し、いろいろ検査してもらいました。ついでに栄養管理の指導まで。必ずしも必要ではなかったのですが、ちょっと手をかけて大切な自分を確認してみたというところです。気分転換にもなりました。

言われてみれば、歩きながら笑ったり喋ったりすると息が上がることはあったし、カラオケで声が出にくいことがあったかも。まあ、それくらいで、異変が起きることはなく、次の検査で血栓は写っておらず、抗がん剤を変え、血液サラサラの薬を続けて今日に至ります。つい最近、ドクターが私の顔をつくづく見ながら、「幽霊のようなものですよ」と宣いました。「何しろ両側、がっちり詰まっていましたからね」「そうなんですか?」「奇跡的です」。心なしかドクターの微笑みに親しみがこもっているように見えました。それにしても、もし転院しようと思わなければ検査で血栓が見つかることはなかったわけで、肺塞栓症の治療はされず、本当にパタリと死んでいたかもしれません。一見気まぐれな「こっちの方が楽そうだ」の判断は、小さく積み重ねられた信頼関係に裏打ちされたものだったかなと思います。

がん患者は実はがんで死ぬより、治療に伴う合併症や、体力が落ちているところに起きた感染症などで命を落とすケースが多いのです。がんで死ぬ、それはある意味、ゲームのステイタス最上位にまで辿り着いたと言えることかもしれません。知らぬ間に最強ミラクル・キラキラ・アイテムを使っていました。このゲームは一度きりなので、難関をクリアしたけれど気がつかなかった、ということもあるようです。

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高橋フミコ(たかはし・ふみこ)

60年しし座の生まれ
美大出てパフォーマンスアートなどぼちぼち
2003年乳がんに罹患
同年から約2年半ラブピースクラブWebsiteで『半社会的おっぱい』連載
2006年『ぽっかり穴の空いた胸で考えた』バジリコ(株)より出版(ラブピのコラムが本になりました)
都内で愛猫3匹と集団生活
 

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