ラブピースクラブはフェミニストが運営する日本初のラブグッズストアです。Since 1996

Loading...

連休中は美味しいもの食べて過ごしました。ジュウレンキュー、ジュウレンキュー、有がた家の鐘が鳴るとばかりに連呼される日々、皆様いかがお過ごしでしょうか。

さて、この連休で病院の休みと私のタイミングが合いません。面倒です。だからという訳でもないのですが、もうだいぶ頑張ったので、この際休憩しましょうと抗がん剤投与、ケモテラピーを4週空けることになりました。
現在使用中エリブリンの標準投与方法は、週に一度の点滴を2回一週間の休薬と、3週間で1クールです。白血球の下がり過ぎで、一度だけ2週あいだを空けたものの、それ以外は途切れなく今までに8クール継続しています。白血球が下がり過ぎてしまうと分かった後は、体表面積から割り出す投与量を75%に抑えました。そのため、副作用の抜け毛も、薄毛ではあるもののまあ許容範囲です。抗がん剤は薬や量によってかなり副作用が違うので、今度はどんな感じかと想像します。もはやソムリエと言っていいかもしれません。

主治医から4週あけると聞かされた時、私は抵抗しました。
がん細胞増えますよね? と言い返しました。「もうここまできたらそんなに頑張らなくても大丈夫だから」と返され、はあ? どんな意味? と心乱れました。私としては(本音=治りたい=共存フォーッ!)がん細胞にやさしい治療はちょっと、などと内心独り言ちていました。しかし気持ちを切り替えて、最近感じ始めていた味覚異常も治るだろうから、ここは連休らしくリゾート気分で美味しいものでも貪り食おうと思い直しました。

そんな矢先、ただ立っていて、ただ歩き出しただけにもかかわらず、ふくらはぎにバリッ!と衝撃を覚え、思わず蹲りました。痛いです。何が起きたのでしょうか。靭帯切れた? 血管切れた? 神経どうかなった? 肉離れってこんな感じ? ということで、自己診断肉離れです。しかし数日で治ってきたので、実は違ったようです。とにかく言えるのは、気づかぬ間に随分とカラダ全体消耗していたということです。足先はいつも痺れていて、まるでドラえもんさながらの大雑把な丸い塊のように感じますし、食事をとるときは腹に力が入らず味も分からず、ただバケツに放り込むような感覚でした。それでも食欲はあったので良しとしていました。

このように何だかわからなく、説明するにも的確な言葉が見つからず、訴えても「何だろうね、暫く様子を見ましょうか」で終わってしまう不具合不調に時折襲われます。3年ほど前には、目眩がし、真っ直ぐ歩けず左に寄って行ってしまうということがありました。ただ毎日ではなく、調子の良い日も悪い日もあったので、更年期障害扱いで、脳転移かどうか調べる間もなく、半年ほどで治ったということがありました。

医師に相談すれば? と思うでしょう。その通りですが、がんの専門医はがん以外にはあまり興味を持たないというのが長年患者を続けた実感です。医師の興味を喚起するのに、どういう風に説明すれば良いのか、懸念は何かを整理してから口にする必要があると思ってしまいます。そのような患者の悩みに対しては病院側にも考えはあるようです。最近は顔馴染みの看護師さんが体調について声をかけてくれるようになりました。相談しやすい体制を作ろうとしているのでしょう。
それでチーム医療という言葉を思い出しました。私ががん患者になった頃「チーム医療」が言われ始めていましたが、評判は芳しくありませんでした。例えば毎回違う医師が診察に当たることに戸惑う患者に「チーム医療なので」と言われても、大病院の言い訳にしか聞こえなかったものです。患者のためではなく、医師のためのチームなどと批判的に捉えていました。

しかし、そんな私の認識はひょっとして古いのかもしれません。というのも、親戚とがん治療経験の話をしている時、がん連携拠点病院という言葉が出てきましたが、私はこの言葉を知りませんでした。調べてみると2006年に制定されたがん対策基本法により、地域格差を是正するため病院の連携体制が作られたということです。親戚は希少がんを患ったのですが、主治医の指示のもと、手術、放射線、ケモテラピー、緩和ケアとそれぞれ違う病院で最新の治療を受けられたと言います。私は一人の医師に信をおいているとは言え、自身の経験のみに固執していたような気がしてきました。これは一つ見聞を広めねばなりません。

タイミングよく精神腫瘍医と緩和ケア専門医の講演に行く機会がありました。
精神腫瘍医が言うには、がん患者はうつになりやすく、そのことで治療が滞ってしまうこともある。また逆にうつに対処することが延命効果をもたらすと。
緩和ケア医も同じようことを言います。すなわち早い段階から、がん治療と同時に緩和ケアをしていくことで延命効果が高まると。
確かに私もこれはうつってやつかもねと思うことがありました。けれど、抗がん剤の副作用でどうせゴロゴロ過ごしているのだから、別に明るく元気になる必要もない、こんなものだろうと思ってやり過ごしてきました。ゴロゴロしていたい気分のどこからどこまでが抗がん剤の副作用で、どこからどこまでがうつなのか、そんな分け方はできないにもかかわらず、ひたすら抗がん剤のせいにしていました。

緩和ケア医がパワポで示した図を思い返します。中心に患者、それを取り巻く医療関係者、セラピスト、ボランティア、宗教関係者などなどの図。チーム医療ってやつですよ。応用編として、これを医療ということだけでなく、自身を真ん中に置いて、改めて一人一人頼りにしている周囲の人たちで図を埋めてみました。自分連携拠点を思い描いてみました。それで、これってがん患者に限った話でもないんじゃないかと思いました。

Loading...

高橋フミコ(たかはし・ふみこ)

60年しし座の生まれ
美大出てパフォーマンスアートなどぼちぼち
2003年乳がんに罹患
同年から約2年半ラブピースクラブWebsiteで『半社会的おっぱい』連載
2006年『ぽっかり穴の空いた胸で考えた』バジリコ(株)より出版(ラブピのコラムが本になりました)
都内で愛猫3匹と集団生活
 

RANKING人気記事

Follow me!

  • Twitter
  • Facebook
  • instagram

TOP