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2003年に大学院に入ってほどなく気づいたのは、日本の中絶医療が世界とは違う道を歩んでいることだった。海外の多くの国々で次々と中絶が合法化されていった1970年前後から、世界の中絶医療はみるみる進化した。なにしろ、それまでは非合法とされ、ヤミの堕胎師がこそこそ行っていたサービスを、合法的に医師が提供することになったのだ。どうやれば安全かつ確実に中絶を行えるのか......海外の医師たちは困惑していた。

実のところ、日本以外の国々でも、合法化直前までヤミの堕胎師が主に用いていた手段はソウハ(搔爬)だった。日本では今も主流の中絶手術法である。今ならば子宮内をエコーで確認しながら施術することも可能かもしれないけれど、当時のソウハはまったく目視できない状態で鋭利な刃のある金属製のキュレット(鋭匙)を膣からさしこみ、子宮の内容物を手探りで掻き出すほかはなかった。手技に習熟していないと、子宮壁に穴を開ける事故(子宮穿孔)が起こるおそれがある――海外の医師たちにとって、ソウハは最初からありえない選択肢だった。吸引も同様で、金属製の管を女性の身体に入れて、穴を開けてしまうことを医師たちはおそれた。

そこに、シンプルな解決法が提示された。アメリカで違法の中絶を行っていたカーマンという心理学者が考案したプラスチック製のカニューレと呼ばれる管だった。使い捨てだから感染のおそれもなく、柔軟でしなやかなそれは子宮に穴をあけることもないし、吸い出すものが詰まらないように工夫された独特の形状をしていた。

最初は“ヤミ堕胎師”が考案した器具に不信の目を向けていた医師たちだったが、カーマン・カニューレの利便性と安全性が勝利した。結局、この器具を用いた「吸引」が一大ブレークすることになり、中絶が合法化された国々のスタンダードな中絶手段としてすっかり定着したのである。1970年代の初め、もはや半世紀近くも前の話だ。

海外における中絶技術の進化はさらに続いた。1980年代になると、フランスでミフェプリストンと呼ばれる「夢の中絶薬」が開発され、全世界を騒然とさせた。この薬は妊娠を維持するホルモンのはたらきを抑制する(つまり妊娠を続けられなくする)作用をもち、子宮を収縮させて中身を外に押し出すミソプロストールという第2の薬と組み合わせることで、妊娠初期なら98%の確率で人工的に流産を引き起こすことができる。副作用もほとんどなく、妊娠に悩む女性にとってはまさに夢のような薬だった。

いろいろと服用量など工夫されて、海外では、「より自然」に感じられるとか、「手術は嫌だ」と思う女性たちが、中絶薬――狭義ではミフェプリストンのことだが、広義ではミフェプリストンとミソプロストールの2つの薬を合わせて「中絶薬」と呼ぶ――を選択している。

この「中絶薬」の安全性と有効性は世界保健機関(WHO)のお墨付きで、2薬ともWHOの「必須医薬品(必ず備えるべき薬)」に指定されている。「薬による中絶」は、今では欧米諸国のほぼ全域と数多くのアジアの国々、さらに一部のアフリカや中南米の国々などで、吸引と並ぶ「安全な中絶」の選択肢のひとつになっている。

実際、2003年にWHOが発行した『安全な中絶』と呼ばれるガイドラインで、「安全な中絶」と位置付けられていたのは中絶薬と吸引法だった。このガイドラインで、ソウハは他の「安全な方法」を使えない場合の代替法とされていた。

より良い方法が導入されていないことに危機感を覚えて、わたしは仲間の研究者と共に、2010年に母体保護法指定医(中絶を行うことを許可されている産科医)を対象にした343サンプルの調査を行った。その結果、わかったのは、妊娠初期の中絶のうち吸引のみで行われているのは1割ほどにすぎず、半数近くがソウハと吸引の組み合わせ、あとの3割以上がソウハのみで行われていることだった。

この調査結果を2011年秋に学会発表した。すると、なぜか2012年4月になって、朝日新聞が「日本の中絶 母体に負担」の見出しで,「日本で行われている人工妊娠中絶では,世界保健機関(WHO)が安全と勧めている『吸引法』は1割に過ぎず、事故が比較的起きやすい方法が8割を占めていた」と報じたのである。「事故が比較的起きやすい方法」とは、もちろんソウハのことだ。

朝日新聞に調査結果が報道された翌2013年、驚いたことに日本産婦人科医会の医師たちによって4000サンプルを超える日本国内のすべての指定医を対象とする実態調査が行われた。そして、次のような調査結果が報告された。

"我が国の人工妊娠中絶の方法は,妊娠初期・中期ともに欧米諸国と異なるが,安全性には大きな問題はない。しかし,妊娠初期の手術法は掻爬法よりも吸引法の方がより安全性が高いことが明らかになった"

最初にこれを見たとき、「ソウハより吸引の方が安全なんだったら、どうしてそっちに移行しないの!?」と思った。「大きな問題がないから現状維持する」というのはおかしいと思った。より安全性が高まり、よりアクセスしやすくなり、女性のリプロダクティヴ・ヘルス&ライツが少しでも改善されるなら、そっちを選んだほうがいい、いや、選ぶべきじゃないのか……。

その後、この調査研究の内容を詳しく吟味していったことで……思った以上にひどいことに、わたしは愕然とした。この調査は、「日本の中絶は安全」ということを言い訳するためだけに行われたものだと確信した。既存研究の結果とも数値があまりに違う。よく見たら、調査方法も偏っており、結果を誘導するような内容だったと分かったからだ。

しかし、さすがにこんな「おためごかし」をWHOは見逃さなかったのだった……。(つづく)

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塚原久美(つかはら・くみ)

中絶問題研究者、中絶ケアカウンセラー、臨床心理士、公認心理師

20代で中絶、流産を経験してメンタル・ブレークダウン。何年も心療内科やカウンセリングを渡り歩いた末に、CRに出合ってようやく回復。女性学やフェミニズムを学んで問題の根幹を知り、当事者の視点から日本の中絶問題を研究・発信している。著書『中絶問題とリプロダクティヴ・ライツ フェミニスト倫理の視点から』(勁草書房)

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