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女性差別と在日朝鮮人差別を前にして 李信恵さんインタビュー

ラブピスタッフ2014.09.16

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今年8月18日、ネット上で激しく繰り返される差別発言、誹謗中傷といった個人へむけられたヘイトスピーチで受けた被害に対し、「在日特権を許さない市民の会」(在特会)と同会・桜井誠会長、インターネットサイト「保守速報」運営者に損害賠償を求める2件の訴訟を大阪地裁に起こした在日朝鮮人ライターの李信恵(リ シネ)さん(43)。
女であること、在日朝鮮人であることゆえに受けた差別と、今回、行動を起こすに至った思いなどを伺いました。


■提訴に踏み切った思い
この間、様々なヘイトスピーチの対象となってきましたが、昨年、ある特定の個人から、Twitterで「殺す」と名指しで攻撃されたことがありました。でも、それが書類送検で終わり、起訴には至らなかった。今、ヘイトスピーチは法的にも何も制限が無い状態で、野放し。このままではいけないと思ったんです。自分が提訴することで、再発防止につなげたい思いがあります。


今、私に限らず、ヘイトスピーチの被害者はとても多い。だから、私みたいに裁判を起こしたい、訴えたいっていう人は山ほどいると思う。でも、弁護士をつける、裁判を起こすお金がない人も多い。
それに、名前をさらされるのも苦痛やったり、お金もあって名前も出せる人でも家族が反対していたりする。わたしは、たまたま全部そろっていたんです。


それに、朝鮮学校襲撃事件(編集部注 以下、注:在特会が京都第一朝鮮学校の子ども達を威嚇・襲撃した事件)の裁判も、普通のオモニ(お母さん)たちが闘ってきた。先生とか男の人もおるけど、子どものオモニたちが頑張った。
他の今までの裁判も支援してきてきましたが、金稔万さんのイルム(名前)裁判、徐文平さんの積水ハウスの裁判、さかのぼって指紋押捺運動の時もそうやけど、誰かが闘ってきた歴史の積みかさねがあって、今がある。次は私の番かなって思ったんです。


今回の裁判は、ヘイトスピーチ、民族差別だけじゃなくて、女性差別っていう問題もあって、私が在日じゃなくて女性じゃなかったらこんなにひどいことは絶対、されていない。私と同じことを屈強なマッチョの大柄な男の人がやったら名指しで攻撃できないでしょう、桜井も。


それに、ライターを長くやっていて、自分にはずば抜けた才能がないのが分かるから、体張るしかないんです。書くことで、ペンで闘うことも考えたけれど、でも、朝鮮学校襲撃事件に関しても、追体験をしていかな、と思った。
贖罪意識じゃないけど、ずっと放って置いたことが申し訳なかったし、私がターゲットになっておいたら、今は私が攻撃されることで、他に彼らの関心がいかないだろうって思いもあるんです。


■「在日朝鮮人2、5世」として
生まれも育ちも大阪です。
親がたまたま、朝鮮人やった。うちは町工場、ネジやさんをやっていました。もう亡くなって、いないんですが、アボジ(お父さん)が1世。昭和3年生まれのアボジはとても小さい時に日本へ来たそうです。(注:当時、朝鮮半島は日本の植民地下にあったので、朝鮮半島と日本間での人々の往来は様々なかたちでなされていた)


当時、日本国内では当然、日本語教育しか受けられないので、父は朝鮮語は習得できなかったし、オモニ(お母さん)も日本生まれの2世なので、ほとんど朝鮮語がわからない感じでした。でも、朝鮮語の単語くらいは家で飛び交っていましたね。
私、落ち着きがないんですけど、「チョンシンないわ(忙しくて注意力散漫とか、落ち着かないといった意味)」とか、「ムンチして(混ぜて)」とオモニが良く言っていましたね。
自分では、それが大阪弁なのか、朝鮮語なのか、よくわからず、聞いていました。そう、アボジが一世だから、民族的な環境はあったんでしょうね。
小さい時、しょっちゅう泣いていた子で、幼稚園くらいの時にアボジが抱っこしてくれて、「ポンガ ポンガ ポンガ ポンガヨ」と、よく言ってたんですね。最近まで、あの歌なんなんだろ、嘘の歌作って、くらいに思っていたんですが、先日、「チュノ?推奴?」っていう韓国ドラマを観た時に、山賊が赤ちゃんをそうやってあやしていて。いやー!朝鮮語だったんやん!と思いました(笑)。


■Twitter上などで攻撃されるようになった経緯
学生時代から、地域の行政の広報誌や大手出版社の女性誌でライターをしていて、その後、色々な縁があって、サーチナというサイトなどで韓国のニュースや日韓問題を書くようになりました。2011年頃、朝鮮学校高校無償化除外に反対するデモが代々木であって、その時にはじめてリアルで野間易通さん(注:「レイシストしばき隊」を結成)に会ったんですよ。


また、その7月くらいに知り合いに頼まれてチャンネル桜に出たんです。
取材すること、書くことってある種、暴力じゃないですか、自分がそちらの側にいるという認識を強く持っているんですが、時々、自分は良いことしてるなって正義感に酔ってしまうことがある、だから、ここらへんで一度、自分のやっていることを見つめ直さないとあかんなって、出ようと思いました。
その後からですね。もともと、ネット上で少しはからまれていたけど、2chとかでも、頻繁にあげられ、絡まれるようになってきた。


去年の1月、たまたまTwitterを見ていたら、在特会のデモがひどくなっていることを知って、新大久保で「死ね」、「殺せ」と歩きながら叫んでいるひどい映像も見たんです。朝鮮学校襲撃事件の裁判をわたしもずっと支援していますが、その傍聴に、あちら側(在特会などレイシスト)のウオッチャーと呼ばれる子たちも来ていて、初めは、支援者以外の誰が来てるんやろ、と見ていたら、「お散歩」でこんなのがあってとか櫻井にメンション送ってる子がいる、そして、その一連の記事を書き出したんです。
それからですね、桜井を批判、罵倒する記事を書いたっていうことで、あの周りがぐわーっと一気に私への攻撃し出して。それがきっと、直接の切っ掛けです。


■ヘイトスピーチの攻撃対象になったわたし 
当時は、そこにどうして対抗していいかわからない気持ちで、ずっと眺めているしかなかった。
その時に、野間さんがあまりにもひどい現状を見かねて、「レイシストしばき隊を結成する」っていうのをつぶやいていて。
「しばく」って聞くと、大阪人だから、わくわくするんですよね。どんなふうにしばくんやろって(笑)。で、取材させてくれ、って、野間さんに連絡したんです。安田浩一さんも取材に来ていて、そこで初めて出会いました。


実際、はじめてヘイトデモのひどい現場を見て、怖くなってしまって、その日は、はよ大阪に帰ろって気持ちでした。あくまで、取材者として行っていたんです。
そのあと、大阪でもカウンター活動が始まり、取材を続けるんですが、取材中に急に殴られそうになったり、危険なことが何回も出てきた。
でも、私は記者だから、伝えたい一心で現場に通い続けたし、自分はターゲットになってない、平気、と思おうとしてきたんですよね。でも、当時のビデオをみたら、めっちゃ、ふるえてる自分が映っていたり。
怖いし、寝られへんし、飲みに行った帰り道とかも、誰かにつけられてるかもと思って、あえてどこか迂回して寄り道したり、新幹線でも後ろに誰かいるかも、どうしようと思うようになりました。今も、そうです。
でも、自分は記者やし、起きていることを伝えたいと思って、奮い立たせてなんとかきました。

 


■記者として
はじめは全然、書かれていなかったのが、段々、大きなメディアも記事にしてくるようになって、それ見ていたら腹が立ってきたんですよね。「どっちもどっち」みたいな書き方しかしないんです。
こんなあからさまな差別の前で、公平で水平な場では全くないのに、そこで「どっちもどっち」って言うことのおかしさ。どうすんねんこいつらって感じ。
じゃあもう、大手がこう書くなら、私、公平じゃなくて良いじゃんって、その時から、どんどん偏向したろって思ってやってます(笑)。

 

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それ以降、レイシスト側からは「カウンターの一味や」ってより一層、思われるようになっていきました。
まあ、カウンター終わったあともそのみんなで飲みに行きますし、ほんまに途中から、カウンターの人にも「いや、あんた、そもそも、ずっとカウンターやろ」て。言われたりして(笑)。
自分では、1人で、一記者として闘ってるつもりだったけど、ある意味、初めからカウンターやったんかなって(笑)。でも、それで良い。


安田浩一さんの本『ネットと愛国』に対しての批判もありますよね。公平に書きすぎとか。
私も、カウンターの仲いい人たちから「向こうの話は聞く意味ない」と言われ、でもそこは記者だから聞くし、向こうの内部事情とかも取材したいしね、というのは、当然、あります。
人間性を変えられることは無いと思うけど、向こうにも、ちょっとでも何か伝わったら良いなという思いでも取材している。


■レイシストたちの二重の差別  朝鮮人であること、女であることに対する複合差別

在特会が朝鮮大学の55周年記念のフェスタ(注:一般公開され、日本人も多数、参加する文化祭のようなイベント)に襲撃に来た時あるじゃないですか。あの時もそうですが、在特会は、女、子どもを狙うでしょう。弱いものを狙う。
あの桜井が「朝鮮人を殺しにきた!」と騒いだ襲撃事件の時に偶然、現場にいたんです。たまたま、取材に行った従軍慰安婦の写真展とか色んな所でピンポイントで在特会らと遭遇してるんですが。別に狙ってるわけでもなく、むこうが来んねん!(笑)


後日、向こう側が撮って流してるビデオを見たんですが、その時、朝鮮大学の側にいた私を、あえて狙ってクローズアップして撮っていた。
女ばかりをクローズアップして撮っているんです。やっぱり、何か女をターゲットにすることを考えてるなと思った。
その時、和服着ている日本人の女性たちも朝鮮大学に遊びに来ていたんです。その人たちへも「朝鮮人!」と、やつらは「誹謗中傷」してきた。日本人に向かって、「朝鮮人」と言うことは蔑みの言葉、誹謗中傷になると思っているんですね。


男の人だったら、誹謗中傷の時に、容姿のこと、ブス、とかそこまで言われないでしょう。ハゲ、とかくらいはあるけど。女の人ってやっぱり、顔、服装、若さ、全てに対して言われる。
その男だから言えるっていう優越性はどこから来るねん、っていつも思う。


容姿のこと、チャンネル桜の画像とか見ても、わたしが色が黒いから「土人」とか、「エベンキ」とか、肌の色や容姿でひどいこと、無数に書かれています。
Twitterにもえげつない画像を貼り付けてくることが多いです。
例えば、韓国のセックスワーカーの写真や、整形に失敗した事件があったらその写真とか、女性器の写真とか多いです。
あとは、女性のヌードを貼り付けてきて「これがお前らの正体だ」とか。
男の人には、ここまで、しないでしょ。
そういうのが続いて、ああ、これは朝鮮人であることと、女であること、どちらに対してもなされてる、二重の差別、複合差別なんだって気付きました。


インターネット上で男女で見ると、女性の方が10倍攻撃されやすいって研究者の金明秀さんとかも言っている。ネット上で女性はターゲットになりやすい。それが在日だったら余計。
だいたい、在日の男の人は「不法入国の子孫」って言われるし、私とか女へは「お前は韓国人や言ってるけど、どうせ売春目的の出稼ぎで来たんだ」とか言ってくるんです。
在日の渡航の歴史も知らないで。ヘイトスピーチの世界は、全くの無知からくる根拠の無い発言で溢れている、でもそちらの発言の量がものすごい。
人を貶め、深く傷つける発言をした側は謝罪もしない。謝罪なんか無い世界ですよ。


それに日本って、女の人に対する侮辱表現が、多いでしょう。
「ブス」とか「売春婦や」、「ババア」っていう表現も、とにかく、すぐ言われる。私が誰かとTwitterでしゃべっていて、相手が女だと、その子にも嫌がらせが来る。そこで会話するのもその子のためにためらうようになったこともあった。友達は、大丈夫、って言ってくれたけど。


2月にも、ヘイトデモの取材中、「朝鮮人は皆殺しや」とか目の前でひどいことを言われて、思わず泣いてたんですよ、道ばたで。わたし、記者やのに泣いたらあかんって思ったけど、泣いていた。
さらされること、攻撃されることにある意味なれて、意識するようになってからも、怖い。
その時も後で見ると、写真を撮られていて、「安田浩一と信恵が来てた」って出てましたよ、いろいろな所で。自分を知らない人達から一方的に自分をさらされて、攻撃されること、ほんと、怖い。


■派手な服をいつも着ているわけ
1人徹子の部屋、って言ってるんですけど(笑)、カウンターの取材に行ってから今日まで、一度も同じ服を着ていったこと無いんですよ。


何でかと言うと、むこうから勝手に写されるから、写されるんやったら全部違う服で言ってやろう!って。暇な人がおったら気付くでしょう(笑)。
でも、去年の冬、めっちゃ困って。持ってるコートがもう無い!はやく冬終わってくれみたいになってましたね。
女の人って服装で判断されることも多いから、逆手にとってやれっていう気持ちです。
在特会の人達、みんな同じ洋服着て、ダサいじゃないですか。私はおしゃれよ!みたいなね(笑)。


派手な服を着てると、警察が目につきやすいからというのもあるんです。
日本の警察もおかしいんですが、公安が私をすぐ取り囲むんですよ、動かさないようにって。併走しないようにとか。
だから、派手な服を着た方が、もしも殴られた時、危害があった時に映るでしょ、絶対。目立つから危険から身を守れる。
あとは、新しい服を着ていって、気合いもいれるんです。戦場に行くようなものだから。もともと、服を買うの、好きなので、そう、モチベーションを上げたい。

 

 

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■信恵さんにとってのチョゴリ
オモニのものをリメイクしたチョゴリを提訴の日に着たんです。
着ることは、闘うことだなって思いがある。
でも、カウンターには絶対着ていかないんです。チョゴリのことを罵倒されるのが嫌だから。


以前は朝鮮学校の子たちが制服で着ていて、街中で見ることも多かった。でも、今は、チマチョゴリ切り裂き事件などがあって、制服も着られなくなってしまった経緯がある。全然、チョゴリを着た風景が見られなくなった。
ヘイトスピーチで言葉を黙らされたりすることも問題だし、民族衣装を着ることも抑圧されているのが嫌やったから、自分が着ることで出来る闘いもあると思っています。
ただ、チョゴリの場合は、女だけ着せられてる、とかの批判ももちろんありますが、着ることで解放されることもあるって思うんです。


今、母が認知症で、悪化していくのを薬で抑えてる状態なんですが、昔みたいに喧嘩したり、甘えたり出来なくなってしまった。80にもなった母に甘える、というのも変だけど、母のチョゴリを着ることで、母に甘えたいなっていう思いもある。
オモニも若い時に民族運動をしていたんですね。朝鮮学校の事務をしたり。当時も、今と違う形で民族学校が弾圧された歴史があり、母から阪神教育闘争の話とかを小さい時から聞いていました。


日頃、子どもの入学式もチョゴリで行っています。目立ちたがりっていうのもある(笑)けど、子どもの進学、晴れ姿って、親の自分のお祝いでもあるでしょ。

自分の中で、正装といったらチョゴリだと思うし、自分の成人式、結婚式でもチョゴリ着たし、大事な節目はいつも着てきた。愛着があるんです、チョゴリという民族衣装に。

 


■カウンターの今・民族組織への思い
今の朝鮮と日本のルーツを持つダブルの子たちや、今まで民族運動に接してこなかった子がヘイトスピーチを見て傷ついて、カウンターに参加しているという現象もあります。もしかしたら、その子らにしたら、これは民族運動の側面もあるのかなって。


カウンターには、目の前で起こっているこのひどいことに対して、色々な年代、性別、人種の人が集まってる。
ゆうたら、ほんまに、既存の運動や組織に期待していない人も集まってきてる。


民族組織については、私自身、沢山、親しい人もいてますし、民族組織の良い面もありますが、でも、儒教精神が強いから男尊女卑もすごい。しょーもない面もあるんですよ。「女は煙草吸ったらあかん」とかね。
この前も、ある民族コミュニティの集まりで、私より年下の男が煙草吸ったら怒られないのに、私が吸ったら怒られたんです。知らない年上の男から。
「これだから日本学校出身は」とか「女のくせに」とか。まあ、もうわかってるけど、腹たつのおって。
もちろん、民族組織、そこはそこで一生懸命やったら良いし、存在自体を否定する気は全く無いです。
マイノリティにとってのコミュニティは、大事だから。

 

 

■「カフェしばき」
カウンターの女の子とたまにやるんですが、在特会が千日前で街宣するんですね。その道にカフェがあるんです、ただそこに座って煙草でも吸ってお茶して。
向こうはずっと立ってやってるでしょ。こっちは座って、優雅な感じで見てる(笑)。
そうしたら、「李は取材もせんとぼーっと座って見てる」とか、「何しに来てる」とか書かれてる。
あいつらの話なんか、ホントは聞きたくもない、でも、チェックしてる、監視する人も必要。
でも、こっちは楽しくカフェで恋バナでもしとこっかって感じですけど(笑)。

 


■提訴するリスクと二次被害・家族の応援
早速、別のトラブルがあったんですよ。
私が提訴した翌日、「極左の信恵と極右の桜井が殺しあって消えてしまえ。日本からゴミが排除されればいい」って大分の県立高校の先生が個人のFacebookに書いたんです。

なりすましだとしても問題だし、もし本人だったら、その学校に外国人の子どもがいる可能性もあるし、学校に連絡したんです。これはあかんな、って。
在日コリアンっていうのはゴミですか?って。
「もちろんゴミじゃない」って電話でそこの教頭先生は言ってましたが。 
殺し合えば良いのにとは、教育者としてどうかと思う、外国人の子どもへの影響を考えてとも伝えました。
その後、大分新聞などが記事にし、学校側も対応して本人も削除するっていうことになりましたけど。
ニュース書く方がニュースになってばっかりで、いきなり、嫌ですね(笑)。


夫は18くらいから私のことを知っている人。「決めたならもう反対してもやるだろうから、頑張って」と。全く反対も無しでした。
日本人と朝鮮人の国際結婚だから、私が取り組んでることの意義ももちろんわかってくれているし、派手な服を着ていく理由も、わたしがビビりなのも知っている。
息子は、心配するかな、反対するかなと思って言わなんとこうかなと思っていてたんですが、「裁判するねんや」と伝えたら、「それでネット上とかの、いつも取り組んでる差別のことがなくなるねんやったら頑張ったらいいんちゃう」って言ってくれたんです。反対、一切、無い家族でありがたい(笑)。

 


■「かっこいい大人」とは
以前、ある講演会(民族団体KEY主催の講演会)で聞いたんです。
昔、朝鮮人は日本では職業差別がいまより激しく露骨にあり、職業が限られていた。教師とかなれないし、自営業しかなかった。大半はやくざかプレス工になるしかなかった。そのどっちになっても「指落とす」のがおちや言って。子どもが、自分の将来について考えた時、「大人になったらやくざかプレス工しかないなあ」って思ってしまうこと、差別ってそういうことやって。
普通だったら宇宙飛行士になりたいな、サッカー選手になりたいなって思える。差別とは、夢や選択肢すら与えないこと。
子どもの未来を、選択肢をひろげるのが、大人の役割。かっこいい大人に、なってますか?って。


3年くらい前ですかね。その時、私、全然、格好良くないわって思って。
かっこいい大人になりたいなって、そこから、この話が頭にいつも残ってますね。

 

 

■日本社会への思い・希望
日本の中って正解が一つじゃないといけない空気がある。正しい日本人、というようなものを求められて。
在日、外国人、ダブル、LGBTの子たちが昔も今もずっと悩んでいる。在特会の初期の頃、ダブルの子が結構いたじゃないですか。ダルビッシュって呼ばれてたあの子とか。
社会運動をやってるだけで、こわ、みたいなのもありますよね。フェミニズムで女子力つける!とか、日本では無理ですよね。フェミニストとか言うと、日本ではもてないし、なんなんですかね(笑)。


まだまだ、日本社会の中の差別はあるし、もちろんヘイトスピーチは終わらせたいけれど、母親の時代、もっと前から比べると、ある意味、恵まれているとも思う。
そして、朝鮮人ですが、自分も日本社会の一員でもあるから、ああいうヘイトスピーチを作り出してしまった責任、自分にもあるんじゃないかって思いも抱くんです。自分もどこかで誰かをふみつけているかもしれないという気持ちは持っていたい。
他のカウンターの人の裁判があまり注目されていないんですが、伊藤さん、木野さんなど、一生懸命、私と同じ「法しばき」っていうのでやっています。引き続き、私も支援しているし、皆さんも支援して欲しい。

しんどいこともあるけど、朝鮮人でよかったこともいっぱいある。
日本にいるからこそ在日同士で打ち解けたり、朝鮮学校もあるし、韓国の人とも平壌の人とも会える。
着物も綺麗だけどチョゴリも好き。
韓国人はもうあまりチョゴリは着ないでしょう。本国にいたらなかなか大事なものに気づけなかったかもしれない。
私は在日じゃなかったら、こんだけ有意義な人生を送ってこられなかったと思う。色んなものを見られてるから。


男の人が女性に不本意なことを言うのも、自分が強者の立場だから見えていないんでしょう。傷つくものに対して無頓着になってしまう。
自分は、女であり朝鮮人、傷つくものだから見えてくるものがあった。傷つける側にならなくてよかった。私は朝鮮人、女でよかったって思えるから、そこの絶望はしていない。
日々、親の介護、子育てでもしんどいことはあります。でも、好きな人の子どもを産めて、好きな仕事できて、自由に生きていることを幸せに思うんです。
誰もが自由に生きられる社会、それを還元したい。次の世代に。                                【インタビューまとめ 金涼子】


■李信恵さんの裁判を支援する会 カンパの送り先■

ゆうちょ銀行
店名 四一八(ヨンイチハチ)
店番 418 (普)
口座番号 0042781

 

李信恵さんの裁判を支援する会

(リシネサンノサイバンヲシエンスルカイ)

 

 

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【李信恵(リ・シネ)さんプロフィール】
1971年8月18日生まれ。大阪府東大阪市出身の在日朝鮮人2.5世。フリーライターとしてインターネットや各種媒体で活動中。日本人の夫、高校生の息子、愛犬のキムチ♀と暮らす。

 

【北原ノート】

李信恵さんが裁判をする、というニュースを毎日新聞で読んだ時、自分でも驚いたのだけど声をあげて泣きそうになりました。ありがとう、という気持ち。そしてこの裁判は絶対に負けてはいけない、という背筋伸びるような思い。

私はネット上で叩かれている信恵さんを「遠巻き」に見て知っていました。「遠巻き」に見る以外、何もしませんでした。なぜなら、私自身も日々日々ネット上での中傷に疲れ、そして何かを発言する力を奪われないようにするのに必死だったから。ネットで発言するならば、ある程度の誹謗中傷は「仕方ない」と、どこかで諦めていたのかもしれない。

そういう中で、李信恵さんが「もう我慢しなくていいのだ」と立ち上がってくれた。自分のお金と時間を割いて、私たちのために、後に続く妹や弟、子どもたちのために、立ち上がってくれた。

信恵さんの胸には、ゴールドのネックレスが光っています。それは、辛淑玉さんから手渡されたものだそうです。闘うが故に叩かれ、最前線で闘うことを逃れられない女が持つべきものとして。
それは、かつて落合恵子さんが辻元清美さんに手渡したものであり、そして辻元清美さんの手から辛淑玉さんに手渡されたものだそうです。信恵さんは、だけどそのネックレスを「誰にも渡したくない」と言いました。「もう、下の世代に、こんな思いで闘わせたくない。私の代で終わらせる」と。そのために、信恵さんが闘っています。これは、あなたの闘いでもある。応援しましょう。

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