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痴漢はどんな犯罪なのか?

牧野雅子2019.10.30

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このコラムでもちょくちょく取り上げてきた痴漢問題。その痴漢(問題)についての本『痴漢とはなにか 冤罪と被害をめぐる社会学』(エトセトラブックス)が、もうすぐ、出ます! いやあ、長かった。着手してからずいぶんとかかってしまった。ひとえにわたしの責任なのだけど、本を書いていることを知っている人には、「いつ出るの?」とずっと聞かれ、いやまだです、もう少ししたら、もうすぐです、と言葉を濁しながら今に至り。ようやく、お知らせできます。

ざっくりどんな本かを紹介すると――痴漢を扱った戦後の雑誌や新聞記事をかき集めて読み、そこに書かれている出来事や語り口、ネタの仕方までをも取り上げて、電車の中の痴漢をめぐってこれまでなにが起き、なにがどんなふうに語られ、当事者は(っていうか、わたしたちは)黙らされてきたのかを、書いたものです。痴漢はこんなふうに見なされてきたんですよ、今は痴漢といえばすぐに「冤罪についてはどう考えるんですかっ!」という声が飛んでくるけれど、ちょっと前まではこんな状態でしたよ、ということが伝わればいいなと思う。公的統計や、適用法令の解説、捜査上の問題まで、痴漢をめぐる問題を考えるための見取り図のようなものを描いたつもりです。冤罪や女性専用車両問題に目くじら立てる前に、まず、これくらいは知って、議論しましょう、痴漢は性依存の人だけの問題だとかいう歴史修正はやめましょう、小手先だけの痴漢対策を追っかけるのは止めましょう。痴漢という問題は、この国の、社会の性差別の表出です。

ここ20年くらいのことしか(「しか」って言っても、20年は長いけれども)知らない人には、痴漢は冤罪の問題で、痴漢するのは性依存の人、ほとんどの男性は悪くない、やっぱ女性も自衛しないとね、ぐらいに思っているかもしれない。けれど、少し長いスパンで問題を眺めると、違う景色が見えてくる。
取り上げた資料部分をぱらぱら見るだけでも、昭和平成の日本の痴漢観みたいなものを知ることができる、と思う。ちょっと前まで、こんなことが平気で書かれていたのか! 今、そうしたことが表向きは書かれなくなっているけど、その理由はなに? もしかしたら、そのこと自体もヤバくない? などなど。 

「痴漢は犯罪です」というコピーの、警察の痴漢防止キャンペーンポスターが生まれてから、もう20年以上になる。では、痴漢はどんな犯罪なのかを考えたことのある人はいるだろうか。同意なしに体を触ったらダメなんですよ、くらいに思ってはいないだろうか。そもそも痴漢はどんな犯罪だと規定されているのかと、取締法令の歴史をさかのぼって見てみると、はじめからダメじゃん! もう、根本的にダメじゃん! と声が出る。今、刑法の性犯罪規定が問題になっているけれど、痴漢をめぐる法(条例)もなかなかのものなのである(ほめてない)。痴漢が厳しく取り締まられればそれでいいとか、冤罪を防ぐためには捜査機関がちゃんとしていればいいなどという問題ではないということなのだ。これが犯罪じゃないってどういうこと!? っていう、ちょっと衝撃の事実もあったりして、ぜひ、その驚きと怒りも皆さんと共有したい。

本で取り上げた記事を見てもらえればわかるように、以前はひどかった。痴漢は通勤電車のお楽しみ、満員電車に詰め込まれたサラリーマンの息抜きとして痴漢行為は許される、女も楽しんでいる、痴漢されてこそ女、みたいなことがフツーに書かれていた。痴漢のやり方や見つかった時の対処法を教えたり、どこまでなら声をあげられないかを検証する企画もあった。その頃に比べたら、今はずいぶんとましになった。でもそれが、女性の人権や性暴力についての理解が深まったからなのかというと、それはそれでクエスチョンである。たとえば、覚えておられる方もいるだろう、昨年3月に、NHK・Eテレの番組「ろんぶ~ん」で、痴漢のおもしろい論文を扱うという回があり、女性たちから批判の声が上がったことを。

研究の世界では、論文を評価するのに「おもしろい」という言葉が、興味深いとか、斬新な視点だとか、勉強になったといった賞賛の意味で、よく使われている。わたしも、性暴力をテーマにした論文や著作を「おもしろい」と言われたことがあるが、「こんなひどい性暴力事件を扱った論文をおもしろいとはなにごとですかっ!」とは思わず、アカデミズムの褒め言葉として、恐縮しつつありがたく受け止めた。でも、一般には、おもしろいという言葉はもっと広い意味で使われている。性暴力について書いた文章を、「おもしろ~い!」と言ったらひんしゅくを買う場合も多いだろう。痴漢の論文をおもしろいと言えるのは、学術研究の世界に限られるし、その世界ですら、ジェンダー視点からの批判はなされる。その意識が番組スタッフにあったかどうか。

番組では、「痴漢」と言えば、と思ったのかどうかは知らないが、冤罪系の論文を最初に詳細に紹介して、アカデミックに痴漢を論じれば、まずは冤罪、その次に「おもしろ定義の問題だよー」という印象を植えつけた。これが、レイプだったらできないよね。でも痴漢ではできてしまう。痴漢だって、レイプと同様の意味合いで使われたこともあるし、電車内での痴漢事件にもレイプと呼ぶべきケースだってある。それなのに、痴漢はこんなふうに扱ってOKなのだ。ああ、「変わってない」と思う。
そういうふうに「扱ってもいい題材」が痴漢なのだよ、「痴漢」という言葉は、性暴力をカジュアルにネタとして扱うための言葉なんだよということを、図らずもNHKは教えてくれたわけである。いやあ、勉強になるなあ、さすがNHK(もちろん、まったくほめてない)。

最後に、本書のコピーから。

この社会は、「痴漢」の問題と今度こそきちんと向かい合わなくてはいけない――

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牧野雅子

牧野雅子(まきの・まさこ)

龍谷大学犯罪学研究センター
『刑事司法とジェンダー』の著者。若い頃に警察官だったという消せない過去もある。
週に1度は粉もんデー、醤油は薄口、うどんをおかずにご飯食べるって普通やん、という食に関していえば絵に描いたような関西人。でも、エスカレーターは左に立ちます。 

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