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ウイルスのように広がるもの

中沢あき2020.02.26

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1月半ばに武漢が封鎖されて以来、日本もそのほか各国も、日々のニュースは新型肺炎コロナウイルスの話になってしまった。
中国で増え続ける感染者や死亡者の数とともに欧州でも感染者が見つかるようになり、大きく報道されるようになった頃、キオスクに売られている大衆紙にこんなヘッドラインが載った。
「私はウィルスじゃない」
その下に掲載されているのはアジア人の写真。どなたなのかはわからないが、要は、今回の件で在独の中国人たちまで、ウイルスを保菌してるんじゃないかと避ける人たちがいるらしい。
そういえば、パリ在住の辻仁成や中村江里子も、アジア人という容貌だけで避けられたり差別的なことを言われたりするって書いていたっけとネットのニュースを思い出す。
フランスはアジア人差別がけっこう酷い、という話は聞いたことがあるので、だからなのかと思ってたけど、やっぱりドイツでもあるのね。
というか、こういう事態になるかもなあと思っていたら、やっぱり起きるもんなのねえ、と思っていた。

私自身もきっと、どこか他人事だったのだ。

その数日後、仕事仲間とデュッセルドルフで新年会ということで出かけた私。
その前に諸用をすませようと道を探しながら歩いていたら、前方を横切るように歩いて行った男が、連れの彼女に言うのが聞こえた。
「気をつけろ。中国人だ」
そのあたりは中華レストランが数軒並んでいて、ん? そうなの? と私も振り返ってみたが、そこには私一人しかいない……。

ん? アタシかい!?

思わず声を上げて苦笑してしまったが、まあ普段から中国の人にも同じ出身と思われる私だし、ま、アジア人の容貌なんて皆同じに見えるだろうから、間違われたことはいいのだが、それにしても、ははあ、例の「差別」はこれか、と気がついた。
話には聞いていたけど、まさか自分も体験するとはねえ。

その後の新年会、私たちは中華レストランにてとーってもおいしい料理をたらふく食べた。そのうちの一皿は唐辛子と花椒がたっぷり使われた唐揚げだったのだが、これよ、これ! これで体温上げて免疫上げてウィルス撃退だよね、と、皿に残った唐辛子と花椒の実をつまむ私たちを見て、給仕の中国人女性も笑っていた。

その店のオーナーは温州出身とメニューブックに書いてあったのだが、その数日後、武漢から遠く離れた温州も封鎖されたとニュースで知って、彼らもきっと、故郷の親戚家族のことを心配してるだろうなと思った。

私は日本人だからそんな「差別」なんて気にしないけど、中国出身の人たちなんて、実際に故郷が大変なことになっているのに加えてそんなことを言われるとはホントに気の毒だと思っていた。北京出身の友人いわく、まあそういう人や差別っていうのもまたウイルスみたいにあちこちに広がってくのよね、と皮肉をぴしゃり。

しかしその後3週間で事態はどんどん悪いほうに進んできて、私たち日本人も、中国の人たちが気の毒だ、なんて言っている場合ではなくなってきている。
今日、2月24日の時点では、とうとう欧州でも感染拡大のきざしが見えてきてしまった。
死者が6名、感染者数が200人を超えたイタリアでは、特に多くの感染者数が確認されているイタリアの北部の複数都市で外出禁止令が敷かれ、有名なベネチアのカーニバルやプロサッカーリーグの試合が中止や延期となった。
プラダのショーも延期らしい。
今朝のニュースでは、隣国のオーストリアからイタリアへの鉄道が一時運行停止となり、発熱した乗客の検査に至っているという(その乗客は陰性で運行再開となった)。
こうなると、欧州は陸続きだから感染が広がるのも時間の問題なのだろう。

現在のところはドイツ国内の感染者数は16名で、そのほか、国のチャーター機で武漢やダイヤモンド・プリンセス号から帰独した人たち100名以上もすぐに国の施設へ収容され2週間隔離措置。

武漢からの帰独者は幸い全員陰性だという。

でも普段からマスクをするなんていう習慣はないし(マスクは病院勤務者とか粉塵にまみれる作業従事者のものと思われているのでマスクをしようものなら、不審者とばかりにみなされる……)、いったん感染が広がり始めたら一気に拡大するんじゃないかなと不安だ。イタリアなど他国での感染拡大について、ドイツの保健省は、来る感染拡大に備えて、各地の病院で対応可能となる体勢の準備を進めているという。

そしてすでに経済にも影響が出始めているなか、それも気になるところだ。先週にデュッセルドルフで開催されていた大きな商業見本市で働いていた友人は、例年に比べて客足が激減してビックリしていると、写真を送ってきた。
そこに写っていたのは、向かいの空っぽのブース。看板にはShanghaiなんとか、と社名が書いてあるので、上海の会社なのだろうが、直前になって出展できなくなったのだろうか。
ドイツ郵便も当面、中国との間の郵便業務を止めると発表したし、ドイツ経済にとっては中国は車からその他工業製品、食料品に至るまで、あらゆる面で大きな繋がりがあるから、これがこのまま停滞すると本当に大変なことになる。
人が動けなければ、物も止まる。
これって戦時中みたいなことになるんだろうか。

とはいえ目下ドイツでは、先週に起きた移民系ドイツ人を狙った水煙草バーでの乱射事件のほうが重大トピックで、今日のカーニバルのクライマックスであるパレードでも、極右を始めとした差別や暴力に反対するモットーが掲げられた山車が急遽作られ、感染防止よりも突発的な事件への防犯対策のほうに皆は気をつかっているようだ。

日々変わる、というより深刻さを増す新型肺炎のトピックだが、在外の身とはいえ、日本の状況も他人事じゃない。
日本での感染拡大が重大になれば、おそらく各国で渡航制限が出されるだろうし(すでにイスラエルは一度日本と韓国からの入国制限を発表したが、翌日撤回)、物流にも影響が出てくる。
となれば、日本との仕事をする在外邦人の私たちにも大きな影響が出るのだ。
もちろん、日本にいる家族や友人たちの身も案じているし、そんな思いで報道されている情報を見ると、いったい日本の政府や行政は何をやっているんだろう? と呆れと疑問が噴出するのは皆、同じだろう。

昨日の夜、ミラノに住む友人のことが気になってメールをしたら、今日返事がかえってきた。彼女いわく、今日から学校も大学も1週間休み。映画館や美術館も閉鎖。各種イベントやサッカーの試合も中止や延期。会社も今日から閉鎖されたけど、いつ出勤できるのか誰もわからない。
つい数日前まで地下鉄やバスに乗っていたというのに。
衛生には気をつかったりできるだけのことはしているけど、スーパーに行けば生鮮食品の棚は空っぽ。補充されてもすぐになくなっちゃうの。
皆、おかしくなってる。
感染者が出ているのはここから数十キロ離れたところなのに、この状況よ。でもここも隔離措置になったらどうしよう。これからどうなるか、本当にわからないの……。

困惑と不安に満ちた彼女のメールの最後には、ドイツはどうなっているの? 日本は? とあったのだけど、日本では検査を受けたくても断られたりしているみたい、なんて、書けるかいな……。
正直、ミラノでこんな状態になっているのに、報道されている日本の各都市の状況や対応は不思議でしかない。韓国やイタリアで感染者数が多いのは、それだけ検査をしているからではないか、日本で感染者数が少ないのは、重症になってはじめて検査がなされるからじゃないだろうか? 他国ができるのに、なんで日本でできないんだろう?

インターネットの記事のコメント欄で、中国が都市を封鎖するような政策を取れるのは、社会主義で独裁的に統制されているからだ、という意見を何回か見たが、いや、韓国やイタリアは民主主義ですよ。
そしてドイツを始め他の国も、中国やクルーズ船からの帰還者を強制的に即刻隔離している。ズバリ書くけど、日本の政府や行政が怠けているのか阿呆なのか、としか思えない。
これって、9年前の原発事故後の状況と似ているな、と思うのは私だけだろうか? またアンダーコントロール発言が出るのだろうか? あのときと同じく、怖がり過ぎるのは間違い、というのは正論だけど、かといって情報を隠すのは大間違いだ。情報を正しく知った上で適切な行動を冷静にとる、そのためには上部が情報を開示しなければならないのだ。あのとき以来、友人知人と年賀を交わすときには冗談半分で、サバイバルの時代だねー、頑張って生き抜こうねーなんて言い合っていたのだが、本当にそんなふうになってしまってきたかも、と思う。広がるのはウイルスだけじゃない。人間の間の不信感も広がっていっているのもまた怖い。

©Aki Nakazawa

©Aki Nakazawa
 
近所のドラッグストアの殺菌ジェルやウェットペーパーの棚の様子です。25日の昼間は、だいぶ売れ行きがいいかも、という感じでしたが、その夜、ドイツでも3カ所でそれぞれ感染者が報告されたというニュースが入りました。経路はイタリアはミラノから旅行で帰ってきた人、中国に行ってきた人と接触した人、という報告があり、今朝からその感染者が出た町は学校が休校措置になったそうです。下の写真は今朝のもの。同じ棚からごそっと商品がなくなっていました。週末に予定されていた商業見本市が中止になるなど、経済にも影響が大きくなってきています。
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中沢あき

中沢あき(なかざわ・あき)

映像作家、キュレーターとして様々な映像関連の施設やイベントに携わる。2005年より在独。以降、ドイツ及び欧州の映画祭のアドバイザーやコーディネートなどを担当。また自らの作品制作や展示も行っている。その他、ドイツの日常生活や文化の紹介や執筆、翻訳なども手がけている。 

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