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ウイルスより怖いもの――まさかの陰謀論に揺れるドイツ

中沢あき2020.05.27

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5月の半ば、とある動画投稿がFBやその他のSNSで拡散されて話題になった。それは左党(die LINKE)の党員の女性が、ドイツ鉄道の車掌の車内放送を携帯で録画したもの。どこかの駅を発車した直後だろうか、画面に写っている車内天井から吊り下がる掲示モニターには「ご乗車ありがとうございます」とあり、そこへ男性車掌の絶妙なアナウンスが流れる。
「……マスクをお持ちでない方は、25号車にてご購入いただけます。そして最後に、陰謀論を唱える乗客の皆様へのアドバイスとしてお伝えします。連邦政府が皆様の唾液サンプルをこっそりと採取し、皆様の遺伝子から代替クローンを作り出すことを防ぐためにも、マスクの常時着用は有益です」。

日本のような定型句ではなく各自で自由に話すドイツ鉄道の車掌のアナウンスはウィットに富んだものがあり、そんなアナウンスに私自身も遭遇して大笑いしたこともあるし、珍妙な名アナウンス集の投稿がSNSで出回ったこともあるほど。しかしこんなSF物語めいたアナウンスが放送され、それが拡散されているってどういうこと? 陰謀論?? 

実はこの数週間、ドイツでは政府の新型コロナウイルス対策への反対デモが各地で起きており、それも数百人、ときには千人を超える規模になっているのだ。緩和されたとはいえ、まだ接触制限令が継続している中でのデモは、参加者同士の間隔は取り、マスク着用をする、参加人数は数十人単位でなどのルールを守ればできるのだが(ルールの多少の違いが州ごとにある)、この規模で、しかも距離も取らければマスクをしない人もいて、警察の取り締まりが介入したりと騒ぎになっている(もっとも、対策反対なのだからマスクなんてするわけない、ということなのかもしれないが)。

参加者の唱える訴えは、2カ月以上も続くこの接触/外出制限は政府の権力乱用で個人の自由や基本的人権を侵害しているというものから、制限による経済活動や生活の停滞への影響の懸念や不満、そしていずれ開発されるワクチン予防接種への反対、そしてこれらはすべてビル・ゲイツやらロスチャイルドやらの金儲け主義者によって仕組まれた陰謀だというものまで、なんだかそれぞれ違う主張がごっちゃに混ざってわけわからん、と思うのだが、それも陰謀論信者からは「アンタはわかってない」と言われてしまうかもしれない……。

ともかくこの陰謀論と反政府デモ、結構な規模でドイツでは広がっているようで、最近はほぼ連日この話題がニュースにのぼるようになった。デモに参加している人たちもその主張と同じく様々で、休校や保育閉鎖が続く中で疲れ切ってストレスいっぱいの親から、ジャーナリスト、政治家、自分の現場での経験が報道と違うと訴える医療関係者、そしてそれらに乗じる極右やポピュリストのグループや政党である。

以前のコラムにも何度も登場しているポピュリスト政党のAfDの名前も再び浮上してきた。再び、というのは、新型コロナウイルス騒動以降、世論の関心は彼らが今まで情熱を傾けていた難民・移民問題から離れてしまい、求心力を失ったと2カ月程前のとある記事で指摘されていたのだが、また次の標的を見つけた、ということだろうか。極右は、この陰謀がロスチャイルドのようなユダヤ系資本家によるものと主張して、ユダヤ人への反感を煽っているという。

2月掲載のコラムで書いた、テューリンゲン州選挙でいったん州首相に選出されたものの、極右ポピュリスト政党のAfDとのつながりを指摘されて辞任したFDP党のケメリッヒ氏もこのデモに参加したことを責任追及されたが、彼が謝罪したのはマスクを着用しなかったことと他の参加者と充分な間隔を取らなかったことのみ。参加そのものについては否定をしていない。政治家まで陰謀論を公に唱える人がいたり、ここに与するジャーナリストたちも、大手マスメディアは信用するなと話しているのだ。

ドイツは欧州の中では比較的感染のペースも死亡率も緩やかに抑えられている。フランスやスペイン、イタリアのような医療崩壊は避けてこられたためか、かえってそのことが一部の人々にこの陰謀論は思い込ませている一因のようだ。「新型コロナウイルスは騒がれているほど危険なものではない」「従来のインフルエンザの方が死亡者の数は多いじゃないか」、果ては「感染拡大や人がウイルスのせいで死んでいるなんてでっち上げだ」とまで……。

私はこの手の話をすでに2月頃から日本語で関連の記事で読んでいたので、目新しいとも思わなかったし、医療崩壊を起こしてしまったイタリアやN.Y.でも当初はこうした意見があって人々が事態を深刻に受け止めなかったことが感染拡大につながったと聞いている。結局、自分が経験しなければ他人事というのはどこの国でも同じなのだろうか。

一方で数日前のこと。とあるデモで陰謀論とともに反メルケルを叫ぶ若者に逆の立場から訴えかけた老男性がマスコミで注目された。この80代の男性は、接触制限令の下で介護施設に住む妻にもう何カ月も会えておらず、妻の精神状態も不安定になっているそうだが、それでも私は政府の政策は理解している、とその若者に話しかけたのだ。それでも私は耐えていると。

先行き不透明な中でのかつてと違う不自由な生活は息苦しい。私も正直、しんどいと感じている。この陰謀論を叫ぶ人たちの話も鼻から全否定をするつもりはない。こんな世の中で、金儲けなり何なりの意図で陰謀を企む人は確かにいるだろうし、マスコミが伝えていないこと、伝えきれていないこともあるだろう。政策が本当にすべて正しいかも今の時点ではわからない。仕事がない、収入がない、子育ての苦労が倍増になる、それは私も同じだ。それでも私はここに与するつもりはない。それぞれの主張の言い分はあるとしても、彼らの言う陰謀がいったい何を狙っているのかがその主張からはよくわからないし、そもそもこのウイルスについてわからないことがまだまだたくさんある今、真実など誰が解明できるだろう。このウイルスが感染拡大しているたった数カ月間で数十万人という死者が同じような症状で亡くなっているという事実があるだけだ。そして被患した人たち自身が、インフルエンザの何十倍もつらい、と語っているのだ。じゃあそれを抑えるにはどうしたらいい? 陰謀論者でも誰でもいいから、それを教えてくれよ、と言いたい。そのために今は医療従事者が、ワクチンや薬剤開発者が必死で働き、そしてその解決方法が見つかるまでの時間稼ぎをするために、他の人は我慢しておとなしく協力しよう、という話じゃないか。

皆で連帯を! と言い合い、夜の9時に窓を開けて、医療従事者への感謝の拍手を送る日々はたった数週間前の話。今は拍手の音もだんだん小さくなってきて、代わりにまだ明るい夜空の下、ベランダから複数人の笑い声が聞こえたりする。再開されたカフェやバーにも人が座るようになった一方で、一部再開となった登校でもマスク姿の子どもたちはたった数人ずつ、離れて教室に座り、週に一度交代で学校に行くのみ。オンラインやメールでの授業が中心だが、すべての家庭がそれに対応できているわけではない。介護施設や病院への面会はもちろん、高齢者を訪ねることは高リスクとのことでまだ許可されていない。引き続く制限下の生活で求められる理解や忍耐に努める一方で、こんな形で社会が引き裂かれそうになるとは、それだけ人々の心が不安定になっているということなのだろう。

情報を得ていくことは大切とはいえ、次から次へと出てくる新しい情報に加えて陰謀論とか、さすがに私もこのところ「コロナ疲れ」を感じている。

そういえば最近、日本の友人からこんな報告があった。マンション住まいの彼らは急に引越しすることになったという。以前から物音に敏感な階下の住人から文句が多かったところへこの外出自粛が始まり、休校中の子どもが一日中家にいること、そしてミシンの音にまで文句をつけられるようになってしまい、引越しを決めたのだとか。「まさかの『コロナ引越し』で思ったけど、ウイルスよりも人間が怖い!」だそう。

ウイルスは私たちの中に潜んでいた問題を次々にあらわにすることもあるみたいだ。たしかに、人間も怖い!

写真 © Aki Nakazawa

接触制限緩和以降、ドイツ国内の感染率は上がったりまた下がったりと落ち着きません。教会での礼拝やカフェの営業再開が始まったと思えば、とある教会やレストランで集団感染が起きたりと、本当に綱渡りです。我が州では来月初めから小学校や保育園の再開が予定されていますが、以前と同じ形態になるとは思えず、どうなるのかドキドキしています。写真は4月初めの頃のもの。近所の小学校の窓に貼られていたメッセージ。「君たちがいなくてさびしいよ!」早くこのメッセージがはがれる日が来ますように。

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中沢あき(なかざわ・あき)

映像作家、キュレーターとして様々な映像関連の施設やイベントに携わる。2005年より在独。以降、ドイツ及び欧州の映画祭のアドバイザーやコーディネートなどを担当。また自らの作品制作や展示も行っている。その他、ドイツの日常生活や文化の紹介や執筆、翻訳なども手がけている。 

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