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 新型コロナウィルスのパンデミックでベビーブームが来る……という不気味な予測は当初からあった。カップルで家に閉じこもることでセックスの機会が増える一方、外に出にくくなって避妊手段が手に入りにくくなり、その結果、望まない妊娠が増えるのに医療施設が閉鎖していたり感染症の治療に医療資源がつぎ込まれていたりするために、中絶できずに出産するしかなくなる女性たちが増えるのだと。

 アジアの中でも女性差別が最も酷い国としてランキングされたこともあるインドとインドネシアでは、まさにそうしたシナリオが進行中らしい。特に、激しい女性差別と女性に対する暴力が従来から問題になっているインドネシアでは、男たちが避妊に非協力的で、レイプも多発しているために、すでに望まない妊娠の増加が始まっており、40万人を超える女性たちが望まない出産に至ると予測されている。性教育がほとんど行われてなく、レイプでさえも妊娠5週までしか合法的な中絶を受けられないこの国で、望まない出産を避けるためには、女性たちはとんでもなく危険な闇堕胎に命運を賭けるしかないという悲惨な状況に置かれている。

 一方、アメリカやイタリアで3月以降に行われた調査では、感染症が妊娠に悪影響を与えることを恐れたカップルが慎重になるため、出生率はむしろ下がるとの結果が出ている。

 では、日本はどうだろう。思いがけない妊娠の相談を受け付けている神戸市の「小さないのちのドア」では、コロナ禍で休校措置が決まった3月以降、若い女性の相談件数が急増したという。「コロナの影響でアルバイトができず、援助交際をした」高校生もいたという。

 DV相談の件数も増えている。ステイホームで加害男性が自宅にいるため相談しにくい人もいることを思えば、実数はもっと多い可能性がある。アメリカやイタリアのように、慎重になっているカップルもいるかもしれないが、今の危機に際して最も望まない妊娠のリスクを抱え込むのは性暴力被害にさらされやすい弱い立場の少女たち、女性たちだといえるだろう。

 ところで、日本では今年の4月1日から緊急避妊薬はオンライン診療のみで処方できるようになった。コロナ対策ではなく以前から決まっていたことだが、政府はほとんど広報していない。そこで、この事実をもっと広く知らせようと、一般社団法人性と健康を考える女性専門家の会の呼びかけで、「避妊、妊娠中絶……女性の健康に『不要不急』はありません。オンライン処方を利用して健康を守りましょう!」というチラシが作られ、4月30日から配布も始まった。ところが、この機に乗じて高値で販売しているクリニックも散見されるというジレンマがある。それでもないよりはましだと信じたいが、あまりに高価では手の届かない女性も出てくるに違いない。

 海外では、緊急避妊薬はたいてい店頭販売されている。タイの薬局ではたった200円で買えるのに、日本のオンライン処方では1万円を超えることがざらにあるのは納得できない。

 そんな現状が放置されているのは、日本では女性の健康問題――特に「望まない妊娠」を防ぐこと――があまりに軽視されているからではないだろうか。コロナ危機の中、海外では「避妊も中絶もエッセンシャルな医療」だと喧伝されているのに対し、日本では「里帰り出産」や「不妊治療の期間延長」については語られても、避妊や中絶にはあまりにも言及されることがない。

 この問題を多くの人に知ってもらいたいと、5月7日にニコニコ生放送「新型コロナ禍での妊娠・出産・避妊・中絶問題」を急きょ開催することになった。司会はフェミニスト作家の北原みのりさん。ゲストに参議院議員の福島みずほさん、産婦人科医の早乙女智子さん、「#なんでないの」プロジェクトの福田和子さんがそれぞれの立場から発言した後、私もコロナ危機のさなかで女性のリプロダクティブ・ヘルスケアを守ろうと頑張っている国々のことを紹介した。

 なかでも、イギリス(英連邦全域)で中絶薬のオンライン処方が時限法で解禁され、「自宅中絶」ができるようになったと前回の連載で書いたことを紹介した時、みのりさんがすかさず「緊急避妊薬でなくて中絶薬! こんな情報が日本でオンエアされたのは初めてでは」と言ってくれた。その瞬間、見えない聴衆がどよめいたように感じた……けれども、結局、何もできいない自分が情けない。

 ちなみに、この連載を今回から読んだ人が「自宅中絶」なんて無謀だとか、コロナ対策のために仕方なくリスクを承知の上で認めたのだろう……などと勘違いしないように、少しだけ説明を加えておく。実は、今回のパンデミックが始まるはるか以前から、世界では妊娠初期の中絶であり、適切な指導を受けて自宅で薬をのむのであれば、医療機関でのむ場合と変わらないほど安全だというエビデンスが着々と積み上げられてきた。妊娠初期の自宅中絶が安全であることは、すでに国際保健機関(WHO)や国際産婦人科連合(FIGO)といった著名な国際機関のガイドラインにも示されている事実なのだ。

 実際、コロナ危機に見舞われる前から、フランスの女性たちは妊娠7週までなら中絶薬を自宅に持ち帰ってのんでいる(コロナのために妊娠9週まで延長された)。国土の広いオーストラリアでは、中絶薬は電話診察の後、自宅に郵送されている。トランプ政権下で中絶規制が厳しくなっているアメリカでは、パンデミックの前も最中も、「中絶は世界中で使われている安全で確実な薬なのに、男たちが政治的思惑や金のために無用な管理をしている!」と腹を立てたフェミニストたちが、中絶薬の送付活動を行っている。それほど安全な薬なのである。

 前に紹介したとおり、中絶薬はWHOの必須医薬品コアリストにも載っている薬であり、コストを安く抑えることで広くアクセスできるようにすべき薬なのである。緊急避妊薬も同様だ。これらの薬を必要としているすべての女性――最も弱く、なかなか支援の行き届かない女性たちの手にも届くようにしなければならないのだ。インドネシアのように女性差別で虐げられている女性たち、自宅に居場所がなく性被害を受けてしまう女の子たち、ステイホームで夫からDV被害を受け続けている妻たちにも届くようにすべき薬なのだ。そう考えると、オンライン処方さえすればいいのではないことに気づかされる。価格を引き下げ、アクセスを改善する必要があるのだ。まずは緊急避妊薬を! そして次には中絶薬も!

 ところが日本の緊急避妊薬は決して安価ではないし、中絶薬もこのままでは高根の花になってしまう恐れがある。実は日本でも2種類の中絶薬の治験が現在進行中である。ある治験に参加した女性の医師は、「今まで(の中絶で)何をやってきたのかというほど、安全で快適」と言っていた。そうだろうと思ったら、もう1つの治験に関与している男性の医師が、「製薬会社は相当に治験に金をかけているから(その分が上乗せされるから価格は)高くなる」と言ったことに愕然とさせられた。

 いったい日本人は何をしているのだろう! 政治的に、宗教的に批判が大きいからこそ、中絶薬ほど厳しくチェックされてきた薬は他にない。海外では何十年もかけて山ほど治験が行われ、「自宅中絶」さえ安全だと確かめられているのだ。日本は、避妊ピルの時も開発されてから認可まで40年かかった。中絶薬も開発されてから今年で40年になり、すでに世界75カ国で認可されている。いわゆる先進国で認可していないのは日本だけ。40年も遅れて、今さら大枚はたいて治験をして、いったい何の意味があるというのか。避妊ピルの時も同じだった。避妊ピルは何十年も待たされたのに、勃起治療薬バイアグラは海外治験だけでスピード認可されたことに象徴されるとおり、この国では、女性の健康は男性の快楽ほど重視されていない。

 中絶薬は誰のためにあるのか。誰よりも、困っている女性たちのためにあるべきではないのか。価格が高くなればアクセスが悪くなるばかり。そうなってはならないのだ。1988年にフランスでミフェプリストンに圧力がかかって市場から消されようとしたときに、時のレヴィン厚生大臣は「中絶薬は女性の倫理的資産だ」と述べて発売することを擁護した。「政治の力」というものは、そういう場面でこそ発揮すべきだろう。

 日本の医療関係者、政治家たちには猛省してほしい。リプロダクティブ・ヘルス&ライツをしっかりと学んでほしい。権利というものは最も弱い立場の人間を守るために主張すべきものだ。そして女性たちには、避妊薬も、緊急避妊薬も、中絶薬も、女のためにこそ存在しているのだと確信してほしい。それが欲しいと主張するのをためらうことはない。むしろ今こそ主張すべきなのだ。

 イギリスで、コロナ危機の中で中絶薬のオンライン処方を推進した女性医師はこう言った。「危機を無駄にしないこと。危機は変革をもたらすのだから!」

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塚原久美(つかはら・くみ)

中絶問題研究者、中絶ケアカウンセラー、臨床心理士、公認心理師

20代で中絶、流産を経験してメンタル・ブレークダウン。何年も心療内科やカウンセリングを渡り歩いた末に、CRに出合ってようやく回復。女性学やフェミニズムを学んで問題の根幹を知り、当事者の視点から日本の中絶問題を研究・発信している。著書『中絶問題とリプロダクティヴ・ライツ フェミニスト倫理の視点から』(勁草書房)

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