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流動食は一種類しかない?!

深井恵2020.09.09

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「ほとんど噛まずに流し込むように食べるから、流動食しか食べさせられない」

医師にそう言われて以降、母の病院食は流動食になった。差し入れは、プリンとニガウリのみ許可された。
毎日、仕事が終わってからニガウリを持って行っている。ちょうど病院の夕食の時間帯だ。

病院食のメニューは、
・重湯(薄味の梅ペースト付き)
・具のない薄い味噌汁
・粉になった野菜のかけらがほんの少しだけ沈んでいる「野菜スープ」
以上、終わり。
それぞれお椀に少量だ。

毎日毎食同じメニュー。味付けも同じだ。夕食にだけ牛乳がつく。あと何回、口から食物を摂取できるかわからないのに、人生最末期の日々のメニューが毎食同じとは。ニガウリだけが母の唯一の楽しみとなった。小さいニガウリ半分ほどが母のごちそうだ。

毎日の夕食時に面会に行くと、「また重湯。毎回同じで、美味しくない。食べたくない」と母は訴える。傍で見ている家族としても、あまりにも変化のない食事内容に、食の改善を医師に訴えた。病院に設置している「ご意見箱」にも、流動食の改善について意見を書いて入れた。もし自分が同じ境遇になったら、毎食同じメニューで嬉しいか、食の楽しみはあるのか。

医師が、流動食を訓練食に替えてみましょうと言ってくれた。メニューに変化が出た。お粥と山芋が出たらしい。その日の夕方面会に行くと、母は「山芋が出た」と喜んでいた。何度も何度も「ご飯に山芋が出た。美味しかったぁ」と言った。言ってみるものだと、食事内容が変わったことに安堵した。

ところが、食事が訓練食になって間もなく、「誤嚥性肺炎を起こした」と医師から連絡があった。面会謝絶。お粥が気管に入ったらしい。ニガウリは誤嚥せずに飲み込むのに、液体と固体の中間のお粥だから、かえって誤嚥しやすいのではないか。素人考えだが、そう思った。

三日間ほど面会謝絶が続いた後、面会許可が下りた。いつものようにニガウリを切って持って行った。だが、食べ物の差し入れは禁止だった。ニガウリが食べられないとわかると、母が非常に残念がり、「なぜ食べさせないのか」と怒りをぶつけてきた。
ニガウリを食べさせられない、苦しい面会がしばらく続いた。病院食も元の流動食に戻ってしまった。流動食の内容は相変わらずだった。

その後数日して、プリンの差し入れの許可が下りた。プリンを差し入れた次の日、「甘いものは食べたくない。ニガウリを持ってきて」と言い出した。ニガウリの許可は、まだ取っていなかった。ニガウリは医師の許可が出ないかもしれないと思った。
看護師の目を盗んで、こっそりニガウリを差し入れることにした。食べ終わった流動食のお椀に、すばやくニガウリを入れ、醤油をかけて母に渡す。誤嚥せずに、おいしいおいしいと言ってパクパク食べた。
看護師の目を盗んでニガウリを食べさせる日々がしばらく続いた。季節が秋なってニガウリが手に入らなくなったらどうしようなどと考え始めていた。

そんなある日、医師から「昨夜、食べ物をたくさん吐いたから、胃の中にたまっているカスを掻き出す処置をする」と言われた。処置は15分程度で済むと言う。取り出せば、またしばらくは食べることができるようになると言われ、喜んだ。
次の日、処置をしてまた食べることができるようになったかと思ったら、「カスが取りきれなかったので、また明日同じ処置をしてみる」と言われた。不安な気持ちを抱えて帰宅した。

その次の日、面会に行くと、医師に別室に呼ばれた。母の状態の説明をするという。癌が食道にも達していて食べ物も食道にまで詰まっている。もうほとんど食べ物を食べることができない。今後の対応として、二つの選択肢を示された。
一つは、食べたいのに食べることができない苦痛から解放するために、眠らせてあげる(もう話をすることはできなくなる)こと。
もう一つは、肺炎になるリスクを覚悟の上で、食べたいものを食べさせる(肺炎を起こすと、とても苦しい思いをさせることになる)こと。
母はまだ意識がはっきりしているし会話もできるので、眠らせる選択肢はあり得なかった。肺炎を覚悟で食べさせる道を選んだ。

チューイングが試せないのか医師に聞いた。食べ物を飲み下さずに、口の中で噛むだけ噛んで味を楽しんだ後、飲み込まずに吐き出すやり方だ。医師は、ガムならいいですよと言った。
チューイングの意味が医師に伝わっていないのか。食べ物を吐き出させるやり方は、医師からスルーされた。ただ、認知症が進んでいる母に、口に含んで噛んだものを、飲み込まずに吐き出すことができる確信は持てなかった。吐き出さなければ、即、命に関わる。大きなリスクを負うかけには出られない。やむなく、チューイングは、ガムだけにした。

差し入れのニガウリは、一回につき、薄切りニ、三切れを更にみじん切りしたものに限定された。面会室で吐かれては困るということで、夕食時ではなく、朝と昼、看護師が多く勤務している時間の食事時に食べさせることになった。病院食の内容は、プリンかゼリー一つだけになった。それ以外は、一切何もなし。担当医師によると、厳しい医師なら完全に絶食させる状態だということだ。完全に絶食させて、点滴だけで命をつなぐ。その方が、病院側にとってはリスクが少ない。誤嚥のリスクを低くするためには、そのほうがいいのだろう。患者によっては、絶食を選ぶ人もいるかもしれない。もし自分だったら、どちらを選ぶだろうか。

面会場所の食堂で、他の患者がカップラーメンにお湯を注いで食べ始めた。食べられない人の横で、酷なことをするな……などと思ってしまったが、その人には何の罪もない。母は案の定、「カップラーメン美味しそう。売店で買ってきて食べさせて」と言ってきた。
「食べさせられるわけがない。困らせるようなこと言わないで」と思わず口をついて出てしまったが、カップラーメン食べたいだろうな……と母の気持ちを想像すると悲しい気持ちになった。麺をみじん切りにしたら、ほんの少しだけなら食べられるだろうか。

医師の指示と母の要望との間で、揺れ動く日々が続いている。それにしても、流動食が一種類とは。高齢社会の日本、人生最終末の食事内容には、改善の余地がありそうだ。

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深井恵(ふかい・めぐみ)

九州某県の高校日本語教員。
日教組の「教え子を再び戦場に送らない」に賛同して組合加入。北原みのりさんとは、10年以上前(ジェンダー・フリー・バッシングがひどかった頃)に組合女性部の学習会講師をお願いして以来の仲。

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