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 振り返ってみると、新旧大小いろんな中絶に関するアンケ―ト調査に関わってきたものだ。今回から「アンケート調査」シリーズとして、私の関わってきた中絶に関する調査について、その経過で学んだことや新たに気づいたことなども加えながら、解説していくことにする

 最初に関わったアンケート調査は、2010年に当時金沢大学医学部講師だった打出喜義医師に科研を獲得して頂き、助産学系の研究者2名と共に行わせて頂いた(当時も今も私は研究番号をもてない立場なので、研究協力者として企画時点から参加した)医師と看護師に対するアンケート調査だった。対象者はインターネット上のイエローページで「母体保護法指定」の言葉を含んでいる一千余りの産婦人科クリニックと病院の住所と名前を抽出した。

 どこの馬の骨とも知れぬ研究者たちのアンケートに、多忙な医師たちがどれほど任意で答えてくれるものやらと心配していたが、回収率は予想よりも高い36.8%だった。なかには他の医師がどのような中絶方法を用いているのか知りたいので、結果の公表先を知りたいなどと書き添えている医師もいたので、自分以外の医師がどのような方法で中絶しているのかと好奇心を抱いた医師もいたのは確かである。また、調査票配布の少し前に、産婦人科が専門外の医師が、妊娠した交際相手にビタミン剤と偽って子宮収縮剤を投与したとされる不同意堕胎事件が、世間を騒がせていたことも、もしかしたら少しは影響したのかもしれない。

 実際、この調査以前に、日本でどのような中絶方法が用いられているのかは全くデータが見られない。それでも、医学生対象の教科書や副読本を見れば、中絶を行う方法として、子宮頚管拡張搔爬法=いわゆる「ソウハ(搔爬)」が第一に、あるいは唯一教えられている技法であることは容易に推測がついた。そうだとしても、吸引も1970年代頃から日本でも論文で紹介されたりしており、全く使われてないとも思えなかった。そうだとしたら、搔爬と吸引はそれぞれどの程度使われているのだろう? それが私たちの調査のポイントの一つだった。

 すでに当時、WHOが2003年に発行したガイドライン『安全な中絶』があり、そこでは妊娠初期の中絶は中絶薬(ミフェプリストンとミソプロストールの組み合わせ)と吸引法と呼ばれる外科処置が安全な方法として推奨されていた。子宮頚管拡張搔爬法(D&Cと略される)は、WHOが「安全な中絶」と指定している方法が使えない場合の代替策と位置付けられていた。

 なお、日本では全妊娠の9割が妊娠12週未満のいわゆる「妊娠早期」である。12週(14週で区切る場合もある)を過ぎると「妊娠中期」と言われ、中絶方法も変わる。そこで私たちの調査では、中絶の大半を網羅している妊娠早期に的を絞って調べることにした。

 結果は、搔爬35.5%、搔爬と吸引48.3%(調査では「搔爬後吸引」と「吸引後搔爬」を分けて統計を取ったが、後に「搔爬と吸引」の併用として1つにまとめた)、吸引10.6%で、搔爬の単独使用と搔爬と吸引との併用を合わせると、実に8割以上が搔爬を使用しているということが明らかになったのである。

 また、妊娠初期の中絶を「無理なく行える週数」を質問してみたところ、妊娠5週目以前はわずか14.0%。6週目44.9%、7週目58.9%、8週目62.9%で最多、9週目46.6%以降減っていき、妊娠12週目以降は4.7%になる。これは明らかに「搔爬」が前提されているように思われる。なぜなら、吸引であれば妊娠週数が少ないほど簡単に終わるはずであり、8週目にピークが来ているのも、「月経が来なかったので中絶を受けにいったら3~4週間待たされた」という女性たちの証言(私の経験)とも一致する。(搔爬は取るものが小さすぎると「取り損ねる」ので、ある程度大きくなってから手術するとよいなどと説明している医師もいる。)

 搔爬が前提されているために、中絶が先送りされている問題は(そのために女性たちが苦しめられていることは)決して見落としてはならない。さらに、12週目以降になって「無理なく行える」と感じる医師が激減するのも、搔爬が安全に行える期限とほぼ一致している。もし中絶薬が導入されれば、妊娠全期間にわたって「無理なく行える」ようになるはずだし、早ければ早いほど「より安全で簡単に」終わらせることができる。いや、そもそも医師が介入する必要性が激減するのだが、その話は次回以降に回そう。

 この調査では中絶費用も質問している。初期中絶については309件の回答があり、最低6万円から最高20万円までと大きな幅があった。平均は10万1千円、標準偏差は2万5百円なので、だいたい8万円から12万円くらいのところが多いと考えられる。中期中絶については154件の回答があり、最低9万円から最高60万円とこちらも妊娠初期以上に非常に大きな幅があった。平均は28万5千円、標準偏差は10万円なので、20万円弱から30万円台くらいのところが多いと考えられる。

 ただし医師たちがどこまでを「中絶費用」に盛り込んでいるのか、詳細は聞いていないので分からない。これ以外に検査費用等が加わるのではないかと考えられるが、日本の中絶の費用について全国の医師を対象に調べたものは、今のところこのデータしか私は知らない。

 他にも、この調査で明らかになったこととして、「初期中絶で行ったことのある方法」を複数回答で尋ねたところ、搔爬83・1%、搔爬後吸引57.4%、吸引後搔爬49.9%、吸引49.0%だった。選択肢の中で唯一WHOが安全だとしている「吸引」(単独)を約半数の医師が経験していないことが明らかになった。一方、上の数値では搔爬(単独)は8割強に留まっているが、吸引と併用して搔爬を用いている医師が相当数いることも考慮すると、おそらく搔爬の方はほぼすべての医師が経験していると考えられる。

 さらにこの調査では、医師と看護師の中絶薬ミフェプリストン(RU486)*に関する意識も調べている。(*現在では「中絶薬」とは通常ミフェプリストンとミソプロストールのコンビ薬と考えられているが、第1薬のRU486が「妊娠を止める薬=狭義での中絶薬」であるため、この調査ではRU486に対する設問だった。)男女医師の回答分析では、中絶薬の安全性を5段階で尋ねたのに対し、医師の55.8%が「やや危険/危険」と答えた。中絶薬の確実性についても、医師の71.7%が「やや低い/低い」と答えた。中絶薬の導入についても、医師の59.8%が「やや困難/困難」と答えた。このように、少なくとも2010年の段階では中絶薬を「危険」「不確実」「導入困難」と見ている医師が多数派だったのである。男女で比べると、男性医師よりも女性医師の方がこの薬をより危険視、不確実視する傾向が見られた。この薬に対する関心は、男性医師より女性医師が強かったが、かといって女性医療職の方がこの薬の導入に積極的だということはなかった。

 この調査結果は2011年の日本母性衛生学会で発表し、2012年4月の朝日新聞で「日本の中絶 母体に負担」「WHOが勧める方法、1割」の見出しで報道された。搔爬と吸引の手術法の違いが図示されている中に、吸引では「筒状の金属棒を子宮に入れ」と説明されているのを見て、私はびっくりして「こんな間違いが載っている!」と一緒に調査を手掛けた助産学系の研究者に連絡した。ところが、その人から「日本では金属製のカニューレを使っている」と言われて二度びっくりさせられることになった。

 1970年前後にウーマン・リブの成果の一つとして中絶が合法化された欧米では、それまで違法の堕胎師が手掛けてきた搔爬を正規の医師たちは危険視し、より安全な方法を模索した。当時、すでに吸引機械はあったものの、欧米の医師たちは金属製のカニューレと呼ばれる管を女性の子宮に挿し込むことは危険だとみなした(結局、金属製の道具を女性の子宮に挿し込む搔爬同様に、子宮穿孔などのリスクが高いためである)。最終的にアメリカで「違法中絶」を行っていた心理学者カーマンが考案したプラスチック製カニューレが最良であると、欧米の医師たちは合意した。カーマン・カニューレは、フレキシブルなプラスチック製で子宮を傷つけにくく、逆流や閉塞が起こりにくいような工夫が施されていた。この小さな器具のおかげで、欧米では合法的中絶を「安全に行えるようになった」というのが、海外の中絶史の定説なのである。だから、てっきり日本でも1970年代頃からカーマン・カニューレを使った吸引が行われているのだと、私は信じきっていたのだ。

 搔爬だけではなかったのだ……ここにも小さなガラパゴスがあった。そうなると、朝日新聞で「WHOの推奨方法」と書いてある日本の吸引法は、世界のスタンダードの吸引法とは別物だということになる。金属製の道具を子宮に挿し込むという操作をしている限り、日本の吸引法は搔爬法より安全だとは断言できないことになる。他にも、日本では中絶に全身麻酔が使われるが、海外では麻酔事故のリスクを引き下げるために妊娠初期の中絶には麻酔を使わないか局所麻酔だけですませている。また、中絶前後のカウンセリングを行うことで当人の不安や恐怖、痛みを和らげる心理的ケアは海外では重視されているが、日本ではまず行われていない。女性の健康も権利も軽視されたままだ。

 上述の朝日新聞の記事の終わりの方で、記者は「吸引法が広がらないのは、ベテランの医師が中絶手術を行う例が多く、慣れた手法を変えにくいほか、国内では古くから搔爬法が主流で継承されてきたことも背景にある」と分析している。

 ちなみに2010年に私たちが行った調査の回答者のプロフィールを見ると、男性86.9%に対し女性9.6%(無回答があるため100%にならない)、卒業後年数30年以上が49.9%、診療している施設は医院85.8%、その施設の病床数は19床以下であり、個人開業の産婦人科医院で比較的高齢の男性医師が多くを占めていたと考えられる。記者が書く「ベテラン医師」はごく一般的な「町の産婦人科」のおじいちゃん医師の姿とほぼ重なりそうである。

 参考までに、最新の厚生労働省の医師統計によれば、産婦人科医の平均年齢50.7歳は、すべての診療科の平均年齢48.6歳よりも高い。さらに、婦人科専門医の平均年齢57.3歳は、産科専門医の平均年齢45.1歳よりはるかに高く、全診療科の中でも最高齢なのである(次点は内科医の56.3)。「熟練した手技」が必要とされるとされる搔爬は、比較的高齢の医師たちが「昔取った杵柄」を使いつづけているのかもしれない。

 朝日新聞の記事の最後に、日本産婦人科医会の常務理事のコメントがある。「日本人は手先が器用で、搔爬法でも事故は少ない。本当に吸引法の方が安全なのか、国内ではデータがない」。これに対して、2010年の調査を行った研究者の1人の言葉で記事は結ばれている。「やむを得ず中絶という選択をした女性にも、より安全な方法を選ぶ権利はある。医療者側の意識改革が必要だ。」残念ながら、10年後の今もまだ、この意識改革は進んでいない。

 しかも常務理事が言った「本当に吸引法の方が安全なのか」という疑問を、医師たちは自前の調査で答えようとしていくのだが、長くなったのでそれは次回に送ることにする。

 このシリーズで紹介する調査結果は、基本的に私設ホームページ「RHRリテラシー研究所」に掲載しています。塚原の手掛けてきた中絶関連の書籍の案内、中絶問題に係るさまざまな資料、研究を進めていくために知っておくと便利なリンクなどもまとめています。ぜひご活用ください。またSNSの管理などのできるボランティア、研究仲間も募集中です!(無給手弁当です!!)

https://www.rhr-literacy-lab.net/

 

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塚原久美(つかはら・くみ)

中絶問題研究者、中絶ケアカウンセラー、臨床心理士、公認心理師

20代で中絶、流産を経験してメンタル・ブレークダウン。何年も心療内科やカウンセリングを渡り歩いた末に、CRに出合ってようやく回復。女性学やフェミニズムを学んで問題の根幹を知り、当事者の視点から日本の中絶問題を研究・発信している。著書『中絶問題とリプロダクティヴ・ライツ フェミニスト倫理の視点から』(勁草書房)

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