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TALK ABOUT THIS WORLD ドイツ編 レインボーカラーが輝いた夜

中沢あき2021.06.30

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昨日、6月23日はドイツのサッカーファンにとって、いや、ドイツにとって大きな出来事があった日だった。6月12日から始まったサッカー欧州選手権の最初のグループリーグをドイツ代表チームが勝ち抜いて、準々決勝トーナメントへの道がかかった試合だったのだが、それだけではなく、国際政治も巻き込んだイベントと急展開したからだ。

この日の試合でドイツと戦うハンガリーでは、6月15日にLGBTQについて公の場で語ることを禁じる反LGBTQ法案が可決された。表向きは、子どもたちを小児愛性者から守るためとなっており、この法案を提出した政権与党を率いるオルバン大統領いわく「公の場で、と言っているだけで、あとの判断は各家庭内で」だそうだが、具体的には学校教育の中で多様な性について語ることや未成年が目にする可能性のある広告や出版物やメディアには一切これらの情報を出してはならないという、実際には社会の中のLGBTQの存在を抹殺するも同然の法律だ。先立って同性カップルの養子縁組や性別変更を禁止してきた与党のキリスト教的保守主義に基づく動きはこれまでも国内外から批判を受けてきたが、今回はEU委員会も制裁措置の検討に動き出した中で、このドイツ対ハンガリー戦が行われるスタジアムのあるミュンヘンの市議会が、このハンガリーの差別的な法律に対する抗議の意味を込め、試合中、スタジアムをレインボーカラーにライトアップしようと提案した。

しかしスタジアムはミュンヘン市が所有するものではない。アリアンツアリーナという名前の通り、所有は保険会社のアリアンツで、さらにこのライトアップをするか否かの決定権はこの選手権の主催者であるUEFA(欧州サッカー連盟)にあるのだが、UEFAはこの提案を拒否するという声明を試合当日に発表した。理由は「政治的な行為に当たるため」。当然この決定については批判がドイツ国内で高まり、DFB(ドイツサッカー連盟)は「7月のクリストファー・ストリート・デーにあわせてスタジアムをライトアップする」代替案を出したが「バカバカしい」とミュンヘン市長に一蹴された。

そもそも以前にも、社会における差別への抗議としてこのスタジアムや他のサッカースタジアムがレインボーカラーにライトアップされたことはあったのだが、なぜ今回がダメかというと、決定権がドイツ国外つまり欧州にあるということと、それゆえに欧州内の政治干渉はしたくないというUEFAの意向があったのだろう。

とはいえ、ここで黙って受け入れる社会じゃないのがドイツである。ミュンヘン市長は可能な代替案として、ミュンヘンのシンボルの一つであるオリンピックタワーやスタジアムの向かいにあるタワーを虹色にライトアップするとした。それに続いて、ミュンヘンがダメならうちがとばかりに、フランクフルト、ケルン、ベルリンなどの他都市のスタジアムがレインボーライトアップをすると発表し、またその他の町のシンボル的な建物でも同じライトアップをすることになった。

そしてドイツの政治家たちもハンガリーやUEFAへの非難の声明を次々と発表し、メルケル首相はUEFAへの直接的なコメントはしなかったものの、ハンガリーの法案可決についての非難をこの試合当日というタイミングで発表した。この騒ぎを受けて、当初試合観戦も兼ねてミュンヘンに来るはずだったハンガリーのオルバン大統領は予定を取りやめた。

そして試合開始の21時。ドイツ各地ではレインボーカラーのライトアップが始まり、夏至でゆっくりと暗くなっていく空に、試合の進行とともに虹色の光がだんだんと浮かび上がった。ライトアップされないミュンヘンのスタジアムでは、代わりにと虹のステッカーが貼られたマスクが観客に配られ、そしてドイツ代表チームを率いるキャプテンでゴールキーパーのノイアー選手の腕には、虹色のキャプテンマークが巻かれていた。(そして試合開始前のハンガリー国歌斉唱の時に、レインボーフラッグを掲げた男がフィールドに乱入するハプニングも起きた。)

肝心の試合は、先制したハンガリーにドイツが追いつき、2−2の引き分けに持ち込んで終了。前回までのグループリーグの試合を総合した結果、ハンガリーは敗退、そしてドイツが準々決勝へ進むことになった。

明けて今朝、ラジオ番組で駐独ハンガリー大使が昨夜の試合と騒動についてインタビューを受けていた。大使いわく「もしスタジアムがライトアップされたとしても、そのこと自体は選手たちには何の問題もなかっただろう。でも引き起こされた騒動は彼らのプレーに影響したかもしれない」とのこと。当の選手本人たちはどう思っているかはわからないが、確かに政治的な騒動に巻き込まれた、という見方をすれば気の毒でもある。一方で、だったらUEFAはライトアップを受け入れてやればよかったのに、と思う。性差をめぐる問題はスポーツ界でも長い間論議されていることであり、サッカー界でも他人事ではないはずだ。だから今回の騒動は、UEFAの見せようとした中立の立場というのが一体誰に対してなのかがかいま見えたし、権力に忖度するほうが大事らしい、というように見えた。例の国際&日本オリンピック委員会にしろ、UEFAにしろ、スポーツ界でも、それも上部組織に行くほど保守的なんだなと残念に思う。

奇しくも同じ日、米国のプロサッカーリーグで活躍する元なでしこジャパンの横山久美選手が、トランスジェンダーであることを公表し、それについてバイデン米大統領がツイッターで「勇気ある行動」とたたえたと報道があった。従来はマッチョな男社会であるスポーツの世界でも女性も活躍できるようにと変革が図られてきたが、次のステップはまさに性別を超える変革だ。それも選手たちだけではなく、スポーツ業界や団体に関わる人間関係でね。


写真1:
©️ Aki Nakazawa
「皆で一緒に立ち上がることで、もっと良くなる。それがチームだ。」とは、ドイツの家電メーカー、ミーレの広告のメッセージ。

写真2:
©️ Aki Nakazawa
21時の試合開始と同時にライトアップされたものの、空がまだ明るくて色が見えなかった虹色。前半試合が終わった頃、ようやく浮かび上がってきた虹色を、散歩の人たちや、若いカップルが眺めていました。ライトアップの情報を聞きつけて、レインボーフラッグを持ってきた人たちもちらほら。ケルンのライン・エネルギー・スタジアムにて。ちなみに今回ライトアップされなかったミュンヘンのスタジアム、アリアンツアリーナですが、今年の1月に社会における差別への抗議を込めてレインボーカラーにライトアップされた時の写真をインターネットで見ることができます。「allianz arena regenbogen」で検索してみてください。とても美しいスタジアムが今回は登場しなくてほーんとに残念だわ!

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中沢あき

中沢あき(なかざわ・あき)

映像作家、キュレーターとして様々な映像関連の施設やイベントに携わる。2005年より在独。以降、ドイツ及び欧州の映画祭のアドバイザーやコーディネートなどを担当。また自らの作品制作や展示も行っている。その他、ドイツの日常生活や文化の紹介や執筆、翻訳なども手がけている。 

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