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経口中絶薬が日本で承認されれば、従来は手術しかなかった日本に新たな中絶の選択肢ができる……そのような期待が抱かれてきたが、今のところ、この薬に対する期待はほとんど肩すかしに終わっている。

ラインファーマ社の経口中絶薬が年内にも承認申請される見込み……というニュースが流れたのは2021年4月だった。この時、治験に参加した東京大の大須賀穰教授(産婦人科学)は、承認申請が予定されているこの経口中絶薬に関して、「副作用がほとんどなく極めて安全。医師による外科処置なしに、女性が主体的に中絶を行えるようになる」と肯定的な評価を与えていた。ただしその一方で、「病院経営の観点から薬による中絶も手術と同等の価格設定となる可能性がある」と指摘し、「利用しやすい価格にするには公的補助を検討する必要がある」との見解も述べていた。

この連載でもすでに指摘してきたとおり、日本の中絶医療の価格は他の国々に比べてあまりにも高い。しかも、中絶は自由診療なので、おのおのの母体保護法指定医師(刑法堕胎罪の例外措置として、合法的中絶を行える資格を有する医師)は自分の好きに中絶料金を設定できる。だから、薬が入ってきても「病院経営」を死守しようとする医師たちは、従来の高額な中絶手術と同等の価格に設定する可能性がある。大須賀教授のいう「病院経営の観点」とは、実際に中絶医療の担い手になっている個人病院やクリニックの医師たちが、自院の経営を立ち行かせるために中絶薬を高値で提供するだろうことを予見している。

ただし、そこで「公的補助」という言葉が飛び出したのは、健康保険などを通じて、実質的には無料あるいは廉価で中絶薬が手に入る欧米諸国の例(先進国は特にその傾向が強い)を意識してきたのではあるまいか。つまり、海外で実際に行われているように、利用者の負担を減らすためには、公費を投じる必要があると大須賀教授は示したのである。
ところが、その後、「公的補助の検討」は全く行われてこなかった。大須賀教授自身もその時限りで、以降は全くそうした提案を口にしなくなった。それどころか、大須賀発言の1年後、2022年4月に開かれた記者懇談会で、日本産婦人科医会(母体保護法指定医師の利益団体:以下、「医会」とする)の石谷健幹事長は、「一部の海外の国々のように全ての人工妊娠中絶に公費を投入して自己負担額を少なくすることについて納税者である国民の理解を得ることは現段階では難しい」との考えを示した。つまり、大須賀教授の「公的補助」案は、全くの肩すかしだったことになる。

それでも「年内には承認申請される」と報じられていたので、12月に入ると、女性たちもメディアも今か今かと待ち構えていた。ところが12月の上旬を過ぎ、中旬も過ぎ、クリスマスが近づいてくるにつれて、「年内にはないか……」とあきらめムードが漂いはじめた。すると何の前触れもなく、「承認申請を行った」とラインファーマ社が12月22日に発表した。記者たちは前々から準備していた記事をすかさず流した。ほとんどの新聞社が「承認されれば国内初の飲む中絶薬」といった見出しを載せ、「早ければ1年以内に承認される見通し」と書いた記事も少なくなかった。この時、おそらくメディアが先に取材をして準備していた、当面、入院が可能な医療機関で、中絶を行う資格のある医師だけが行うべきだとする医会のコメントも流された。

医会の木下会長はNHKのインタビューの動画で「医師は薬を処方するだけでなく、排出されなかった場合の外科的手術など、その後の管理も行うので相応の管理料が必要だ」と述べ、薬の処方にかかる費用について10万円程度かかるとされる従来の中絶手術と同等の料金設定が望ましいとする考えを示した。

テレビ朝日は3人の医師のインタビューを流した。国内での治験に参加した東京大学・大須賀穣教授は、「非常に安全な薬として、WHO(世界保健機関)にも推奨されています。日本の治験でも問題となるような有害事象は発生しませんでした」と報告した。同じく治験に参加した対馬ルリ子医師は、「避妊も中絶も公的サポートがあるべき。相談できず産んだ赤ちゃんを見捨てるしかないのは、一番悲惨なこと。それを防ぐためにも、早く気づいて中絶という医学的なレスキューもある。自分が産みたい時に産める自分になる、そういう希望が一番大事」だと語った。一方で医会の前田津紀夫副会長は、「結構な出血をするのと、(出血が)止まらなくなる場合がある。おなかの痛みも伴う。陣痛のような痛みがくるので、どのように対応していくのかが課題」だと警鐘を鳴らした。ちなみに、妊娠9週の胎芽を押し出すために、妊娠40週の陣痛と同じような痛みが生じるわけがないということは、言うまでもない。

このように、中絶薬を歓迎するようなコメントも見られる一方で、「指定医師に限定」して、少なくとも当面は「入院して使用」すること、料金は「10万円」程度になるといった情報と、「激しい出血がある」「陣痛のように痛い」という具合に脅しをかける情報とが入り乱れている。特に後者の「脅し」は、入院設備を持たないために、少なくとも当面は中絶薬を使えないクリニックの医師たちがそれぞれのサイトで「中絶薬は危険だ」「従来の手術の方が確実」などと大いに喧伝している。おかげで、中絶薬を待望する女性たちがいる一方で、なんとなく怖いとか、従来の手術の方がよさそうだと考える人びともいるのが現状だ。

おまけに厚生労働省は、私たちの開いた院内集会で、中絶薬の服用にも「配偶者同意が必要」との公式見解を示している。しかも、「なぜ配偶者の同意が必要なのか?」と法的根拠を質問したら、昔のことで資料がないため「わからない」とのうのうと答えたのである。これも肩すかし、暖簾に腕押しとはこのことか……と唖然とした。

私たちは「何のためかわからない」配偶者同意を法的に要求されている。そのために中絶に至れず、嬰児遺棄罪に問われる人も出ているというのに。本当にありえない、あってはならないことが起きている。

(「中絶薬は承認されるか(中)」に続く)

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塚原久美

塚原久美(つかはら・くみ)

中絶問題研究者、中絶ケアカウンセラー、臨床心理士、公認心理師

20代で中絶、流産を経験してメンタル・ブレークダウン。何年も心療内科やカウンセリングを渡り歩いた末に、CRに出合ってようやく回復。女性学やフェミニズムを学んで問題の根幹を知り、当事者の視点から日本の中絶問題を研究・発信している。著書に『日本の中絶』(筑摩書房)、『中絶のスティグマをへらす本』(Amazon Kindle)、『中絶問題とリプロダクティヴ・ライツ フェミニスト倫理の視点から』(勁草書房)、翻訳書に『中絶がわかる本』(R・ステーブンソン著/アジュマブックス)などがある。

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