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中絶再考 その35 患者にやさしいパンフレットを!~豪・加・日 経口中絶薬の患者用資料比較から見えたこと(前編)

塚原久美2023.08.28

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日本初の経口中絶薬メフィーゴパックが発売されて3か月が過ぎた。製造・販売会社であるラインファーマ社に登録された母体保護法指定医師のいる施設で、当面は入院または胎嚢(たいのう)*排出までの院内待機が義務付けられ、料金も高いためか、爆発的に利用者が増えているようではなさそうだ。(*「たいのう」とは、受精卵~胚を包んでいる袋のこと。)

それでも、ポツポツもれ聞こえてくる情報によれば、「手術が必須でない」ことを肯定的に捉えて、薬による中絶(内科的中絶)を求める女性たちは確かに一定数存在しているようで、「選択肢」が広がったこと自体はやはり良かったのだと思う。あとは、この「選択肢」がもっと多くの女性たちの手に届くようにするために、アクセスしやすい環境を整えていくよう声を上げていきたい。そこで今回は、ラインファーマ社の全く同じ製品が先に導入されているオーストラリアとカナダの「患者用ブックレット」の内容を確認し、この薬がどのように扱われているのかを見てみよう。

先行する国々で中絶薬はどう扱われているか?
ラインファーマ社のメフィーゴパックとは、ミフェプリストン(妊娠の進行を止める第1剤)とミソプロストール(胎のうを排出させる第2剤)をセットにした製品である。全く同一の製品が、オーストラリアでは2012年に承認され、2014年にMS ヘルスという非営利の供給会社によって「MS-2ステップ」という名で発売されている。一方のカナダでも、2015年に承認され、2017年にラインファーマ社の現地子会社によって「ミフェジマイソ」という名で発売されている。両社とも各々「患者用情報ブックレット」を作成しており、ネットで公開している。

オーストラリアのMSヘルスのブックレットの表紙には、「あなたのドクターの支援を受けて、自宅での快適な選択肢」というタイトルが大きな文字でつづられている。その下には、カップを両手で持って前かがみにソファに座った女性とおぼしき写真がぼんやりと見える。顔は隠れていて表情はわからないが、その脇には安心させるかのようにくっきりと「患者用情報ブックレット」の文字が示されている。

最初の頁を開くと、見開き右側に柔和な顔つきの中高年の男性医師がほほ笑んでいる大きな写真がある。前ページの女性と向かいあわせの構図であり、彼女を診療している医師をイメージしているのだろうか? 全体にぼやかしてある写真なので威圧感はないとはいえ、なぜあえて男性医師?と思って調べてみたら、現在のオーストラリアの産婦人科医のうち、今のところまだ過半数は男性医師が占めているようだ。最近の医学生の統計では、産婦人科を志望するが急増しているのは、本とも共通の傾向だちなみにカナダは2013年頃を境に男女比が逆転し、現在では産婦人科医の6割以上が女性である。

同じ見開きの左側には、「このブックレットは?」とあり、セクション1から6までの見出しが並んでいる。その下には電話マークと共に、「問題を感じたり副作配になったりしたときには、あなたの主治医またはMSヘルスの24時間看護師アフターケア電話サービスにお電話を」のメッセージがある。ページをパラパラめくってみたところ、本文10ページのブックレットの中に5回も同様の電話マークとメッセージが登場しており、節目節目で「何かあったら主治医または24時間看護師電話サービスに」と呼び掛けている。どうやら、このブックレットは「患者が自宅で読む」ことが前提されているようだ。そうなると、表紙の女性は、次の見開きに登場する医師のオンライン診療を受けているという設定なのかもしれない。

実はオーストラリアには、電話相談だけで薬を郵送するサービスを世界に先駆けて始めたタボット財団がある。同財団が2015年6月から2016年12月までの1年半に1,010名の患者に対して行ったテレヘルス(電話による遠隔診療と自宅への薬の送付による自己投薬)の結果をまとめたところ、フォローアップ調査に答えた754名中96%が外科的介入を受けることなく中絶に成功しており、95%が一切医療機関に出向くことなく終わっていた。国土の広いオーストラリアでは、遠隔地で暮らす女性も少なくないために始められたテレヘルスだったが、予想以上に都市部の女性たちにも好評で、「便利」な方法と受け止められるようになった。さらにCOVID-19のパンデミック以降は、ますますテレヘルスのニーズが増えていった。

関連するいくつかの調査も行われた結果、オーストラリア国内で経口中絶薬を扱える資格を持つ医師は全体の10%、薬剤師は全体の30%にすぎないことが判明し、問題視されるようになった。そこで、MSヘルスに認定された医師と薬剤師しか取り扱えなかった従来の規制を撤廃し、2023年8月から医師から看護師まですべての医療職による中絶ピルの処方を認め、すべての薬局に中絶薬を置いてすべての薬剤師が扱えるようにした。この画期的な措置は、処方・調剤を行える人に関する煩雑な手続きを削減し、内科的中絶を希望するすべての女性の手に届くものにしたと好意的に捉えられている。

ブックレットの記載内容
一方のカナダのブックレットは、患者や医師の写真などは見当たらない。表紙にはミフェジマイソの製品写真のみで、タイトルも「ミフェジマイソ ミフェプリストンとミソプロストール 内科的中絶のために」とシンプルである。ページ数は、本文だけでカナダの方は12ページ、オーストラリアの方は10ページで大きくは変わらない。

オーストラリアとカナダのブックレットの記載内容は、基本的にはそっくりである。わかりやすい言葉で簡潔な文章で、どちらも前文で、このパンフレットをよく読んでおき、質問があったら確かめておくこと、友人や家族と一緒に内容を確認しておくこと、後で確認できるように手元に置いておくことなどを呼び掛けている。「友人や家族と一緒に確認」するのを勧めているのは、前提として「中絶は恥ずかしいことではない」という考え方で貫かれているようで、それだけでもスティグマが緩和されそうだ。

なおオーストラリアのブックレットの方だけ、「MS-2ステップのプロセスを開始する前」に、ミフェプリストンとミソプロストールの両方の内箱に入っている「消費者医薬品情報を読んでおくこと」と重ねて強調されていた。これは、やはりテレヘルスで利用する人が多いためかもしれない。

MS-2ステップのブックレットの確認を続けると、上記の前文の下に6つのセクションの目次が示されている。

1 妊娠終了に使われる薬:ミフェプリストンとミソプロストール
2 薬を服用する前に
3 どのように薬を服用するのか
4 完了の徴候と症状
5 治療にまつわる副作用の可能性
6 フォローアップ

メリハリのついた見出しで、1は薬そのものの説明、2は禁忌に関する説明、3は具体的な服用方法、4は服用後の確認事項(流産が完了したかどうか、異常はないか)、5は深刻な副作用の判断と対処法、6はフォローアップ診察——と時系列的な流れになっている。前から読んでいって、途中でそれ以降の情報が不要になったら(たとえば、2の禁忌で引っかかった場合などは)、それ以降を読む必要がない構成になっている。

カナダのミフェジマイソのブックレットも、これらの見出しと構成は全く同じで、それに付け加えて「7 重要な番号」の見出しが1つ追加されている。この項目は、いざという時に連絡できる相談先として主治医の番号をメモできる欄と共に、その下には2つの非営利団体(NGO)と販売元のラインファーマ社から成る合計3カ所の名称とウェブサイトと電話番号が記されている。しかもすべて1-800で始まる無料電話であるのが心強い。

そこで気付いて、改めてオーストラリアの電話相談番号を確認すると、1300番で始まるローカルコール番号になっていた。無料ではないものの、25セントでかけ放題になる番号だという。これなら気軽に電話で相談できそうだ。

両方のブックレットの説明の文章もほぼ同じだが、オーストラリアでは「あなたの医師(主治医)」となっている[1]ところが、カナダでは「あなたの医療専門家」となっている。カナダでは医師に加えて、診療看護師と呼ばれる大学院修士課程まで出ている上級職の看護師にも、中絶薬の処方権があるため。日本でいえば、やはり大学院修士課程まで修了している専門看護師や助産師に相当する職種である。

シンプルでわかりやすく、どうすればいいのかがわかる内容
オーストラリアとカナダに共通する6つのステップの内容も、細かい違いは各所にあるものの大筋はほぼ同じである。客観的で、短い箇条書きの項目が多く、患者自身がひとつひとつ確認しながら進めていける、とてもわかりやすい構成になっている。印象的なのは、どういう場合に、急いで医療者に連絡を取るべきかが、各所で強調されていることである。たとえば、MS-2ステップのセクション3では、「(第2剤の)ミソプロストール服用後、24時間以内に全く出血が起こらなかった場合には、できるだけ早く医師に連絡を取ってください」と呼び掛けているし、セクション4で副作用の説明をした後で、どちらのブックレットも「こうした副作用は通常短期間で終わり、24時間続くことはありません」と教示してから、「何か問題が起きたり、心配なことがあったりしたら医師(医療者)に連絡を取ってください」と呼び掛けている。

[1] オーストラリアでも今年の8月から処方職種が拡大された。「あなたの医師」になっていることを考えると、このブックレットは職種拡大が決まる以前に作成されたものだと思われる。

(中編につづく)

 

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塚原久美

塚原久美(つかはら・くみ)

中絶問題研究者、中絶ケアカウンセラー、臨床心理士、公認心理師

20代で中絶、流産を経験してメンタル・ブレークダウン。何年も心療内科やカウンセリングを渡り歩いた末に、CRに出合ってようやく回復。女性学やフェミニズムを学んで問題の根幹を知り、当事者の視点から日本の中絶問題を研究・発信している。著書に『日本の中絶』(筑摩書房)、『中絶のスティグマをへらす本』(Amazon Kindle)、『中絶問題とリプロダクティヴ・ライツ フェミニスト倫理の視点から』(勁草書房)、翻訳書に『中絶がわかる本』(R・ステーブンソン著/アジュマブックス)などがある。

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