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自由は人々のもとに下りてくるのではない、人々が自らを自由に押し上げるのだ。―エマ・ゴールドマンの墓碑銘(Emma Goldman’s epitaph

これは私が訳した『ジェーンの物語 伝説のフェミニスト中絶サービス地下組織』の冒頭に掲げられている言葉である。エマ・ゴールドマンはリトアニア生まれのユダヤ人で、15歳の時に姉と共にアメリカに渡り、アナーキストとして、またフェミニストとして活動して1940年に没した女性である。この言葉を冒頭に掲げた著者ローラ・カプランが胸に刻んでいる言葉なのであろう、この本を訳し終えた今はなおのことそれがよく分かる。

私がローラのこの本を訳すことになったのは、映画「コール・ジェーン」を日本で公開したいと、「#もっと安全な中絶をアクション(ASAJ)」に配給会社プレシディオから協力依頼が舞い込んできたことが発端だった。ASAJの有志で対応することになり、私も手を挙げた。ジェーンというグループが全米で中絶合法化される直前のシカゴで“中絶を提供するサービス”を行っていたことは、2022年にアジュマブックスから刊行された『中絶がわかる本』の中にも数ページを使って紹介されていたので関心はあったし、英語サイトで確認した映画のプレビューなどにも心惹かれたからだ。

配給会社から提供されたまだ粗造りの字幕付き映画を見せて頂いたことで、私はすっかりエンパワーされてしまった。そこで、積読になっていた本を探し出し、さっそく読み始めた。この本は映画の中にも出てきたエピソードとそっくりのエピソードで始まる。ジェニーという名の「病気の女性が治療的中絶を病院の委員たちに断られる」のだ。一方で、シカゴで女性解放運動を立ち上げた一人にもなったクレアというアクティビストが、知人から「中絶のできるところ」を訊ねられたエピソードが続く。ありとあらゆる可能性を探ってみた結果、クレアがどうにか違法の中絶医を探し出して紹介したところ、その噂が友人の友人、そのまた友人へと広がっていき、助けを求める電話が殺到するようになる。クレアはあまりにも中絶を必要とする人が多いことに驚くとともに、とても自分一人の手には負えないと考えて、「中絶カウンセリング・サービス」という名でグループを立ち上げることにした。

ジェニーをはじめサービスに関心をもって集まってきた女たちは、何時間もかけて、自分たちの活動の基本方針を検討した。中絶で重篤な合併症など、緊急時にはどう対処するのか? もし誰かが死んでしまったら? 頼みにしていた医者やメンバーのひとりが逮捕されたら? 警察の捜査にどう対処するか? グループは最低限の記録しか残さず、中絶医との連絡と、女たちへの連絡を別々のメンバーに担当させ、両者をどのようにつなぐのか、どうやって医師を見つけ、どうやって女たちに自分たちの存在を知らせるのかなど、入念に手順を検討した。

彼女たちは自分たちのしていることがイリノイ州では「罪」とされていることを自覚していたが、市民的不服従は正しいことだと信じていた。当初、集まった女性たちのほとんどは白人で中産階級の主婦だったので、良心に基づいて行動する(特定の法律や命令に非暴力的手段で公然と違反する)自分たちが、罪に問われることなどないと信じていた。実際、同じ頃、男の聖職者たちも公然と、そしてジェーンよりもはるかに大規模に、中絶医への斡旋を開始していた。彼らは道徳的権威の言葉で、女性の中絶の権利を擁護した。

グループが自分たちのサービスのコードネームにした「ジェーン」という名は、あたりまえでどこにでもいそうな「すべての女のための名前」として選ばれた。グループにたまたま「ジェーン」という名の女がいなかったのも決め手になった。メンバーのだれもが「はい、ジェーンです」と電話を受け、「もしもし、ジェーンですが」と電話をかけた。

やがてジェーンたちは、法外な値段を吹っ掛けてくる中絶医に頼っていては、女たちは解放されないことに気づいていく。そして大胆な解決法を選んだ。自分たちの手で中絶を行えるようにしたのだ。最初は、グループのメンバーと懇意になった若い医師(後に偽医者だと判明する)から一人が少しずつ医療処置を学んでいき、やがて他のメンバー数人に訓練を施すシステムが確立していった。ただし「階層的な支配組織」をもたないグループ運営はけっして容易ではなかった。様々なトラブルが起こるたびに幾人かのメンバーが去っていったが、比較的若くてよりラディカルなメンバーたちが入ってくることで、徐々にグループ全体のありかたも変化していった。約4年強の活動は総勢100名ほどの女性が入れ替わり立ち替わり関わったと言われている。やがてグループは、外部の男の医師たちとは完全に独立して中絶を行えるようになり、お金がない女でも積極的に受けいれる一方で、余裕のある人には少し多めに払ってもらうようにした。必然的にジェーンにやってくる黒人の比率は上がっていき、貧しい人たちも増えていった。

ジェーンで行われる中絶は、医療機関で行われる手術とは全く違っていた。中絶を求めてきた女たちは、中絶を「受ける」のではなく、自分も積極的に「関与する」ことを求められた。なにしろそこに関わっている人は全員が犯罪に加担していたというのも法的な現実だった。ジェーンのメンバーたちは、女たちが処置を受けるあいだ、どうすればより快適でいられるか、自分だったらどのように扱われたいかに心を配った。中絶処置を行えるようになったメンバーを権威者にしないためにどうふるまうべきか工夫した。ジェーンにおける中絶は穏やかで、どの女もていねいに扱われた。どんな事情で中絶が必要になったのか詮索されることもなかった。ジェーンは常に笑顔とおしゃべりと食べ物で満ちていた。

この本の魅力の一つは、登場人物の誰もが特別なヒロインではなく、泣いたり笑ったり怒ったりする美点もあれば欠点もある等身大の人物として描かれていることだ。普通の人々が一つの目的のために集まり考えて行動すれば、思ってもいなかったようなことまで成し遂げることができるというのが、『ジェーンの物語』の最大の教訓なのである。読み終わってみて、冒頭の「人々が自らを自由に押し上げる」ことの大切さが身に沁みる、そんな一冊になっている。できれば映画と合わせて読んでみてほしい。

 『ジェーンの物語 伝説のフェミニスト中絶サービス地下組織』ローラ・カプラン|海外文学エッセイ、評論|海外文学|書籍|書肆侃侃房 (kankanbou.com)
2024年4月 書肆侃侃房(しょしかんかんぼう)より刊行

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塚原久美

塚原久美(つかはら・くみ)

中絶問題研究者、中絶ケアカウンセラー、臨床心理士、公認心理師

20代で中絶、流産を経験してメンタル・ブレークダウン。何年も心療内科やカウンセリングを渡り歩いた末に、CRに出合ってようやく回復。女性学やフェミニズムを学んで問題の根幹を知り、当事者の視点から日本の中絶問題を研究・発信している。著書に『日本の中絶』(筑摩書房)、『中絶のスティグマをへらす本』(Amazon Kindle)、『中絶問題とリプロダクティヴ・ライツ フェミニスト倫理の視点から』(勁草書房)、翻訳書に『中絶がわかる本』(R・ステーブンソン著/アジュマブックス)などがある。

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