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特定の人たちの問題じゃない。

牧野雅子2018.04.26

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 衆議院議員会館で行われた、「セクハラ被害者バッシングを許さない4.23緊急院内集会」に参加した。黒ずくめの格好で向かった先には、200名もの人が集まっていた。

 財務省事務次官のセクハラ事件が週刊誌で報道されたとき、正直なところ、わたしはこれ程までに大きな問題になるとは思っていなかった。あのやりとりを見れば、どう考えたってアウトでしょう。それが、財務省の信じがたい対応や、被害者バッシングが続いて。「はめられた」などという、まるで事務次官が被害者であるかのような財務相の発言や、被害の様子を録音したものを週刊誌に提供したことが、あたかも犯罪であるかのような元文科相の発言もあったりして、もう、開いた口が塞がらない。

 その一方で、女性記者の告発を受けて、他の記者たちからの経験が語られはじめてもいる。記者たちの #Metoo 。中でも、衝撃だったのが、警察幹部によるセクハラ被害が、とても多いということだった。県警本部長が加害者のケースもあると聞いて、もう、わたしの心の中で、罵詈雑言が止まらない。本部長がセクハラ? はあ? 一体どのツラ下げて、「県警一丸となって」とか訓示垂れてんだよっ! 副署長が体を触っただとお? はああ? それ、犯罪だろーが、あんたの職場、それを取り締まるところだろーがああああっ! 自分がやってどうすんだよおおおっ! ああ、心穏やかでなんていられない。

 これまでにも、わたしは友人の、あるいは取材で知り合った女性記者たちから、警察幹部からのセクハラ被害を聞いたことがある。これまた正直なところ、最初は信じられなかったのだ。だって、相手は記者ですよ。書いて伝えるのが仕事の人たち。そんな人を相手に、なんでセクハラ(というより、殆どが「性犯罪」と呼ぶべきものだった!)が出来るの? その事実を書かれたら、自分の首が吹っ飛ぶのは目に見えているのに。バッカじゃないの?(いや、バカとしか言いようがないんだけど)。

 だけど、それこそが、「女性」記者たちに対する差別意識の表れで、差別行為そのものだったのだ。言うはずがないだろう、という見くびり。言ったらどうなるか分かってるだろうな、という無言の圧力。記者をも黙らせる自分という「優越感」。

 わたしが警察本部に勤めていたとき、本部に出入りしている記者の中にも女性がいた。記者たちはみな、若かった。彼女たちが、わたしたちがおいそれとは話しかけられない幹部と、気軽に談笑しながら庁舎を歩く姿を何度も見た。上司から言いつかって記者が詰める部屋に行くときには、いつも複雑な思いがした。
彼女たちは、一人の職業人として尊重されていると感じていた。自分のような、組織の駒に過ぎない、誰とでも取り替えがきくと思われているような者とは違う。もちろん、部内の人間とメディアの人に対する扱いが違うのは当然だ。でも。本音を言えば、羨ましかった。若い女性も、記者なら、一人の職業人として尊重されるのか、そういう思い。

 「わたしたち」は、セクハラ被害とは無縁ではなかった。それを気にしていたら仕事にならない、そんな職場だといってもよかった。感覚を麻痺させて、「そういうもの」だと思ってやり過ごす。それでも、耐えられないことはしばしば起こった。

 退職して数年が経ったとき、新聞にある事件のことが載った。初級幹部を養成する管区学校でのセクハラ事件。そこに書かれていた事件の内容は、わたしが経験したものと同じだった。毎年、毎期、同じようなことが繰り返されてきたのだろうことが、容易に想像できた。抽象的にぼかされて書かれていたけれど、その様子がありありと目に浮かんだ。もしかしたら、書かれているよりも、もっとその状況は厳しいものだったかもしれない。なぜならわたしがそうだったから。そのことは、わたしの退職理由の一つだ。

 あの時、わたしが、被害を公表して問題にしていれば、後の女性たちは同じ経験をしなくて済んだのではなかったかと、後から何度も何度も思った。親しい同僚に相談はした。彼女もまた、セクハラ被害に遭い、苦しい選択を迫られた経験を持つ一人だった。「泣き寝入りするしかないよね」という彼女の言葉を今も、その時の空気とともに思い出す。

 女性記者たちはどんな気持ちだっただろう。「性犯罪」を取り締まるのが仕事の警察官から、それも幹部から、まさにその行為を向けられて。非難したり、それを公表したりしたら、自分や後輩のキャリアに支障を来すかもしれないと、我慢せざるを得なかっただろうこと。自分たちが我慢をしたせいで、と、今も自責の念に苛まれているかもしれないこと。時には、性犯罪被害防止キャンペーンの記事を書くこともあっただろうか。「恥ずかしがらずに相談を」という県警のコメントを、どんな気持ちで聞いていたのだろう。「部下の」不祥事に頭を下げる幹部を、どんな目で見ていたのだろう。やるせない気持ちで一杯になる。

 わたしが羨ましい思いで見ていた彼女たちもまた、「わたし」だったのかもしれないのだ。 メディア関係者の、とか、官公庁の、とか、特定の人たちの問題じゃない。これは、わたしの、わたしたちの問題だ。

 終わらせないと。もう、ここで。今、わたしたちの手で。

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牧野雅子(まきの・まさこ)

龍谷大学犯罪学研究センター
『刑事司法とジェンダー』の著者。若い頃に警察官だったという消せない過去もある。
週に1度は粉もんデー、醤油は薄口、うどんをおかずにご飯食べるって普通やん、という食に関していえば絵に描いたような関西人。でも、エスカレーターは左に立ちます。 

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