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第23回「寿司屋で聞いた、昆虫図鑑を読みふける息子の将来」

野沿田よしこ2016.12.07

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 私の名前はよしこ。でも“よしこおばさん”となってこそ“私”であると人は言います。なぜ“おばさん”なのか?誰かの“おばさん”というわけではなく、 “おばさん”=加齢具合を表現しているわけでもありません。私の行動が“おばさん”以外では成しえないものであるからです。私の趣味は人の恋愛話、セックスの話を聞くことです。と、いってもガールズTALK的に盛り上がり話し、その場で共に聞くようなスタイルでは楽しめないのです。あくまでのぞき聞き、のぞき見すること、百歩譲って1対1で根掘り葉掘り的なTALKが好きなのです。

 “人の話を聞く”“心の中や状況を探る”という力はどうやら“おじさん”“お兄さん”“おじいさん”には装備されていないようです。“お姉さん”と呼ば れ る人達には盗み聞きする根性がないようです。そして“おばあさん”には興味と能力はあっても、盗み聞きできるほどの聴力がなかったり、長時間粘れる脚力が なかったり。でも、体力的にまだその余地がある。それが“おばさん”なのです。

 と、いうことで、23回目の「よしこおばさんは見た!」よろしくお願いいたします。
 のぞき聞きという趣味は、意外に過酷でございます。何も考えずにぼーっとすることが不可能になのでございます。街に溢れる会話のどこに大事な話しが零れているかもしれません。会話が聞こえてくると、つい耳をそば立ててしまう。そんな性を生み出してしまう趣味なのでございます。

 先日、ちょっと奮発してカウンターでお寿司を食べておりました。横に座った40代の女性が中学生らしき男の子と座っていました。常連のようで店主と話しをしておりました。

 女性「太巻き1本作ってくれる?」
 店主「あいよ!」

 男の子はずっと昆虫図鑑を読んでいます。玉子、昆虫図鑑、トロ、昆虫図鑑・・・そんなローテーションで寡黙に座っておりました。

 店主「はいできあがり!」
 女性「○尾、これお父さんに持って行って。」

 どうやらその太巻きは夫と昆虫男子の弟の夕飯のようです。昆虫男子は太巻きを受け取り自宅に帰っていきました。

 女性「ゆっくり今日はお酒飲むわよ。寿司きよさん(店主)は夫婦仲は相変わらずラブラ
ブなの?」
 店主「あーまぁ。腐れ縁ですけどね。」
 女性「うちの、早くいなくなってくれないかしら。息子は何されても我慢できるし、かわいくてたまらないんだけど、亭主は無理だわ。なんでかしらね。」

 女性の独白に、店内は静まり返ってしまいました。しかし女性はお構いなしです。

 女性「もし他の男に奥さんが走ったらどうする?」
 店主「そりゃしょうがないですよね。泣く泣く諦めますよ。」
 女性「うちの亭主を誰か誘惑してくれないかしら。好きだ嫌いだは一瞬で、今は嫌悪感しかないわ。」

 一体この人は夫からどんな目に遭っているんだろう?と思いながらも、フェミ的な匂いが全くないその人に私の耳は奪われました。そんな時、女性の携帯が鳴りました。

 女性「はい。うん、わかったわ。」
 店主「旦那さんですか?」
 女性「握りを2人分作ってくれる?まだ足りないって。」
 ・・・・
 店主「はい!お待ち!!」
 女性「じゃあ、お会計してくれる?」

 私はその瞬間、耳の奥がクラクラしました。あんなに夫を嫌っているのに!まだ30分しかお酒を飲んでいないのに!今日はゆっくり飲みたいと言っていたのに!!夫のお腹のために家に帰るというこの展開。女性はお酒を飲みながら店内にプライバシーを振り撒きまくりました。夫が医者であること。息子は引きこもりだったが、インターナショナルスクールに通わせて今は学校に行くようになったこと、英語が堪能で頼もしいということ、次男より長男を溺愛してしまうこと。今、息子たちと夫はTVでソファーに座ってサッカーを観ていること。家がかなり広いこと。聞き耳を立てる必要もないくらい、勝手にインプットされてしまう女性の家庭事情。困っている、大変だったという風に話すその会話も、すべ女性が纏う自慢のように聞こえ、夫との関係の悪さに反比例するように長男への愛情を注ぎこむその姿があぶり出されていきます。私は寒気がしました。昆虫図鑑を読みふける長男は将来どうなってしまうのでしょうか?

 女性がいなくなった店内に安堵感が広がりました。なぜかその後、店内に一体感が生まれ、客同士、そして店主が会話を始めました。立ち込めたピリピリした空気をごまかすように、あたかも女性がいなかったように夜はふけていきました。まるで幸せな夜を取り戻すかのようでした。

 この女性。けして特別な存在ではないのです。私の周りにもいるいる。夫への不満を他人に露骨なまでに露呈しながらも、夫の配下で従い続ける妻。その矛盾が女性の心に穴を開け、自分自身を蝕んでいく人生は、暗黒の世界を作るしかなくなる。そして、その世界のただひとつの希望である息子を溺愛しババァと言われても喜んでいる友人を私は知っている。そんな息子はどんな大人になるのだろう。暗黒の世界は息子に受け継がれていくのだろうか。

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野沿田よしこ

野沿田よしこ(のそえだ・よしこ)

年齢敢えて不詳。私の名前はよしこ。でも“よしこおばさん”となってこそ“私”であると人は言います。なぜ“おばさん”なのか?誰かの“おばさん”というわけではなく、“おばさん”=加齢具合を表現しているわけでもありません。私の行動が“おばさん”以外では成しえないものであるからです。
私の趣味は人の恋愛話し、セックスの話しを聞くことです。と、いってもガールズTALK的に盛り上がり話し、その場で共に聞くようなスタイルでは楽しめないのです。あくまでのぞき聞き、のぞき見すること、百歩譲って1対1で根掘り葉掘り的なTALKが好きなのです。
“人の話しを聞く”“心の中や状況を探る”という力はどうやら“おじさん”“お兄さん”“おじいさん”には装備されていないようです。“お姉さん”と呼ばれる人達には盗み聞きする根性がないようです。そして“おばあさん”には興味と能力はあっても、盗み聞きできるほどの聴力がなかったり、長時間粘れる脚力がなかったり。でも、体力的にまだその余地がある。それが“おばさん”なのです。 

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