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「駅を買う」

中沢あき2016.08.30

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 友人からBBQパーティーのお誘いのメールが来た。来週末の午後、皆で集まるから気軽においでよ、と指定された場所は、とある駅。話に聞いていたこの友人の別宅である。この駅、集合場所とか最寄り、という意味ではなくて、駅そのものが彼の別宅なのだ。つまりこの人、駅を買っちゃったのである。
 ケルンから1時間弱の小さな田舎町にあるその駅へは「本当は電車に乗ってくると面白いんだけどね」と招待者の彼。とはいえ2人分の電車賃よりガソリン代の方が安かったので、我が家は車で行ったのだが、この駅、ドイツ鉄道の人員整理に伴って事務所は閉鎖されたものの、無人駅としてまだ使われていて、ケルンからの電車も止まれば当然乗り降りする人も居て、プラットホームには券売機もある。そのプラットホームに直結した2階建ての小さな建物が、彼の「別宅」なのである。指定の住所で車から降りると、そこにはBBQの用意がされた庭の付いた家、そしてそのすぐ裏手にはプラットホームが見える。ホントに駅だ…。電車が止まると、ハロー!とパーティーのゲストがやってきたり、あ、もう帰らなきゃ、と慌てて電車に飛び乗っていくゲストも居たり。
 遡ること7年程前、トランペット奏者であり一風変わった小さなオーケストラを自ら率いる音楽家の彼に、とあるコンサートツアーでちょっと大きな収入があった。当初はそのお金で小さなマンションの一室を買おうと話を進めていたが、業者とのトラブルで話が頓挫した後に不動産のウェブサイトを眺めていて見つけたのがこの駅。一般の家やマンションと並んで、この駅の売り出し情報があった。そんなに普通に売り出されるものなの?と不思議に思うが、彼いわく「フツーに情報が出てたよ」。売り主はドイツ鉄道で、数百万円という一般の新車を買えるくらいの破格の安値だったそうだ。面白い!とひらめいた彼、早速連絡を取って、本当に駅を買ってしまった。いやー、周りには反対されたよー、値段は安くてもその後その倍以上のお金がかかるって。
 一般住宅も含めたドイツの古い建物には、歴史的かつ文化的価値があるとされて州から保存指定をされたものが所々にある。こうした建物は基本的には外観は当時のまま残し、内装は変えられるのだが、古くなった外観部分の補修にも当時と同じような建築材や方法を使わなければならないので、結構なお金がかかる。この駅はその保存指定の建造物で、おまけに住宅とするには様々な法的制限があるので、寝泊まりが出来る程度の事務所やアトリエとしてしか使用許可が下りない。でもそこは根っからのクリエイターの彼。いや、工夫次第で自分でなんとか安く出来るだろ、と、知り合いに仲介してもらった業者や仲間たちと少しずつ改装を進め、やっとこの1〜2年でようやくまともな状態になってきたところで、私たちにもお披露目をしてくれたのだった。
 1930年代、戦争前夜にナチスが率いていたドイツは、全国の主要都市の周りに大規模なインフラ整備を進めていて、無制限速度通行で有名な高速道路、オートバーンが出来始めたのもこの時代だ。鉄道もあちこちに敷設され、この田舎の小さな駅もその政策の元に1937年に建てられたものだという。レンガ造りのその小さな建物の地下には防空壕があり、駅長室には一人用の防空壕もある。乗客を地下へ避難させた後、本部へ電話連絡を回してから一人、その防空壕に入る、というのが当時の駅長の役目だったのだそうだ。今やその防空壕には、倉庫や2人ずつ向き合って使用出来る4つのトイレや(その間には仕切りはないので、まさに連れション…)、そしてその駅長室は友人のオフィスになっていて、ソファや本棚、小さなシンクも据え付けられている。窓際の古い机の上のMacbook Airがこの古い駅の雰囲気と不思議なコントラストを醸し出していて、窓越しにはプラットホームで電車を待つ人たちや、数十分に一回やってくる電車が間近に見えるという、なんだかシュールなこの空間で、友人は自分のオーケストラと共に音楽とパフォーマンスのコンサートやレコーディングをしてみたり、関心のあるこの町の人々に、かつての建物の欠片を記念として送るプロジェクトを仕掛けてみたり、と、色々と試みをしているらしい。これから更に随所を直したら、アトリエ兼別宅としてもっと頻繁に使うつもりだそうだ。
 町の人たちもまだ使っている駅だから町との関係はどうなってるのかを訊くと、購入してからの数年は、(自分たちが買えばよかった)と思い始めた町の人や町長から中傷を受けたり、町の若者にドアや窓を壊されたりと、色々問題もあったらしい。監視カメラに映っていた若者を突き止めて(小さな町だからすぐにわかるらしい)直談判に行ったり、町の人にも来てもらえるようなコンサートイベントをそこで開いたりとしているうちに皆慣れてきた、と笑う彼。まあ、これくらいの大らかさがある人じゃないと、駅なんて買えないよなあと感心する。
 ぼうぼうに草木が生い茂っていたのを整備した(駅前の)庭でのBBQは美味しく、楽しかった。犬や子供たちが走り回り、大人はワインやビールでまったりと寛いだ。暗くなってきてからは、残り火に当たりながら、丘の向こうに登る月を皆で眺めながらコーヒーやリキュールを飲んだ。その間もときどき、ゴオーっと音を立てては電車がやってきて、人がやって来たり、去っていったりした。それは今まで経験したことのない、不思議な場だった。人々が行き交う場でもある駅で、彼はこれからどんなことをするんだろう。世の中って本当にいろんな人がいるもんだ、とつくづく思ったひとときだった。

これがその駅。田舎の小さな駅舎の向こうにプラットホームが見えます。 nakazawa20160830-1.jpg
© Aki Nakazawa

元駅長室がオフィスに。窓のすぐ向こう側はプラットホーム。目の前を電車や乗客が通ります。 nakazawa20160830-2.jpg
© Aki Nakazawa

「駅前」でのBBQの準備中。ちょっと変わったシチュエーションに、子供も大人もワクワクでした。 nakazawa20160830-3.jpg
© Aki Nakazawa

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中沢あき

中沢あき(なかざわ・あき)

映像作家、キュレーターとして様々な映像関連の施設やイベントに携わる。2005年より在独。以降、ドイツ及び欧州の映画祭のアドバイザーやコーディネートなどを担当。また自らの作品制作や展示も行っている。その他、ドイツの日常生活や文化の紹介や執筆、翻訳なども手がけている。 

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