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繋がり続けていく建物の歴史

中沢あき2016.09.23

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 駅を買った友人の回でも少し書いたが、ドイツには指定文化財の建物がたくさんある。たくさんどころか、もう町のあちこちにある。そもそも古い建物自体が多く残るヨーロッパ。ドイツでは第二次大戦時の空襲で壊れたものも多いが、日本と違って地震がないせいか、中には築百年以上のものもざらにある。これらの古い建物、1949年以前に建てられたものを Altbau (アルトバウ)といい、不動産市場ではなかなか人気のある物件なのだ。更にこうした建物の中に、文化財として指定されたものがある。Denkmal (デンクマル)というこの指定文化財の持ち主は、歴史保存の規定に従った補修を行う義務がある。これが厳しいもので、色やデザインは勿論のこと、使用する素材や補修方法まで当時の方法を踏襲しなければならないのだとか。当然その費用はかなりのものになるわけで、家を買う際にこのデンクマルが付いていたりすると、その買値よりも更に補修費用がかかることを見込まなければならない。
 このデンクマルという指定文化財は、持ち主が申請することもあれば、その申請を協議する選考委員会が貴重と見なした建物の持ち主へ逆に提案することもあるそうで、市、州、国のそれぞれの格付けがあり、文化財としての重要度もその格につれて上がっていく。認定された建物には、その州のシンボルを象った20cm四方くらいのプレートが正面に付けられる。このプレート、実に町のあちこちで、それも普通の住居にも付けられたものが目に入る。補修費用がかかるとはいえ、その分資産価値も上がるのかもしれないし、文化財に住むステイタス、というのがあるのだろう。ケルンは空襲で町の9割が破壊された歴史があるとはいえ、ケルン市のデンクマルを地区ごとで検索できる公式サイトがあるほど、そうした建物が数多く残る。そして年に1回、それらのデンクマルの中でも特に歴史的価値がある建物が一般公開される機会があり、私も今回初めて、とある場所を訪ねてきた。
 ライン川を挟み、大聖堂の立つ左岸とは反対側の右岸にある Deutz-Kalker Bad (ドイツ•カルカーバード)。1913年に建てられ、1996年まで使用されていたこの室内スイミングプールは、その後改修されて現在は4つ星ホテルとなっている建物だ。勿論ホテルだから一般客でも宿泊はできるのだが、この日は解説付きの見学ツアーがあって、普段は見られない場所も案内してもらえる。第2次大戦時に建物の一部が破壊されたものの、戦後に修復されて再開業したこの室内プールには近くで湧き出る温水が引かれ、96年に別のクア施設が開業するまでは、有名なスポーツ選手なども足繁く通う場所だった。プールの水が抜かれて閉館となった後、10年以上を経て、とあるホテルチェーンが建物を買い取って改修を始め、2010年にオープンしたものの、その後すぐに親会社の倒産という憂き目にあう。その時に新しいオーナーとして名乗りを上げ、2015年に再度開業に漕ぎ着けたのがケルンの老舗ビール醸造会社で、今回はそのオーナー自らがこの見学ツアーの解説を勤めてくれたのだった。
 こうした歴史の話を聞きながら中へ進むと、まだ所々にビニールの覆いがかかっていたりと、部分的にはまだ改修を進めている様子。とはいえ、落ち着いたインテリアでまとめられた空間が広がり、古さと新しさが無理なく共存する実に心地よい部屋が続く。朝食ルームやレストランとして使われている旧図書室はモダンシックな感じで、ロビーや廊下のあちこちにケルンに縁のある現代アーティストの作品が置かれている。一方、階段の壁のタイルは当時と同じ、踊り場にある壁画は50年代に描かれたもので、数年前に亡くなったケルンの画家の手によるものだ。やはり老朽化が進んでいた状態のこの壁画については、補修というより絵画修復になるわけで、当時と同じ絵具や塗り方を調べ、また絵の横の消し忘れた試し塗りの色は、それも当時のままに、とそのまま残されている。この建物自体もデンクマルの規定に則って補修しなければならず、屋根や外壁、内壁のタイルに至るまで、当時と全く同じ方法と素材で作り直した結果、費用がどんどん膨らむんですよね、と笑うのはオーナーのライスドルフ氏。この建物は当初、市の文化財として登録される筈だったが、その歴史的価値を見出されて州の文化財とグレードアップしたそうだ。文化財ならば、公的資金の援助もあるそうだが、全体のコストから見たら微々たるものだ。
 そして最後に私たちが案内されたのは、この建物の要である室内プールである。既にコンクリートで埋められたプール部分の上に立つ私たちの周りには、改修中の足場が組まれている。数百人が収容できるレストランがここに、来年オープン予定だという。今は取り払われてしまった飛び込み台もまたインテリアとして設置したいと探していたら、なんとその時代の飛び込み台を持っている人が現れて寄付を申し出てくれたのだとか。さすが、物を大切に溜め込む文化がある国ならではのエピソードだ。高い天井の空間構造による音響対策や近所への騒音対策などの調査を重ねながら作業が進行中というオーナーの話を聞きながら、振る舞われたビールを飲みつつぐるっとその空間を見回す。既に存在しない過去の時間がまだどこかに潜んでいるかのよう。そして少なくともその場所は消されることなく、新しい時間を迎えて続いていく。そんなことを思っていたら、参加者の一人がライスドルフ氏に言った。あなたの素晴らしい取り組みに、ケルン市民として感謝したい、と。氏は笑いながら、いやいや感謝なんて、と手を振りながら話を続けた。確かにデンクマルを残していくのは大変なことです。申請手続きの複雑さや嵩む費用の事を考えれば、デンクマルとして残せずに取り壊すしかない建物もたくさんあるのは仕方のないこと。でもこれは私自身の情熱をかけているプロジェクトなんです。
 本家のビール会社が営む子会社の不動産業を手がけてきた彼は、このホテルを引き継ぐにあたってこの数年間、専門業者に委託してまで、この建物にまつわるあらゆる歴史を調べてきたそうだ。ホテルの運営というビジネス面からだけみれば、こんなに費用と手間がかかるプロジェクトは非常識だろう。でも、そこにある歴史を繋いでいきたい、という人々の思いが、指定文化財を日々の生活の中に再び根付かせていくのだ。
 このホテルのウェブサイトはこちら(独語•英語のみ)。フォトギャラリーに階段の踊り場や壁画の写真があります。 Hotel Stadtpalais http://www.hotelstadtpalais.de/index_en.html?ActiveID=1023
 ホテルの正面玄関脇の壁画も同じ作家、Ernst Willeという画家によるものです。 nakazawa20160923-1.jpg
 階段の踊り場の壁画。壁にしみ込ませていくように着色するという方法で描かれた為、修復も手間がかかるものだったそう。左手奥に見える白い試し塗りの跡がまた背景を語ります。 nakazawa20160923-2.jpg
 旧室内プールはレストランへと改装中。 nakazawa20160923-3.jpg
 デンクマルの規則に則って、こうしたタイル一つも昔と同じように修復されていきます。 nakazawa20160923-4.jpg
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中沢あき(なかざわ・あき)

映像作家、キュレーターとして様々な映像関連の施設やイベントに携わる。2005年より在独。以降、ドイツ及び欧州の映画祭のアドバイザーやコーディネートなどを担当。また自らの作品制作や展示も行っている。その他、ドイツの日常生活や文化の紹介や執筆、翻訳なども手がけている。 

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