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根性論という幻想

中沢あき2016.10.24

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 先日、夫がふと訊いてきた。カローシって言うんでしょ?何の事かと思えば、働き過ぎで死んじゃうことをカローシって言うんだって?ああ、過労死のことか。日本在住のドイツ人ジャーナリストの記事で読んだんだそうだ。
 日本で大きく報じられた、24歳の元電通社員の自殺が過労死認定された件は私もネットのニュースで読んだ。正直、またか、と驚きはなかった。短期間だけどマスコミ業界に身を置いていた者としては、これは氷山の一角だろうと思う。日々の残業、休み無しは当たり前。1週間ほとんど寝る時間がない、なんて話もざらにある。私は幸いにもそこまで過酷な現場ではなく、人間関係には恵まれていたと思うが、加えて低賃金に現場の理不尽なイジメなど、酷い話はよく聞いた。だから、頑張っても上司にけなされ、ついには仕事を辞めるという選択肢の前に命を絶ってしまった彼女が本当に気の毒でならない。
 そんな話だけでも心が重いのに、更には某大学教授が「月当たり残業時間が100時間を越えたくらいで過労死するのは情けない」と発言したとのニュースには、心底嫌な気分になった。「自分が請け負った仕事をプロとして完遂するという強い意識があれば、残業時間など関係ない」なのだそうだ。出た、この日本特有のザ • 根性論。この論理が件の会社の有名な社訓にも通じている。そして、日本社会の根底にもある。私はこの根性論が大嫌いだ。
 そんなことを思っていたある日、偶然ネットでとある事件についての記事を見つけた。1902年に起きた、八甲田雪中行軍遭難事件のことである。日露戦争後、寒冷地での戦闘に耐えられる軍整備を目指して、厳寒の八甲田山で行軍訓練に向かった約200名が雪山で遭難し、そのほとんどが命を落とした事件だ。数メートルの積雪に吹雪、零下20度を更に下回る寒さの中を軽装かつ簡易携帯食のみで入っていったという。亡くなった人たちには本当に気の毒だが、一方で呆れる話でもある。生存者はその後英雄扱いされたとの話だが、たぶんあれだ。目的を完遂するまでは、命をかけても根性でやり抜け、という精神論があったんだろうと想像できる。  そういう時代だったのだ。そんな精神論の幻想に包まれたまま、日本は戦争に突っ込んでいき、神風、なんていう言葉で命をまた落とさせ、そして戦争に負けてボロボロになった。雪山で命を落とした200名の教訓は全く役に立たず、何百万人という命が太平洋戦争で消えた。でも今回の過労死事件を知って思う。あー、でもこういう根性論って、結局まだあるんだよね。
 ドイツにもかつて、そんな精神論があったそうだ。19世紀末、首相ビスマルクの統率の元、プロイセン公国を中心として連邦制のドイツ帝国が出来た。鉄血宰相と呼ばれたビスマルクは、自身の演説で自由主義よりも武力と明言し、ドイツは軍国主義の道を歩んでいき、それはその後ヒトラー率いるナチス•ドイツへと繋がり、日本と同じく戦争に負けてボロボロになる。  その軍国主義は、厳しい規律を重んじ、強靭な身体と精神を備え持つべきという思想に支えられた。その基準に満たない者は落ちこぼれ、というその思想の果ては、ナチスが行った障がい者の殺害にも繋がった。そのプロイセンから始まった時代にかけているのか、規律厳守で柔軟性がないことや冷酷さを、プロイセン的、と言い回す表現がある。
 夫の祖父は従軍経験者で、夫曰く、プロイセン的な人だったそうだ。その軍隊経験のせいなのか、厳しく近寄り難い思い出しかないという。その息子に当たる義父は5人兄弟の長男で、それゆえ父、つまり夫の祖父からの躾が相当厳しかったらしい。体も弱くナイーブだった彼への父の躾は、幼少期のトラウマになる程だったそうだ。  でもね、と夫が言う。本当は祖父自身が、弱い人だったんだ。教会建築や美術史研究の第一人者だった祖父は、学者肌で内向的な性格、なのに軍隊へ招集されて過酷な状況を生き延びて帰ってきた。それに、厳格さが物を言う時代を生きた人だった。その体験が彼をそうさせていたのかもね。
 現代のドイツでは、このプロイセン的という言葉はネガティブに響く。日本の過労死について書いたドイツ人ジャーナリストは記事をこう締めくくったそうだ。休息も余暇の時間もない環境で、いい仕事が出来るわけがない。日本の経済が下り坂になり、他のアジア諸国に抜かれていくのは当然の結果だ、と。目的の完遂を目指すことは素晴らしい。でもそれで命を落としたら、目的は永遠に果たせないまま、という当たり前のことに、なんでこの社会は未だ気がつかないんだろう。  余談だが、熱中症すら起きかねない炎天下で運動会の予行演習をする日本の小学校を見て、友人が言い放った。これがドイツだったら警察に通報されるわよ、児童虐待だって。でも日本では、皆で根性出して頑張ろう、なんである。ほんと嫌いだ、この根性論。
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© Aki Nakazawa
 第一次大戦時の戦没者の共同墓碑です。亡くなった人の名前が、出身地ごとに並んで刻まれています。その出身地名のうち、バイエルンは現在も州として残っていますが、プロイセンの名前は第二次大戦後に消えました。どこまで頑張るかの根性の度合いは本人が決めるもの。全体主義の中で唱われる根性論で失われた命の意味を、私たちはいつになったら学べるのでしょうか。
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中沢あき(なかざわ・あき)

映像作家、キュレーターとして様々な映像関連の施設やイベントに携わる。2005年より在独。以降、ドイツ及び欧州の映画祭のアドバイザーやコーディネートなどを担当。また自らの作品制作や展示も行っている。その他、ドイツの日常生活や文化の紹介や執筆、翻訳なども手がけている。 

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