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捨ててゆく私 VOL. 020 嫌な奴

茶屋ひろし2007.04.12

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昨日また、「すいか」を見てしまいました。私はこのテレビドラマが好きで、放送されてもう三年くらい経つのに、DVDで一年に何度か見てしまいます。今回は、なぜか白石加代子さんを見たくなって、適当に第七話(全十話)あたりから見始めたのですが、篠井英介さんが演じる「八木田くん」という性転換をした元男性の台詞で、また立ち止まってしまいました。

八木田くんは、性転換するまではアメリカの大学である研究をしていましたが、ある時そこのチームからはずされてしまいます。八木田くんは、その理由を「僕がゲイだからはずされたのだ」と思い、研究費を持ち逃げしてモロッコで性転換手術を受けます。そのときのことを振り返り、八木田くんはこう続けます。「でも、違いました。僕がゲイだからメンバーをはずされたんじゃない。それは、僕が嫌な奴だったから」
いい台詞だわ、と思います。

私はこの三年くらい、八木田くんの「それは、僕が嫌な奴だったから」という理由と、浅丘ルリ子さんが演じる「教授」の、「わたし、人間が出来ていませんから」という言い訳を、じっさいに自分が使うことで、周囲の人と折り合いが合わないときに、かなりクールダウンが出来るようになりました。
それはともかく、ビデオ屋で働いていると、時々ナンパされます。知らない人に好かれることは気持ちがいいことです。が、たまにそれがヘンな方向に向かうことがあります。

ウチのスタッフから「金歯」と呼ばれていた60代の男性は、ある日突然、カウンターに両手をバンっ、と置いて、「こういうことは一度、きちんと言わなければならないと思っている。僕はあなたのことが好きだ!」と大声で告白してきました。金歯さんは、出会った当初から私の電話番号や休みの日を知りたがり、何度も私をお茶に誘っていました。最初のうちは適当に交わしていたのですが、隙あれば私の手を握ろうとするし、ずっと店内で私を見ているので、だんだん気持ちが悪くなってきて、もう、はっきりと誘いをお断りするようになっていた頃の出来事でした。金歯さんは告白し終えると、満足げに頬を上気させていました。

「僕は季節の変わり目にしか来ないから」と聞いてもいないのに、のっぽさんみたいな帽子をかぶって登山姿で現れた40代の自称「風来坊」は、一日に何度も来店して、最後に私の似顔絵を描いたというスケッチを持って来てプレゼントしてくれました。「今、そこで描いてきたんだ! じゃ、また夏に!」

A3の封筒に入ったスケッチを取り出すとそれはペン画でした。その似顔絵はどう見ても私に似た顔ではなく、風来坊の理想の少年像のようでした。
半年くらい前から私に、「握手してください」しか言わなかった30代のサラリーマンは、先日、また同じ雑誌を買いました。「いいんですか? 確か先週もお買い求めくださいましたよね」と確認する私に、「いいんです!」とその笑顔は、なんだか誇らしげに見えました。

みんな楽しそうでいいわね。
なのに、私の心が躍らないのは、それは私が嫌な奴だから? それとも人間が出来ていないからですか。
違うと思います。彼らは見事に私を置いて突っ走って行くのです。
しかし、そもそもナンパというのはそういうものかもしれません。
自己主張(というか演出)をはっきりとさせて、相手の出方をうかがう。それで相手が乗ってきたらOK、乗らなければNG。そう、私は「告白」にも「似顔絵」にも「握手」にも、乗れませんでした。
そうすると、それに対して乗れないことをはっきりと主張できていない私も悪いということになるのかしら。いや、金歯さんには告白の前に主張をしていたはず。あとの二人は、なんだかどうでもよくなってしまって、ほったらかしですが。

まあ、いいけど・・、金歯さんみたいにカウンターをバンっ、と叩かれると、驚きを通り越してなんだか腹も立ってくるのよね。なぜかしら。そして、ここで「すいか」の二つの台詞も使えない。
今度から、白石加代子さんの表情豊かな演技の真似をして、彼らに接してみようかしら。それとも、もたいまさこさんの無言の演技の方がいいかしら。

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茶屋ひろし

茶屋ひろし(ちゃや・ひろし)

書店員
75年、大阪生まれ。 京都の私大生をしていたころに、あたし小説書くんだわ、と思い立ち書き続けるがその生活は鳴かず飛ばず。 環境を変えなきゃ、と水商売の世界に飛び込んだら思いのほか楽しくて酒びたりの生活を送ってしまう。このままじゃスナックのママになってしまう、と上京を決意。 とりあえず何か書きたい、と思っているところで、こちらに書かせていただく機会をいただきました。 新宿二丁目で働いていて思うことを、「性」に関わりながら徒然に書いていた本コラムは、2012年から大阪の書店にうつりますますパワーアップして継続中!

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