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捨ててゆく私 Vol.55「イベントカップル」

茶屋ひろし2007.12.26

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秋頃に引っ越してきたと思います。私の住んでいるマンション(というか団地)の階段を降りるとき、三階辺りの踊り場から、ふと目に入る部屋があります。路地を挟んだ向かい側のマンションの一室です。壁のほとんどが窓ガラスで、そこに越してきた住人がカーテンをつけないので部屋の中が丸見えです。


最初は(カーテンをつける余裕がないのかしら・・)くらいに思っていましたが、その窓ガラスがシールやライトなどで飾られていくのを見るうちに、(まあ、見せているのね)と納得するようになりました。けれど、夜に仕事から帰ってきて階段を昇る途中に、明かりのついたその部屋の中が目に入るのには、いつも気が引けます。
(もう、カーテンをつけてよー)と思いながら、チカチカと色んなものが点滅している窓ガラスについ目をやってしまいます。クリスマ
スが近づき、部屋の隅に置かれた立派なクリスマスツリーも点滅するようになりました。
住人は20代くらいの女性で、いつもフローリングに座って、テレビで映画を見ています。

十月に再会したサチオちゃんとはあれから二回カラオケに行きました。私はようやくキーの設定を覚え、今まで歌いにくかった歌もずいぶん歌いやすくなりました。

二度目に出会ったとき、街は十一月に入っていて、クリスマスのネオンが伊勢丹や街灯を飾りはじめていました。「きれいね」とサチオちゃんに言うと、「うん。でもクリスマスは嫌いなの」とドリカムの歌詞のような返答がきました。「どうして」と尋ねると、「だっていつも一人だから」と答えます。「そっかー」と受け流して、いっしょに横断歩道を渡ったあとで、(あ、またタイミングを逃したのかもしれない)と思いました。

この場合、私が返して良かった一言は、「じゃあ、今年はいっしょに過ごそうか」だったのかもしれません。(でもなんか言えない、私はドリカムにはなれない)と、急に恥ずかしくなりました。
その夜のカラオケでは、サチオちゃんの歌う演歌の歌詞が目にちらつきました。見てはいけないと思いつつ見てしまう、あの向かいのマンションのようです。
さゆりに冬美、はるみに幸子、美空ひばりに大月みやこ・・さん。
サチオちゃんはもしかするとこれらの歌詞を本気で歌っているのかもしれません。
尽くして耐えて待つ女。毎日酒しか飲んでいないような男に、着物売っても飲ませるわ、と笑む女(裏返せば殺人予告のようですが)。

私が演歌の歌詞に共感することはほとんどありません。けれど、演歌を歌うと演じているような気になれるので好きなのです。私もひばりに挑戦しました。演歌は歌詞が三番まであります。一番目で声を調整して、二番目でそれを試してみて、三番目でつかむ、という流れをつくることができます。サチオちゃんに「演歌は三回チャンスがあるから」と言うと、サチオちゃんも大きくうなずきました。
十二月に入りサチオちゃんと三度目のカラオケに行くことになった夜、仕事を終えて身支度をしている私に、相方のオーラちゃんが突然声をかけてきました。

「茶屋ちゃん、イベントカップルって知ってる?」
なあにそれ、と聞いた私に、オーラちゃんは、
「クリスマスや年越しをいっしょに過ごすためだけにカップルになる人たちのことだよ」と答えました。
胸の奥がズキンとしました。今夜のデートは演歌でいう三回目のチャンスなのです。
「へーそんな人たちがいるんだー」
何気なく答えているつもりの声が少しうわずっています。
「ゲイに多いんだよね。僕の周りにもいるよ。十二月が近づくと彼氏をつくるの。それで年が明けてしばらくしたら別れるの」
それは明らかに非難を込めた口調でした。
「あら、それはそれで合理的でいいんじゃないの」
居心地が悪くなってきて、私はそう返すと、そそくさと店を出ました。
そうかもしれない、と職場を出て思いました。私も、ひとりで過ごすクリスマスや年末年始が嫌で、その日のための相手を求めているのかもしれません。

待ち合わせの時間までに、ゲイバーで一杯飲むことにしました。そこのバーは最近通うようになった店のひとつです。ビールを注文するなり、マスターに「茶屋ちゃん、クリスマス、暇でしょう」と言われました。
その理由は、そのバーではクリスマスの夜にミュージシャンを呼んでボサノバライブをするらしく、そのチケットを私に買ってほしい、ということなのでした。
「まだ、二人にしか売れてないんだよー」と泣きが入っています。おかしな話です。そのお店は平日でもいつもお客がいるし、マスターの友人も多いはず。
「それが、シングルの人は希望を捨てきれないのか曖昧に断るし、カップルはもう予定があるみたいなんだよね」だそうです。
「じゃあ、私も曖昧に断るわ」と答えました。
その夜のカラオケは三回の中で一番の長丁場でした。朝までコースです。そう、これまでは中途半端な午前三時とかに終わらせていたから夜道帰り道で、どうするオレたち・・となっていたのです。
サチオちゃんはもうすでに何かを吹っ切ったように、松田聖子をたくさん歌いました。
今まで恥ずかしくて歌えなかったけれど本当は好きだった、らしいです。少しコブシの入った女子の声で楽しそうに歌います。私も中森明菜を歌ってみました。よく似たオカマが二人になりました。再会が秋から冬でなければ(テレサ・テンみたい・・)、最初からただのカラオケ友達だったのかもしれません。
その週末、私は仕事帰りにあのバーへ行き、ボサノバのチケットを一枚買いました。

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茶屋ひろし

茶屋ひろし(ちゃや・ひろし)

書店員
75年、大阪生まれ。 京都の私大生をしていたころに、あたし小説書くんだわ、と思い立ち書き続けるがその生活は鳴かず飛ばず。 環境を変えなきゃ、と水商売の世界に飛び込んだら思いのほか楽しくて酒びたりの生活を送ってしまう。このままじゃスナックのママになってしまう、と上京を決意。 とりあえず何か書きたい、と思っているところで、こちらに書かせていただく機会をいただきました。 新宿二丁目で働いていて思うことを、「性」に関わりながら徒然に書いていた本コラムは、2012年から大阪の書店にうつりますますパワーアップして継続中!

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