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いま付き合っているクロは眉毛を描いています。地毛は2ミリほどに短く刈り込まれ、そのほとんどが抜かれているため、描かれた眉毛が完成すると、そこに毛がある印象はなくなり、ペンで書いた線だけのようになります。メイクの手引きにあるような、細くてくっきりと山のできた眉毛です。

初対面の印象はこの眉毛でした。知り合ってしばらくして、眉毛を描いている理由を尋ねると、職業上(社交ダンサー)必要なのだ、と答えました。そんなものか、と社交ダンス業界のことをまったく知らない私はそれで納得してしまいました。なんか見慣れない眉毛だけどそのうち慣れるのかもしれない、と思いました。

そうして私が飲んでいるゲイバーに一緒に行くようになると、マスターたちのクロとの初対面の印象も眉毛に集中することに気がつきました。翌日一人で店に行くと、「あら、今日はマユゲと一緒じゃないの?」と言われました。一発で愛称になりました。

まだクロと会わせていない別のマスターも、私がクロの話をすると、社交ダンスと眉毛のキーワードだけで、その人に昔会ったことがあるわ、とクロを思い出しました。どちらも二丁目に来て二十年以上経っているので、どこかで会っている可能性はあるにしても、そのとき親しくならなかった人のことを一瞬で思い出させる眉毛って・・と、私はだんだん、社交ダンスをしているからこの眉毛、というふうに結びつくことではないのかもしれない、と思うようになりました。

私と同い年の友人の感想は、時代遅れの眉毛だからヘン、と一言でした。
たしかに眉毛の形は時代の流行に左右されるものかもしれません。私は自分が流行に鈍感なせいか、友人に指摘されるまで気がつきませんでしたが、そう言われれば、クロの眉毛に90年代前半も感じます。
なるほど、これはクロに指摘してあげたほうがいいのかもしれない、と私は鏡に向かって眉毛を描こうとするクロに向かって、「ねえ、なんでこんなに眉毛を細く描くの?」と、もう一度質問してみました。すると、「若く見えるから」という初回とは違う答えが返ってきました。

それが本音だったか、と驚きました。もしかすると十歳若く見られたいから十年前の眉毛を描いているのかもしれません(矛盾した文章ですが)。職業でも流行でもなくアンチエイジングの話だったわけです。あの日あの頃から年を取りたくないまま生きてきたクロが見えた気がして、私はその思い込み方に圧倒されてしまい、かろうじて、「でも、もう少し毛を生やしてみてもいいかもしれない・・ね」と、遠慮がちに指摘するだけに終わってしまいました。

もともと私はクロに対して、自分の意見や感じた違和をハッキリ表明しないような付き合い方をしてきました。言葉としては、クロの意見や違和をよく聞いているような状態です。いっしょにテレビを見ていても、「オレこいつ嫌い」というタレントがクロの口から何人も出てきます。セックスをしているときもクロは私に向かって、「こういうことされるのは気持ちがいいのかそうじゃないのかどうしてほしいのか、もっと言って欲しい」と言います。そう言われると、正論だわ、と思いますが、それにあらがうように、なぜか私はどんどん自分の意見を口にしなくなっています。

そんな感じで、眉毛をくっきりいつものように描いたクロとひさしぶりのデートが始まりました。以前も少し書きましたが、クロは東京の下町イベントが大好きです。今日は百花園という庭園に虫の音を聞きに行くのです。当初は浴衣を着てという計画でしたが、集中豪雨の時期で、今晴れていてもいつスコールに見舞われるかどうかという不安が勝って普段着で行くことになりました。その時点で、クロはやや不満、という雲行きの怪しいスタートになりました。

私はそこらへんを払拭したいわ、と思いながら、虫の音を聞きに行くなんて初めてで、素敵なアイデアで、とても楽しみにしている、という気持ちを全面に押し出していくことにしました。その気持ちは嘘ではありませんでした。
電車とバスを乗り継ぎました。小一時間といったところでしょうか。

道中クロは専属のガイドかと思うほど、線路から、バスから見える風景についてずっと説明をしていきました。
ここは江戸時代には海だった、だからここはこんな地形をしていて・・ここは昔川が流れていて商人たちがなんとかを運んでいた、だからこのような名残があって・・。

始めは、素直に、へーそうなんだーおもしろいねーなんでも知ってるのねー、と感心しながら聞いていたのですが、庭園に着いても、この木はこういう呼び方もあってそれはなんとかという歌人がつけたもので、この虫は・・・と、延々続くのです。
私は大量に「知らなかったこと」が頭に流れ込んできたせいか、それを処理できずにいつのまにか思考停止をしてしまって、反応も壊れた人形のようになっていきました。

クロがそんな私に苛立っている様子はなんとなく伝わっていましたが、なにせ頭が真っ白なので、それもどうでもいいことになっていました。
いつのまにか日が暮れていて、「晩御飯は何が食べたい?」というクロの質問にようやく我に返りやっと思考を始めた私に、ついにクロはキレました。
「なんでもいいが一番困るの、何が食べたいか早く言って!」
「なんでもいいとか言ってないし、私は現在、ビールと枝豆にありつければどこでもいいです!」
逆ギレというのでしょうか、それとも、その日のデートでもっとも会話が成立した部分だったのでしょうか。
居酒屋でビールにありついた私はようやく一息ついて、「一人で先に回ってキレないで欲しい」と言いました。するとクロは、「オレのほうが、キャパがあるから、何を食べたいかをはっきり言ってくれた方が店を選びやすいんだよ」と、かみあっていない返しをします。合わせます。

上野浅草新橋新宿、それぞれの場所で知っている飲食店の数は、たしかに東京育ちのクロの方が私よりも多いことでしょう。その中から選びたい、味を外したくないという気持ちもわかりますが、「それをキャパシティがあるとは言わない」と指摘してみました。
帰りの電車では、さすがに今日はたくさん喋ったからか、景色が夜でよく見えないせいか、クロも無口になりました。私にも、私を楽しませようとしてたくさん喋ったのだな、というねぎらいの気持ちが出てきました。
ぼんやりとドアのそばにあったマンションの広告を見ます。そこには、「情報につかれたあなたには 情緒でいやされる空間を」と書いてありました。
今日のデートの総括か、と思いました。

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茶屋ひろし

茶屋ひろし(ちゃや・ひろし)

書店員
75年、大阪生まれ。 京都の私大生をしていたころに、あたし小説書くんだわ、と思い立ち書き続けるがその生活は鳴かず飛ばず。 環境を変えなきゃ、と水商売の世界に飛び込んだら思いのほか楽しくて酒びたりの生活を送ってしまう。このままじゃスナックのママになってしまう、と上京を決意。 とりあえず何か書きたい、と思っているところで、こちらに書かせていただく機会をいただきました。 新宿二丁目で働いていて思うことを、「性」に関わりながら徒然に書いていた本コラムは、2012年から大阪の書店にうつりますますパワーアップして継続中!

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