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時々、誰かと楽しく飲んでいるときに、ふいに場面がガラリと変わる瞬間に出くわします。気がつくと、さっきまで笑顔で飲んでいたはず目の前の人が、私に向かって腹を立てているのです。それも、たいへん怒っています。

なぜか、その相手は、ほとんどの場合が男性で、その時に言われる台詞のほとんどが、「わかったような口をききやがって。オレの何を知っているというんだ。オレをバカにしているのか」という内容のものです。相手の違いにかかわらず、いつも見事にこの三拍子です。そのあと、「なんて思いやりのない人間なんだ」とか、「そんなに人を傷つけて楽しいか」といったような台詞が続くこともあります。

そんなとき、私はいつもポカンとして、怒っている相手を見ています。いつも私は、私の何が彼をそこまで怒らせたのか、をわかっていないのです。さらにそのとき、だらしなく笑いながら彼を見ているようで、それがさらに怒りを買うのだろう、と思います。

翌日お酒が抜けてから、怒らせて申し訳なかった、と初めて思いますが、もちろん相手の男性はもう目の前にいません。それにしても何をそんなに怒らせたのかと、そのときの会話を思い出そうとしてみますが、うまくいきません。けっきょく、私はその彼に向かって、「わかったような口をきいて、彼のことを彼よりもよく知っているような発言をして、彼のことをバカにしたのだな」というふうに、彼の台詞の内容を事実として受け入れてみることになります。そして、近いうちに会って謝ったほうがいいのか、しばらく会わないほうがいいのか、のどちらかを選択します。

あまりにこれまで、たくさん、そういうことが起きてきたためか、私はそのときの自分の発言や態度を検証してみる、ということをあまりしなくなってしまいました。たまに、その様子を傍観していた人に、こんなことを言っていたよ、とその時の会話の様子を再現してもらうことがありますが、私の発言内容は私を驚かせるものではなく、「ああ、言いそう・・」と、普段から思っていることと変わりがないことがほとんどのようです。

ただ、普段なら思っていても黙っていることを、そのタイミングで、その言い方で、言う必要はなかったかしら、と反省します。そのくせ、お酒の勢いが好きな面もあるので反省も半ばで終わります。相手も酔っ払っていたわ、と相手のせいにもしてみます。

これまでのワタクシ統計では、比較的年齢の近い男性と飲んでいた場合に起こりやすい現象だということがわかっています。なので、なるべく激怒する可能性の高い男性と飲む場合は、事前に心の中でセーブしておくということも少しずつ覚えてきました。それなのに、先日は、60歳のゲイバーのマスターとそのようなことになってしまいました。

夜も更けたゲイバーのカウンターに、そのときはマスターと私の二人だけでした。
そうしてまた、今までと同じように、気がつくと、私の目の前にマスターの顔があり、「茶屋くん、僕はかつてないほどあなたに対して腹を立てています」と激怒されていたのです。

これまでと違ったところは、その台詞が丁寧語で、感情の昂ぶりを感じさせない平生の口調でした。逆にそれが凄みも感じさせていて、私もこれまでと違いシャキっと出来た・・ら良かったのですが、私はその時もポカンと口を開けてだらしなく笑っていたように思います。

それにしても、なぜ相手を怒らせたのか、その時点ですでに思い出せないのに、この怒りの台詞だけがきちんと記憶に残るのはなぜかしら、ということは蛇足ですが、マスターは、そのあとカウンターの中を動き回りながら、「思い上がりもはなはだしい、アンタみたいな青臭い若造に、僕の何がわかるっていうのさ。ええ、アンタは何もわかっていない。その無知に対して無自覚なところが腹立たしい」となめらかな口調で怒りつづけました。そして、「さあ、茶屋くん。どうなのさ、何か言ってごらんなさいよ」と、私の目の前にまた戻っていました。

何も言うことが思い浮かびません。しかも私は、目の前で展開された彼の一連の言動を、芝居を見ているかのように楽しんでしまっていました。なので、マスターにビールを一本ご馳走させてもらうことにしました。マスターは、そこで「バカにしているのか」とは怒りませんでした。

翌日いつものように出勤して、お酒が抜けていくのを感じながら働いていた私は嫌な予感がしました。今はまだ楽しい気分も残っているけど、酒が完全に抜けてしまったら、私は自分を必要以上に責めてしまうかもしれない、きっとそうだ、と思いました。

私はそのマスターのことが好きだったのです。これからしばらくのあいだは、好きな人を怒らせてしまったという罪悪感に苛まれるはずです。

案の定、私はマスターの台詞にアレンジを加えて、「私はなんて傲慢で無知で下品で下等な生き物なのか」と、これまた芝居のような台詞をつくって、自分に向かって吐き続けて、じっさい胸が苦しくなりました。これは、「いいえ、私はそんな生き物ではありません」という逆説を持っているからこそ言える台詞かと思われるので、「馬鹿な私」というところ以外にどこにも辿り着かない一人やりとりです。

妄想の世界に遊んで自分を慰めたあとは、現実への対処を考えなくてはいけません。なのに、私の頭には、菓子折りを持って謝りに行く、というアイデアしか浮かびません。職場のオーラちゃんに、それは必要ない、と即座に却下されてしまいました。
けっきょく、一週間くらい時間をおいて飲みに行って謝ってみる、ということにしました。

マスターを怒らせた会話の内容は、傍観者がいないので再現できず、まさか直接インタビューするわけにもいかないので、謝罪するにあたって、彼の好きなことを少し知っておこう、と思いました。

最近、「2012年に地球が5次元の世界へ移行する」という説があることを、私はそのマスターから聞かされて初めて知ったことを思い出しました。

本屋に行ってその類の本を購入して読んでみましたが、なかなか理解しにくい説なので、それはまた別の機会に、マスターに話を伺うことにしました。

そういえば、マスターは、なぜか、私が一人で飲みに行く時や男性といっしょに行く時には「5次元の話」をしないのに、女友達と行くと必ずその女友達に向かってその話をすることを思い出しました。
そこにもうひとつ付け加えておきたいことが出てきました。

あの日、マスターを激怒させる数時間前に、私は別の店で、女友達と飲んでいました。彼女とは楽しく会話をして飲んでいた記憶があります。ところが、後日、その会話をそばで聞いていた男性から、「あのときなんかわかったような口調で彼女にいろんなことを話していたよね」と皮肉を言われて驚きました。そのとき彼は私たちの会話に参加していなかったはずです。さらにそのあと、私が、あの店のマスターを怒らせて反省しているという話をしてみたら、納得したみたいに彼の表情が「ああ」と溜飲をさげたようになりました。

自分より高みに立って話されることを嫌う男性、相手より高みに立って発言することを好む男性、同性がそれをしているところを嫌う男性、そんな構図に引き込まれたような気になりました。私もそのいずれかの「男性」なのでしょうか。しかもあのマスターは、5次元という、それはもはや高いのか低いのかわからない視点から話をするのです。私は、そこらへんをからかったのかもしれない、となんとなく怒らせた原因がわかったような気がしました。

一週間後に謝りに行くと、マスターはいつものように、にこやかに私を向かい入れてくれました。そしてあの夜のことを謝ってみると、「そうそう、僕もなんで腹を立てたのかよくわからないのよー。しかもよくあることなの!」と笑い飛ばしました。
5次元はわからないけれど、激怒する男性たちのことも(まさか自分も! という可能性も含めて)やっぱりよくわかりませんが、マスターが、酔っ払い同士のよくあること、に次元を落としてくれてホッとしました。また、ビールを一本飲んでもらいました。

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茶屋ひろし

茶屋ひろし(ちゃや・ひろし)

書店員
75年、大阪生まれ。 京都の私大生をしていたころに、あたし小説書くんだわ、と思い立ち書き続けるがその生活は鳴かず飛ばず。 環境を変えなきゃ、と水商売の世界に飛び込んだら思いのほか楽しくて酒びたりの生活を送ってしまう。このままじゃスナックのママになってしまう、と上京を決意。 とりあえず何か書きたい、と思っているところで、こちらに書かせていただく機会をいただきました。 新宿二丁目で働いていて思うことを、「性」に関わりながら徒然に書いていた本コラムは、2012年から大阪の書店にうつりますますパワーアップして継続中!

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