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前回のテーマが「叩く」で、今回は「触る」です。勝手ながら「加害者としての私」シリーズを始めてしまいました。

出版社に勤める女友達が、やたらと体を触ってくる先輩の女性の話をしました。そばで話をするときは必ず肩や背中を触ってくるのだそうです。「どうして触るんですか」と、それを止めてほしい友達が遠まわしに質問すると、「うちは女の子が好きやから、これはスキンシップやねん」(じっさいは関西弁ではありませんが、甘えた感じを出そうとしたら、なぜか・・)とあっけらかんと答えたそうです。友達は基本的に人から触られるのが嫌いな上に、こちらの気持ちを無視したそういう態度にも腹が立って、「私は嫌なので、触るのは止めてください」とハッキリと言いました。

「それで止めてくれたのはいいんだけど、それ以来ギクシャクした関係になっちゃって・・私だけが社内で付き合いの悪い人みたいになってしまったの。って、もともと彼女とはそんなに親しくなかったし、会社では付き合いの悪い方なんだけどさ、なんか、ますます・・」と彼女はため息をつきました。

嫌がっている人を触る人のほうがおかしいし、ハッキリと気持ちを述べたあなたはなにも悪くない、というようなことを口にしながら、私は内心ヒヤリとしていました。

私が職場で日々触っているポチのことを思い出したからです。二年くらい前のコラムでも一度取り上げたことがあります(2007/03/01「触る」)。今読み返したら、能天気すぎて恥ずかしくなりました(加えて、少し気持ち悪い・・)。

ポチは私より五歳年下で職場では二年先輩です。容姿は、まだ二十代なのに小さな爺さんのようです。ポチのことを好きになっていくにつれて、これまで好きになった男子がみんな自分より小さかったことと、中学生のときに宇野重吉と笠置衆が好きだったことを思い出しました。

私は好きになると、ずっとその人の顔を見つめてしまう癖があります。しかも至近距離です。そのまま放って置かれると、指や腕の毛を触り始め、そのうち顔や頭を撫で始めます。酔っている時はちょっとしたタイプの人が隣に座っただけでもそうなりますが、素面のときにそういうことをする人はいつも限られています(だからなんだ、ということですが)。ポチと同じ店で働いていたときは、何度もそういう状態に陥るので、仕事がまったくはかどりませんでした。その後、働く店舗が別々になってからは、仕事中に会う機会が減ってしまい、その代わりと言わんばかりに、出会ったときはこれまで以上にポチに密着して触ります。それを逃げるポチを追いかけもします。

傍目には、というか、自分でも常軌を逸しているわ、と思いながら、抱きついたり避けられたりしているのを見て、周囲のスタッフの人たちは苦笑します。
「嫌がられているんじゃない?」とか、「ほんとに好きなの?」とか、「なんか犬を可愛がっているみたいね」と口々に言います。
ポチも「やめてください」とか、「仕事の邪魔です」とか、「しっかりしてください」と繰り返します。
私は、そうね、こんなことはおかしいからやめなくてはいけない、と思いながら、触ることを止められずにいました。

今まで他の男子でそういうことになって止めたことのある体験を思い出すと、それはいつも相手がキレることによる強制終了の場合がほとんどでした。
「僕の半径10センチ以内には入って来ないでください!」と、ある日私の手を振り払って絶叫した男子。
仕事が終わって明け方の四条河原町を自転車で帰ろうとしたところ、同じく自転車に乗った私に追いかけまわされた料理人。仕事中に彼を触り足りないと感じていた私が起こした奇行(犯罪)でした。彼はそれ以降、職場のカフェで私と二人きりになることを避け続けました。
ずいぶんひどいことしてきたわ、と過去を振り返りつつ、ポチがキレないことをいいことに、私はまだ触り続けていました。

女友達の話を聞きながら、いよいよ(という言い方もありませんが)私もポチを触るのをやめなければいけない、と思いました。ポチは彼女のようにハッキリと言えなかったり(言っている)、キレることを我慢していたりするのかもしれません。かつての男子たちのように不快感や嫌悪をあらわにできない性格なのかもしれません。それが知らぬ間にストレスになっている可能性もあります。

というわけで、ポチを触ることを止めました。止めて半年になります。
最初は、なるべく近づき過ぎないようにしたりして我慢をしていました。もちろん嫌いになったからそうしているわけではないので、会話その他は今までどおりです。
そのうち、「男を好きになったときに、とりあえず叩くとか触るというアプローチの仕方ってどうなの?」と自問自答するようになりました。ポチを触りたくなったら、そう思うのです。すると不思議なことに時が経つにつれて、私はポチを触らないことが平気になってきました。ポチを触ることが必要ではなくなってきたような気分です。
これは依存からの脱出のようだわ、と思いました。

このコラムを書くにあたって、その辺のところをポチに聞いてみました。
「私があなたのことを触らなくなって久しいけれど、そのことをどう思う?」
どう思う? もなにもありません。それはあたりまえです、と即答されると思っていました。すると、「僕に興味がなくなったのかと思っていました。飽きられたのかな、って・・」というけなげな答えが返ってきました。私は、やっぱりこの子可愛い、と思うと同時に、男同士ってゆるいなー、と思いました。
かといって、もうポチを触らない自分に落ち着いているので、なんだか次のステージ(どんな)に行けそうです。

一方で、週に一度ゲイバーで一緒に飲むだけの仲になってしまったクロとは、そのほんの束の間の逢瀬の時ですら、飲みながらクロに体を触られると身をよじって嫌がる私がいます。「さわらせろよー」「なんで嫌がるんだよー」とクロは口をとがらせますが、私は身をよじります。

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茶屋ひろし

茶屋ひろし(ちゃや・ひろし)

書店員
75年、大阪生まれ。 京都の私大生をしていたころに、あたし小説書くんだわ、と思い立ち書き続けるがその生活は鳴かず飛ばず。 環境を変えなきゃ、と水商売の世界に飛び込んだら思いのほか楽しくて酒びたりの生活を送ってしまう。このままじゃスナックのママになってしまう、と上京を決意。 とりあえず何か書きたい、と思っているところで、こちらに書かせていただく機会をいただきました。 新宿二丁目で働いていて思うことを、「性」に関わりながら徒然に書いていた本コラムは、2012年から大阪の書店にうつりますますパワーアップして継続中!

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