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通りすがりのモデル。

北原みのり2009.04.14

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日曜日の夕方、近所のコンビニからの帰り道、すっごく可愛い女子と男子のカップルとすれ違った。モデルのような、というか二人とも職業モデルかもしれない。手足が”それほど長かったら逆に不自由でしょう”ってくらいに長くて細い。原色を上手につかった服もハッとするほど目立ち、短いスカートからスッと出た女のコの足や、黒のチェックの腰巻き(なんて言うのかわからん)をはいた男のコは、思わず振り返りたくなるのをぐっと堪えるくらいに格好良かった。二人は手をつなぎながら、つないだ手をぶるんぶるん揺らしながら、歌を歌っていた。笑いながら歌っていた。
 
近所である。開発がされていない東京で、古い民家が並ぶ、普通の路上である。ふだんこの道では、乳母車式買い物籠を押す老婆や、自転車で疾走する主婦、近所の公立高校の制服下にジャージをはいてアイスを食べながら歩いている女子高校生くらいとしかすれ違わない。そんな街で、その二人はとても、目立っていた。
 
そして、私は聞いた。私のすぐ後ろで。
「なに、あのバカ」
 
それは、ちょうど私の後に彼女たちとすれ違ったであろう女の声であった。え? 耳を猫のようによじれさせるつもりで、背後に集中した。女は隣の連れに話しかけているようだ。
 
「バカみたいな格好したバカみたいな女だったね」
思わず歩みを遅めて私は彼女たちを先に通した。美しい二人をじっくり見るのはぐっと堪えたが、これはガマンができなかった。女と連れは私の横を通り過ぎた。
 
横顔をちらりと、しかしハッキリと見た。40代半ば。全体的に黒、としか表現しようがない格好をした、全身に堅い肉がついている(ようにみえる)、紙のマスクをした女だった。隣にいるのはたぶん夫だろう。同じ年くらいの、地味で街にすっかりとけ込んでいる男。女はなおも夫にこう続ける。
「みた? 肌、すっごく汚かったよ」
 
悪意をどろりと口から大きな固まりにして吐き出すように、女は苛立っていた。
自由で美しい若さというものをみた衝撃を私自身も受けていたが、きっとその女も、"街から完全に浮いた”二人に何か心をつかまれたのだろう。それは一瞬にして、嫌悪になったんだろう。思わず立ち止まり、二人の後ろ姿を見送った。反対側には、若い二人の後ろ姿がある。真ん中にいて、私は動けない気分。方向的には中年夫婦の方に歩くべきなのだが、行きたくない。かといって歌うカップルについ行きたいわけじゃない。
 
ため込んだ脂肪や、ためこんだ体調不良や、ためこんだ不満。何を着たいのかわからなくなっちゃったんだろう真っ黒な体を包むだけの服。
彼女はどうやって生きてきたのか。
・・・と、私こそ、ただ通りすがっただけの他人に対して「あのバカ」以上の失礼なことを考えはじめていて、いけないいけない、と思う。思うんだけど、でも、確かにその女は、通りすがった若い二人に「聞こえるように」言っていたのだ。大きな声で、「バカみたいな女」と。「肌が汚い」と。「あのバカ」と。そしてその女の悪意を男は、ニタニタ笑いながら聞いていたのだ。
 
ブルルブルルと、悪霊払いをするように私は体を震わせて、不幸の粉を振り落とすようなつもりで肩を手で払った。女たちはもうずっと前を歩いている。後ろ姿は仲良さそうな中年夫婦である。どこにでもいる"一般的”な、日常の街にとけ込む夫婦である。
 
ひどく残酷な短いドラマを見ているような気分になる。なんだか、無償に哀しくなり、妄想する。夫婦を追いかける私。ちょっと待ってよぅ、と追いかける私。あなたさっき、わざと大きな声で若い女子をいじめたね? 彼女に何かされたわけじゃないだろう? なんだかうらやましかったんだろう? ねぇ、あんた、中年女のプライドはないのか? もし、あの二人があんたをオバサンとかデブとか言ったんだったら、思い切り大人として叱ってやればいいだけじゃん。おい、夫、なぜニタニタ笑っている。おい、女、ためこむな、脂肪も不満もため込むな。はきだせ、しぼりだせ、ガマンするな。ああ、セクスイー部長、カモン・・・。
 
これじゃないな、これじゃだめだな、と考えながらうつむき歩いていたら家に着いていた。誰に何の説教をしているつもりか、よくわからなくなりながら、今日からまじめにコアリズムやってヨガやってマンコにスマートボール入れて膣でも絞ろうと思った。もし肉がついていったとしても、柔らかそうな肉をつけたい、とか思う。堅そうな肉は、不満の肉だ、ああそうだ。
妄想の中でさんざん女にしていた「説教」は、「生き方」についてだったはずだが、結局私は、肉体の問題、衰えの問題が怖いのだろうか。年を取り、若さを憎むようなそんなことになるかもしれなくなったらどうしようと恐れるくらいに、私は自分を信じられないんだろうか。なんだかあの二人の中年夫婦が頭から離れない。
 
色々なことを試して確かめたいような気分になった。何を確かめるのかもわからないまま、ためしに、歌を歌いながら腕を組んでオシャレに街を歩いてみない? とモッコちゃんを誘った。バカじゃない? って顔をされ、「忙しい」と断られた。
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北原みのり

北原みのり

ラブピースクラブ代表
1996年、日本で初めてフェミニストが経営する女性向けのプレジャートイショップ「ラブピースクラブ」を始める。2021年シスターフッド出版社アジュマブックス設立。
著書に「はちみつバイブレーション」(河出書房新社1998年)・「男はときどきいればいい」(祥伝社1999年)・「フェミの嫌われ方」(新水社)・「メロスのようには走らない」(KKベストセラーズ)・「アンアンのセックスできれいになれた?」(朝日新聞出版)・「毒婦」(朝日新聞出版)・佐藤優氏との対談「性と国家」(河出書房新社)・香山リカ氏との対談「フェミニストとオタクはなぜ相性が悪いのか」(イーストプレス社)など。

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