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社会人への入り口

アンティル2010.09.30

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家業の手伝いを始め、そろそろ本格的に電気関係の夜間学校に通い、免許を取ろうと考えていたある春の日、私は友達に会うために地下鉄に乗っていた。
油で真っ黒くなった右手の5本の指の爪を、どうにか綺麗にしようと、必死に格闘していた。1年も油を使う仕事をしていると、どんなに洗っても右手の爪は黒いままだった。左手の爪と比べると下僕と主人の手ほど違う。私のカラダの中でもっとも綺麗に保たなければならない左爪は、仕事中もテープで保護されていたために、ピカピカに光っていた。好きな人の中に入れる左手は何よりも綺麗でなくてはならない。私にとって親指と小指以外の左指は挿入するためにある、もっとも大切な部位なのだ。
『これから何十年もこういう油との生活が続くんだろうな~』
などと、嘆くわけでもなく、諦めるわけでもないただのつぶやきが、私の心で鳴いた時、1枚の中刷りが目に入った。
“リクルート~マスコミ特集”
地下鉄の扇風機に揺られてふらふらと揺れる中刷りが電車を降りても私の頭を離れなかった。
それから数日後、私はその求人雑誌を買った。
中途採用専門の求人雑誌が全盛だったとはいえ、マスコミ特集があるのは年に数回だった。しかも、私が子供の頃から『こんな仕事をしたいなぁ~』と思っていたある職種の求人は、ほとんど掲載されることはなかった。人気の職業。
幼い頃、小学3年生の私は2段ベットでオナニ-をしながら、その仕事があることをラジオで知った。自分の創造力を自由に羽ばたかせて、飛び回れる仕事。言葉で遊べる仕事。それはどんなに楽しいだろうと私は想像していた。
中学生頃から、その仕事につきたい理由がもう一つ浮かんだ。まだ自分のセクシュアルティーに悩んでいなかった12歳の頃だ。女子にほのかな想いを自由にのんきに抱いていた、そんな頃なのに、
“時間が不規則で結婚していなくても、好きな人がいなくても孤独を感じる時間がないほど忙しい仕事がしたい”。
そう真剣に考えていた。自分のセクシャリティーを知る前にすでに、自分を知っていた私はなんだったのだろう。結婚する人=私 という方程式がなぜ私に植えつけられていなかったのか、今でもよくわからない。
有名な大学を出た人たちも大勢、募集しそうなその会社に私は記念受験をした。受かるはずがないから、気軽に受けることができた。なんの経験もたいそうな学歴もなく、学生時代に打ち込んできたものと言えばSEXだけの私が受かるはずがない。
その仕事に憧れこがれ、夢中にがんばった経験があるわけでもなかった。そんな仕事をする自分を想像して楽しく眠りにつくたことが数十回あるだけの夢。でも、油にまみれた右指とこれから先使うことがないかもしれない左指を見つめた私の視線の先には、仕事と社会に対するふんわりとした夢が見え隠れしていた。
履歴書に志望動機を書く。その仕事について思うこと、そして私ならこうすると書いた数十行の文と、○○女子高校・・・と書かれた経歴、そしてオトコのようにも見える写真。新卒の時に、自分の心をだましてハイヒールとスカートのリクルートスーツを着て撮った写真とは違う。私のままの私の履歴書。性別だけは空欄にした。
1週間後、その会社から電話がきた。
「1次試験、合格しました。2次試験の面接に来てください。」
それからまた1週間後、私は男物の白いワイシャツにダブルの茶色いスーツを着て、おしゃれな街、代官山の坂を登った。

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アンティル(あんてぃる)

ラブローター命のFTM。
数年前「性同一性障害」のことを新聞で読み、「私って、コレかも」と思い、新聞を手に埼玉医大に行くが、「ジェンダー」も「FTM」という言葉も知らず、医者に「もっと勉強してきなさい」と追い返される。「自分のことなのに・・・どうして勉強しなくちゃいけないの?」とモヤモヤした気持ちを抱えながら、FTMのことを勉強。 二丁目は大好きだったが、「女らしくない」自分の居場所はレズビアン仲間たちの中にもないように感じていた。「性同一性障害」と自認し、子宮摘出手術&ホルモン治療を受ける。
エッセーは「これって本当にあったこと?」 とよく聞かれますが、全て・・・実話です!。2005年~ぶんか社の「本当にあった笑える話 ピンキー」で、マンガ家坂井恵理さんがマンガ化! 

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