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就職活動

アンティル2010.10.07

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家業で修行をしながら毎日を過ごしていた頃、転職情報誌を見かけて私はとある編集プロダクションの試験を受けた。経験も、大した学歴もなく、“オトコとして暮らすオンナ”の私が受かるはずなどない華やかな世界。家業に本腰を入れるためのきっかけに過ぎなかった中途採用試験。その試験の一次試験に私は受かった。子供の頃からいいなぁ〜と思っていたその仕事。5月のある日、私はワイシャツに茶色いダブルのスーツをまとい2次試験に向かった。
見るからにおしゃれな高級住宅街。外車が並ぶ建物の1角にその会社はあった。
新卒で受けた就職試験の時のように、スカートもハイヒールも履かず、自分にとってもっとも自然かつ、もっともフォーマルな恰好で、聞いたことがないようなカタカナの名前がついたオフィスビルのエレベーターに乗った。
「こんにちは!」
前のように無理に甲高い声を出すこともせず、扉を開けた。
受付の女性が私の名前を聞く。
「アンティルです。よろしくお願いします。」
「はい、そちらに座ってお待ちください。」
面接を待つのは4人。大きな机を囲むように座っている。定番の黒のリクルートスーツの中で、私だけジャンポール・ゴルチエ。緑かかった茶色のスーツは今ではもう誰も着ない、あの頃でも決して就職試験には着ない斬新な色使いだ。
真剣に何かのメモを読んでいる人、どうやらすごい人数の人が試験を受けているという話をしている人、その中で私は人間社会に強引に連れてこられた獣のように辺りを真剣に見回していた。そんな中、一人のオトコが私の視線の前でコピーを始めた。20代後半のいかにもマスコミ人っぽいオトコだ。オトコが私を見た瞬間、いつもの癖で、そのオトコを睨み返してしまった。私には習慣があった。じろじろと私を見る街の人々の視線に、いつも“私の何がおかしいって言うんだ!”という気持ちを込めて、相手が視線をそらすまで、相手を睨みつけるという習性だ。その癖が出てしまったらしい。らしいというのは、その時の私にはその自覚がなかった。後からそのことを人から聞いた。
面接を待つ人達が面接室に入って行く中で、なかなか私の名前が呼ばれない。
「あの〜もう一度お名前を教えてください。」
さっきの女性がまた私の名前を訪ねる。
「アンティルです。」
「えっ!ちょっと待ってください・・・あのアンティルさん来てます!」
ようやく私の番がきた。面接官は3人。60代の社長と50代の編集者、そしてもう一人がさっきのコピーオトコだった。
「あ、れ〜女性だと思ったんだけど・・・」
「はい。そうですけど、何か?」
そうして面接は始まった。なぜこの仕事をしたいのか、どんな本を読んでいるのか、影響を受けたメディアは何か、今のマスコミをどう思うか、もし今何かを作るとしたら何を作りたいか、好きな音楽が何か、私とは何者なのか・・・
質問攻めの中、私はしゃべりまくった。5分、10分、20分・・・話は私の心の寄りどころでもあった中島みゆきの詞の世界の魅力までにも及んだ。
もはや面接をいうより私の論文発表のようだった。
「いや〜楽しかったよ。ありがとう。」
自分を隠すことなく、自分の言葉で挑んだその時間は、私にとってはじめての時間だった。小さな会社ではあったが、私にとってその会社は大きな社会だ。その中で、自分のままでいられたことはとても心地よく、カラダの底から力がみなぎるような瞬間となった。
長い面接が終わった。
『さぁ、帰るか!』
帰る道すがら、見るからにマスコミに似合いそうな、今をイキイキと謳歌する人々があの会社を目指し、坂を登っていく。ふとすれ違いざまぶつかったはずの肩と肩が私には透明に見えた。一時だけ交わった異なる2つの世界は、坂を下りそして上り、別々の世界へ流れ出していた。私は、まるでスポーツの後のようにすがすがしい気分で私の世界へと帰っていった。
それから数日、落ちるのが当たり前の事実に思えたから、試験を受けたことさえ忘れていつものように配達にあけくれていた。誰も受けたことをしらない就職試験。あの日以来、すがすがしさが続いて気持ちも上々だ。そんな時、試験を受けた会社から電話がきた。
「是非うちの会社に来てください。」
私の前に社会が現れた。

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アンティル(あんてぃる)

ラブローター命のFTM。
数年前「性同一性障害」のことを新聞で読み、「私って、コレかも」と思い、新聞を手に埼玉医大に行くが、「ジェンダー」も「FTM」という言葉も知らず、医者に「もっと勉強してきなさい」と追い返される。「自分のことなのに・・・どうして勉強しなくちゃいけないの?」とモヤモヤした気持ちを抱えながら、FTMのことを勉強。 二丁目は大好きだったが、「女らしくない」自分の居場所はレズビアン仲間たちの中にもないように感じていた。「性同一性障害」と自認し、子宮摘出手術&ホルモン治療を受ける。
エッセーは「これって本当にあったこと?」 とよく聞かれますが、全て・・・実話です!。2005年~ぶんか社の「本当にあった笑える話 ピンキー」で、マンガ家坂井恵理さんがマンガ化! 

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