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「呪詛植え」の季節

田房永子2013.04.04

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 赤ちゃんとママたちと、同じ部屋で遊ぶ機会があった。1歳児の赤ちゃんというのは一緒にいても、赤ちゃん同士でコミュニケーションすることはなく、それぞれが無心に、おもちゃを手にとって投げたり、ガラガラを鳴らしては投げたりするだけ。子犬とか子猫みたいに、おたがいにじゃれ合うということもない。みんな単独で何かをしている。

 ママたちは、自分の子が投げたものが他の子に当たらないように見張ったりするくらい。
 その中に一人「そんなことダメ」「そんなことしたらお友達できないよ」「お友達に嫌われるよ」「嫌われてひとりぼっちになるよ」って、延々と自分の子にネガティブな呪詛を吐き続けちゃってるママがいた。
 その子は特に激しく悪さをしてるわけでもないし、何も悪いことしてないんだけど、言われていた。
 ママとしては、楽しく冗談で言ってる感じだった。語尾に「(笑)」が入っている。「あたし、友達いないんで(笑)」系の自虐っぽく、自分の子に向けてというよりは周りのママたち向けの“ギャグ”なんだろうな、と思った。
 だけど聞いてると可哀相だし、絶対に、赤ちゃんにいい影響ないよ。って思った。大きなお世話かもしれないけど、「友達できないよ」だなんて、言う必要のない言葉だと思う。
 母親との関係がしんどい、という人の話で「小さい頃から悪いことしか言われなかった」というのは、王道のエピソードだ。大人になって母親に問いただすと、本人は「そんなの言ったことない」とケロリと忘れている、というのも必ずと言っていいほどセットで語られる。
 確かに、「友達できないよ」ママを見て、母親としてはまったく悪気がないんだな、と思った。むしろ、人前で、いろんな親子と一緒にいる時に自分の子供を罵ると、「絆」みたいなのを感じるんだと思う。わざとヘイトなことを言って、「言える仲」であるのを確認してる。
 知り合いが誰もいない飲み会ですごく心細い時、知ってる人に会うと飛びつきたくなるし、必要以上に甘えたくなる。だけど相手が大人だと、そういうのを抑えなきゃいけない。だけど自分の子供、尚且つ赤ちゃんだと、一方的にそれができる。母親側からすると、とても気持ちよくて、楽しくて、快感だと思う。
 それに、人前で「うちの子ってすごくいい子なんです。最高なんです。かわいいんです。愛してるんです」っていうのを出して周りを白けさせるよりも、「うちの子ダメでしょ、バカでしょ」って言うほうが、体裁がよいというか、ラクっていうのも大いにあると思う。「爆発する子供への愛」と「協調性を重んじる世間」の両立は、ラクじゃない。「世間」に合わせたほうがラクだから、私もついやってしまう。そういうのが絡まりあって、「バッカじゃないの(笑)」「ほんとにダメだねアンタ(笑)」というような口調になってしまうんだと、思う。
 でもそれは子供にとっては一方的で、凶暴なことだ。
 私も、小さい頃から「顔がでかい」とか「顔が可愛いとか自分で思うな」とか「手足が短い」とか、母親からも親しい親族からも言われていた。どれも「かわいいねえ」が前提のニュアンスで、笑いながらだったりした。小さい頃は、顔の美醜についての世間の価値観とか知らないから、「顔がでかい」ということが、悪いことかいいことかなんて分からなかった。「そうなんだ、私は顔がでかいんだ」という認識だけが体の中に残っていく。
 そして、思春期になって、それらの言葉の意味を理解した時、「呪詛」は一気に威力を発揮する。10年以上かけて体内に溜まりに溜まった「呪詛貯蓄」が爆発、ネガティブ成分となって全身の血液に流れ出す。自分で意識しなくても、知らないうちに必要以上に、自分のことを醜いと思い込んだり、嫌われやすくて友達ができないと決め付けたり、卑屈で消極的になる。10代の子供は、なんだかんだ言っても母親やばあちゃんの言葉を軸に生きている。絶対的な信用があるので、全身にまわったネガティブ成分は、心身を蝕みながら排出されずに居続ける。
 やがてそれは、内側から顔や体や脳の造形にも影響を及ぼし、結果的に「マジのブス」とか「マジでダメなやつ」を作り上げる。好きな人が言うことを否定したくない、肯定したい、という子供心が、それらを後押しする。
 そうなってから、母親やばあちゃんが「自信持ちなさい!」とかイライラしながら言ったって、なんの説得力もない。自分達が植えつけた呪詛が発芽してるだけなんだから。
 ここから、自力で「呪詛」を排出するのはマジで大変だ。大人になって「これは呪詛だったんだ」と気づくところまではいっても、「呪詛」自体を体から抜くのは、自分を育てなおすレベルの大掛かりな作業になる。
 いくら格差をつけないように、運動会でみんなでゴールしたって、主演の桃太郎役を全員でやったって、体内に植えつけられた呪詛に対しては、そんな「大人の気配り」は大した効果ないんじゃないかと思う。
 大人になってから、「呪詛植え」の現場を見ると、確かに母親にはそういう意識はないんだなと思う。悪意を込めて植える場合もあるかもしれないけど、私が日常で目にする「呪詛植え」は、公の場で明るく行われる。
 ゆえに「親に悪気はない」「そんなつもりじゃなかった」「だから許すべき」という言い分も理解できる。だけど、子供がそれを理解した上で、「それでもやっぱり許せない」と思うのも、ぜんぜんおかしいことじゃないって、改めて思った。

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田房永子(たぶさ・えいこ)

漫画家・ライター
1978年 東京都生まれ。漫画家。武蔵野美術大学短期大学部美術科卒。2000年漫画家デビュー。翌年第3回アックスマンガ新人賞佳作受賞。2005年からエロスポットに潜入するレポート漫画家として男性向けエロ本に多数連載を持つ。男性の望むエロへの違和感が爆発し、2010年より女性向け媒体で漫画や文章を描き始める。2012年に発行した、実母との戦いを描いた「母がしんどい」(KADOKAWA 中経出版)が反響を呼ぶ。著書に、誰も教えてくれなかった妊娠・出産・育児・産後の夫婦についてを描いた「ママだって、人間」(河出書房新社)がある。他にも、しんどい母を持つ人にインタビューする「うちの母ってヘンですか?」、呪いを抜いて自分を好きになる「呪詛抜きダイエット」、90年代の東京の女子校生活を描いた「青春☆ナインティーズ」等のコミックエッセイを連載中。

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