ラブピースクラブはフェミニズムの視点でセックスグッズを売り始めた日本で最初のトーイショップです。

真似したくない大人<前編>

田房永子2013.04.16

Loading...

 子どもには合気道を習わせると決めていた。
 私は小中高生の頃、よく痴漢にあった。豊島園やワイルドブルーヨコハマのプールで股間を掴まれたり、登校中の自転車で横に来たスクーターが追い抜きざまに胸を触られたり、本屋でスカートの中を盗撮されたり、自転車の駐輪場で「カメラマンです。写真撮らせてください」と言われ断ってるのに写るンですで勝手に撮られたり、ものすごく遅い速度のスクーターであとをつけられたりなどした。それらは私の体をどうにかしたいというよりも、怯えながら好戦的な気持ちを持った私のそういう表情を確認するために、変なことをしているように思える。性的興奮とさらに「いじめ」をした時に人間が感じる「愉快さ」を堪能しているような顔つきをして、彼ら大人の男たちは、私の怒った眼をニヤニヤしながら見ていた。いわゆる「痴漢」という、AVに出てくるような、分かりやすく尻を撫でたりする痴漢なんて、逆に少ない。スカートのひだに沿って指を這わせたり、己の股間をこちらの足にこすりつけようとしたり、「痴漢だ」とハッキリ判別がつかないように痴漢たちも尽力するため、その「やり方」は多種多様に及んでいた。
 中学1年の時、本屋にいたら尻を触られ、その男が私の顔を覗き込んでニヤーッと笑った。恐ろしすぎて、隣にある警察署に走って行き、そのまま被害届を書くことになった。私は血の気がひいて青ざめてしまった顔を上げられないくらい落ち込んでいた。男の似顔絵を描いてと言われ、描いたら隣の部屋からどんどん警察の人たちが見に来て「うまい、うまい」と言って、にぎやかな雰囲気になった。被害届は書くのに何時間もかかり、最後はパトカーで家まで送ってくれた。私は励ましてもらったと思ったし、「犯人捜すからね」と言ってもらえて、元気を取り戻した。警察に行けばいいから安心だ、と思った。次に痴漢に遭った時、また警察に行った。すると今度は「被害届また書く? すごく時間がかかるよ?」と言われ、書かせてもらえずにパトカーで送られて帰宅した。
 それ以来、痴漢にあっても警察には行かなかった。

 当時、友人達と「なぜこんな目に遭うのか? おかしい。なぜ、何事もなく登下校できる日がこんなに少ないのか」といつも話し合っていた。電車の中で恐ろしい目に遭って学校で震えながら話すクラスメートがいても、「よくあることだから」と流すことが当たり前になっていることに、「当たり前なことなのか?」と、私と友人たちは疑問を持っていた。実際、私もあんなに恐かったのに慣れてしまって「またか」と思うことを優先するのが普通になっていた。
 あの頃の違和感は、今思えば「なぜ大人は助けてくれないのか」ということだった。でも、ハッキリと思っているわけじゃなかった。それくらい、私の周りの大人たちは「女の子であれば痴漢に遭うのは、誰もが通る道です。遭わないように気をつけましょう(遭ったら犬に噛まれたと思ってなるべく早く忘れましょう)」という空気作りしかしていなかった。
 だから、女子校に通っていた私たちは、「男にとっても痴漢は誰もが通る道」だと信じていた。文化祭で初めて男の子と喋る機会があった時、みんなで相談して決めた最初の質問は「男はなんでみんな痴漢をするんですか?」だった。男の子たちは「はあ?」という顔をして、「みんながするわけじゃないよ」と言った。本当に、心底びっくりした。じゃあ、あの私たちを「いじめ」てくる見知らぬ男たちは一体、なんなの? 誰なの? どんな人たちなの? 私はこの答えを、34歳になった今も知らない。
 あまりにも情報がない状態、なんの教育も受けていない状態で、中学生の女の子がたった一人、電車内で見知らぬ男に変なことをされて、声も出せない恐怖を受けるなんて、理不尽すぎてゾッとする。さらに彼女たちが「よくあること」と恐怖感を麻痺させられていることも恐ろしすぎませんか?
 私は、あの時の大人たちのような「知らん振り」を、自分の子どもには絶対にしたくないと思い、「痴漢撲滅運動」をしている団体に入ろうと思った。しかし見つけることができず、ネットで「痴漢問題」について書くことで、ヒントを得ようと思った。その結果、「自分の子どもが年頃になるまでに痴漢を撲滅することはまず無理だ」という結論に至り、実践的な防御法を教えるしかないと思った。そこで、合気道が出てきた。
 まずは自分がやってみようと思い、合気道道場に行ってみることにした。
 やってみると、すごくよかった。先生に技を習って、倒れたり、大きな体の男の先生を倒したりする。痴漢や、男に絡まれた時に、絶対に有効だと思った。「技」そのものが男相手に使用できるというのじゃなくて、“弱い者いじめ”をしたがっている男に狙われた時、相手に「こいつをいじめてもおもしろくないな」と肌で分からせるような、強い「気」のようなものを身につけることができる、と思った。「こういうものを私は習っている」という、体や心や頭にこびりついた知識が、とっさの時に必ず役に立つ。こういった武道を「やってる」のと「やってない」のでは、まったく違う。お味噌汁を作る時に、出汁というものを使うということを知っているか知らないかの違いくらい、圧倒的に違うと確信した。私は、怒りが湧いてきた。
 どうして私が小学生、中学生、高校生の時、周りの大人は「武道」を教えてくれなかったんだろう? 「女の子は痴漢に遭うものです」と言いながら、なぜ、こういったことを教えずに、「野放し」で、電車に乗せたり、道を歩かせたり、プールで泳がせたりしたんだろう。

 中学の時、音楽の先生が授業の合間にこんな話をした。
 「高校生の時、毎朝同じ男に痴漢されてたのね。退治してやろうと思って、友達に頼んで、一緒に乗ってもらったの。その男が近づいてきたら、2人でその男のスーツにペンキをベターッ! とつけてやったの。次の日から、痴漢されなくなった」
 先生はニコニコ笑いながら、おかしくってたまらないという感じで、時々吹きだしながら話していた。クラスのみんなも「先生すごい!」と盛り上がっていた。私は、「ペンキってなんだ? 自分の服にもつくんじゃないのか?」と、楽しげな話になるように膨らませたであろう部分の矛盾のほうが気になったし、それ以上に先生の発する“空気”にすごく違和感があって、この話をずっと覚えていた。
 それから、ルーズソックスが流行っていた頃、私の高校では風紀指導の先生が「ルーズ狩り」をしていた。毎朝、学校の最寄駅で先生が自転車と共に待っている。そこでルーズソックスを履いている生徒を見つけたら、その場で脱がせて、没収して自転車のカゴに入れる。最寄駅からは徒歩20分近くもかかる道のりを、大量の女子高生が裸足にローファーで歩いた。先生は自転車のカゴをルーズで山盛りにして学校へ帰ってくるのだった。
(次週に続く)

Loading...

田房永子(たぶさ・えいこ)

漫画家・ライター
1978年 東京都生まれ。漫画家。武蔵野美術大学短期大学部美術科卒。2000年漫画家デビュー。翌年第3回アックスマンガ新人賞佳作受賞。2005年からエロスポットに潜入するレポート漫画家として男性向けエロ本に多数連載を持つ。男性の望むエロへの違和感が爆発し、2010年より女性向け媒体で漫画や文章を描き始める。2012年に発行した、実母との戦いを描いた「母がしんどい」(KADOKAWA 中経出版)が反響を呼ぶ。著書に、誰も教えてくれなかった妊娠・出産・育児・産後の夫婦についてを描いた「ママだって、人間」(河出書房新社)がある。他にも、しんどい母を持つ人にインタビューする「うちの母ってヘンですか?」、呪いを抜いて自分を好きになる「呪詛抜きダイエット」、90年代の東京の女子校生活を描いた「青春☆ナインティーズ」等のコミックエッセイを連載中。

RANKING人気記事

Follow me!

  • Twitter
  • Facebook
  • instagram

TOP