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“お母ちゃん”から見たAKB48<前編>

田房永子2013.05.30

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 秋葉原にあるAKB劇場へ、AKB48のライブを見に行った。

 11年前、23歳の私が働いていたバイト先に、モーヲタ(モーニング娘。オタク)のAさんがいた。当時、モーニング娘。は全盛期だった。顔も体格も朝青龍に似ていて当時28歳くらいだったAさんは、必死にモーヲタであることを隠していた。だが、彼はモー娘。の新作CDが出れば50枚くらい買ったり、コンサ(コンサートのこと)のチケットも10枚くらい買ってその中から一番いい席をチョイスして見たり、ゴマキ(後藤真希)の母親が経営する小料理屋に通ったり、そのモーヲタぶりはハンパではなく、モーヲタの中でも幹部クラスのようだった。私もゴマキの実家の小料理屋に連れて行ってもらったことがあった。小さいお店には、モーヲタが溢れ返り騒然としている。みんな高揚しているものの、食べ終わった皿やコップをカウンターまで運んだり、ゴマキの母や姉に対してものすごく礼儀正しかった。カウンターに入って洗い物を手伝ってる人までいた。Aさんのモーヲタ仲間の、筋肉をなくした寺門ジモンみたいな男性が、左手を添えながら焼き鳥をちょっとずつ食べていたのが印象的だった。そこにいるだけで、彼らのモーニング娘。への純粋な思いをビシビシ感じ、ここはモーヲタの聖地なんだ、私なんかが軽い気持ちで来てはいけないところなんだ、と、彼らが優しく迎えてくれたことに申し訳ない気持ちになった。
 あの頃、モーヲタの世間に対しての「恥じらい」はすごかった。「好きなら好きって言えばいいのに」と周りが思うくらい、「アイドルが好きなんて一般社会では言っちゃいけない」という意識を持っていることを感じさせた。ファンサイトには「苦手な方は当サイトへのアクセスをご遠慮ください」と断り書きがあった。国民応援ソングのような曲をヒットさせていたモーニング娘。は、あくまでも国民的アイドルで、それを熱烈に好きな人がヲタクだった。例えて言うなら、お母ちゃんから「ほら、あんたが買ってきたアイドルの下敷きが居間に落ちてたよ。この子可愛いねえ。好きなんでしょ?」と言われ、真っ赤な顔して無言で下敷きをひったくり、駆け込んだ自分の部屋の中で下敷きをギュッと抱きしめる息子…、そんな印象がモーヲタにはあった。
 あの頃のモーヲタに比べると、今のAKB48のファンは、なんか怖い。私自身の年齢が34歳になったこととか、インターネットが普及しまくったこと、私の周りにAKBファンがいないからメディア越しでしかその印象が分からないことも大いに影響していると思うが、明らかにあの頃のモーヲタよりも、AKBファンは凶暴だと感じる。
 先ほどの「居間の下敷き」に例えると、AKBファンは、居間だろうが玄関だろうが下敷きやグッズを散らばらせ、お母ちゃんが「なんなのこれ…いやだわ。片付けてよ」と言うと「そういうアンチな意見もやすす(秋元康)の想定の範囲内ですから」と謎の言葉を残し、居間でインターネットを見続ける、そういう感じがする。
 「ファンじゃない人」は何も言わせてもらえない。「どこがいいのか分からない」等と言えば「アンチな意見を持った時点で、秋元康の思う壺。あなたはこの勝負に負けたってことなんですよ(笑)」と一方的に言われる形で終了させられる。
 アイドルオタクは“秋元康”という人物に、「批判されたら『アンチ意見もAKB商法の想定内』と言えばよい」という印籠フレーズを与えられたことで、余計なことを考えずにAKBに没頭できる環境を得た、というふうにしか見えなかった。周りにどう思われるか気にしたり、恥ずかしがっている姿ではなく、「銀河鉄道999」の車掌さんみたい目だけが光っている顔をしているように見える。
 つんく♂は、「モーニング娘。に女子高生の制服を着せない」という決まりを持ってプロデュースしていた。「そのまますぎるから。それをやるのは反則だから」という理由だった。だけど、秋元康はおもいっきり制服を着せた。水着姿や下着姿でも歌わせる。その違いが、ファンの性質にも大きく影響してる。反則技を解禁したことで、ファンじゃない人への反則技もありになってしまっている。私はそう感じていた。
 そして今年2月の峯岸みなみの坊主謝罪。居間に下敷きを散らかしている息子の部屋の押入れの中に、恐ろしすぎるものを見つけてしまった、そういう感覚だった。違和感は感じていたのに、放っておいたらこんなことになっていた。びっくりして取り乱すお母ちゃんのような心境に私はなった。ネット上でも“お母ちゃん”たちがその衝撃を次々に口にした。
 だけど、当の“息子”たちは平然としていた。「そういうルールだと了解した上でAKBにいるんだから、当然でしょう」としか言わない彼ら。押入れの中の女の子の悲惨な姿を目の前にしても、表情を一切変えない。何を考えているのか分からなくて猛烈に怖い。
 自分の好きなものが社会にどんな影響を与えているのか、ファンじゃないけど毎日のようにテレビで峯岸みなみを見て芸能人として認知していた人たちがどれほどショックを受けているか、それについて考えることもしない姿勢に、心底驚愕した。そうじゃないファンももちろんいたけれど、あまりにも“息子”が多かった。
 私は「秋元康の思う壺」という印籠フレーズをふりきり、AKBについて知ろうと思った。彼らが熱中している理由を、私にも知る権利がある。関連書籍を買って読み、ドキュメント映画を借りて観て、そして今まではファンに絡まれて面倒だから避けていた、AKBについて思ったことを書いたり言ったりすることも自分に解禁した。ファンじゃない人からは賛同する意見を聞くことができた。でも“ファン”からは「現場を見てないのにそんなこと言っても話になりません。現場を見てください」と言われる。AKBなんて毎日誰かしらテレビに出てるのに、「テレビ」がAKBの「現場」じゃなくて一体なんなんだろう。「現場を見てください」は、第2の印籠フレーズなのだった。
 “お母ちゃん”からみると、制服で踊るのもパンツが見えるのも、メンバーがやたらたくさんいて人気投票をするのも、そして順位をつけられて謎の演説と号泣をする様子がテレビで放映されるのも、恋愛禁止なのも全部、「性的搾取」にしか思えなかった。AKBを表現するのに「性的搾取」という言葉ほどしっくりくるものはない、と坊主騒動の時はっきり思った。私は、「現場」に行ってみたいと思うようになった。「性的搾取」の現場をこの目で見たい。
 秋葉原のAKB劇場の客席には、電車の座席みたいな一人分のスペースが分かるように色がついている長い椅子が置かれていて、隣の人とピッタリくっついて座る。お客さんは単独で来ている男性がほとんどだが、3割近くは女性だった。
 舞台の高さは数十センチしかなく、最前列から舞台までの距離がものすごく近い。それに対して舞台の横幅は、首を左右にめいっぱい曲げないと全体を見渡せないほど異様に長い。前髪を立ててブローされたヘアスタイルの「THE支配人」って感じのスタッフのおじさんが「サイリウムは自分の頭より上に上げないでください」と最前列の人に静かに言う。後ろの客が見えなくなることへの配慮、その一言を聞いただけで、後ろの列にいる私も、さらに後ろにいる人たちへ迷惑をかけてはならない、と思わされる。
 綾小路きみまろのライブでも、DA PUMPのライブでも、開演前にこんなに客がみんな、ビシーッと背をのばして座っているなんて見たことがない。坊主謝罪の時、「ルールですから」とファンが盛んに言っていた理由はこういうところにもあるのだろう。客のほうもいろいろなルールを守っている。

 公演が始まると、16人のAKB48のメンバーが舞台上に現れた。その光景が凄かった。舞台が低いので、目の前に超ミニスカートから飛び出る太ももがズラリと並ぶ。そのまま舞台がグーッとせり上がり、客席からパンツが見えるくらいの角度にまでなる。メンバーたちはストッキング等、何も履いてないので膝小僧の古傷や角質、アザまで見える。顔も脇の下も吹き出物もばっちり見える。一切、何も隠しようがない距離で、メンバーたちは激しいダンスを踊り始めた。目の前でブルンブルン揺れる太ももたち、バサンバサン飛び上がるミニスカート。中は布がいっぱいあってパンツは見えないが、入れ替わり立ち代わり歌って踊りまくり、どこに目を落ち着けていいか分からない。迫力に圧倒され、「ああ…」とか「うう…」とか口からうめき声がもれてしまう。そんな中、みんなサイリウムはちゃんと顔の横までしか上げず、背筋をのばしてみている。ビカビカ光るかなり安っぽい色の照明、爆音で音楽が流れ、前髪を立てた支配人、目の前の生足、雰囲気は取材で行ったストリップ劇場に近かった。テレビで見たことあったから分かってはいたけど、高級感は一切ない。
 3曲ほど一気に終わって、ハアハアと肩で息をしながら16人が自己紹介を始めた。痩せている子は新陳代謝が激しいから汗があごから落ち続けていて、太めの子はぜんぜん汗をかいてないとか、全部見える。16人中、テレビでよく見る大島優子、秋元才加と板野友美以外は、私は知らなくて、初めて見る女の子だった。
 「今、自分磨きのためにしていること」を一人ずつ言っていたのだが、「私はレポーターになりたいので」とか「スポーツ番組に出れる人になりたいので」とか、「本当の夢」みたいのを語っている。昔、スポーツ新聞の風俗嬢を紹介する記事を書いていた時、風俗嬢はみんな「留学するための資金を貯めてる」とか「看護師になりたいから勉強してる」とか言ってた。なんか、それと同じ感じがして、私の中の「AKBって風俗っぽい」という印象が一気に噴きあがった。
 だけど、この自己紹介から『面白さ』もだんだん『分かって』きた。鈴木紫帆里という飛びぬけて背が高いメンバーがいて、「私は背が高くて小回りが利かないんですね。だから他の子より1秒速く動かないと遅れてしまって、一人だけドン臭く見えしまうんです。だから筋トレをがんばっています」と言っていた。
 そのあとの曲で、鈴木さんを見ると確かになんだかドン臭く見えた。でもそれを本人が分かっているということは知っているので、「がんばれ」と思ってしまう。横にいる別のメンバーと比較もできるので、その違いが分かりやすい。「もっと速く走ればいいんだよ」とか「ここはこうすればいいんだよ」とかアドバイスめいたものが頭に浮かんでしまう。私はあの時まさに、アイドルプロデューサー秋元康になっていた。
 AKBは握手会があって本人に話したりできるので、その思いついたアドバイスを本人に直接伝えることもできる。さらに1回握手できるチケットを何枚も買って、何回も列に並べば、1日の握手会で、買った分だけ本人と話すことができる。そして選抜総選挙で投票すれば、そのメンバーと一体化することができる。
 “お母ちゃん”からすると、なんの説明もなしに急にテレビで「選抜総選挙」とかやり出して、女の子が泣いたり絶叫したり、まったく意味が分からない。楽しんでいる人たちが、どこがどう面白いと思ってるのかも分からないまま、突然やっている。でも出ている女の子達が語っているのは「夢」みたいなものだから、「くだらないバラエティ」と判定も下しにくい。AKB好きのお笑い芸人が総選挙を見て泣いたりわめいたりしている番組を見て、吐き気がしたことを思い出した。
 だけど、鈴木紫帆里を見て、そのシステムの『面白さ』がなんとなく分かった。分かったどころか、今度の6月の総選挙で鈴木紫帆里が何位に入るか必ず見よう、と思った。
 そしてこのあと、大島優子の凄さに圧倒されるのだが、次回に続きます。 

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田房永子(たぶさ・えいこ)

漫画家・ライター
1978年 東京都生まれ。漫画家。武蔵野美術大学短期大学部美術科卒。2000年漫画家デビュー。翌年第3回アックスマンガ新人賞佳作受賞。2005年からエロスポットに潜入するレポート漫画家として男性向けエロ本に多数連載を持つ。男性の望むエロへの違和感が爆発し、2010年より女性向け媒体で漫画や文章を描き始める。2012年に発行した、実母との戦いを描いた「母がしんどい」(KADOKAWA 中経出版)が反響を呼ぶ。著書に、誰も教えてくれなかった妊娠・出産・育児・産後の夫婦についてを描いた「ママだって、人間」(河出書房新社)がある。他にも、しんどい母を持つ人にインタビューする「うちの母ってヘンですか?」、呪いを抜いて自分を好きになる「呪詛抜きダイエット」、90年代の東京の女子校生活を描いた「青春☆ナインティーズ」等のコミックエッセイを連載中。

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