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誘われた時の、私の逃げ方

田房永子2013.09.06

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 なかしまあさみさんのブログの「死にたくなる、とはどういう状態か【自宅警備員日誌vol.12】」を読んで、私も「ベランダに出て、手すりから、地面をジーっと眺め」るという体験をしたことを思い出した。
 子どもが生まれて1~2ヶ月くらいの時、夜の1時頃。夫とけんかして、ウワ~~~っと血が昇り、頭をひやそうとベランダに出たんだったと思う。そんなことしたことないのに、手すりにつかまって真下の地面を覗き込んだ。下は芝生になっているんだけど、「すごく気持ちよさそうだな」と思った。芝生をじーっと見てると、芝生が近づいてくるような気がして、「もっと近づいたら、気持ち良さそう」と思った。その「気持ちよさそう」は芝生に寝転んだら、ではなく、ここから芝生へ落ちてみたら、だった。
 こうやって書くとなんだか怖いけど、その時は「死にたい」とかじゃなくて、ひたすら「ここから芝生へ直行したら、気持ち良さそう」に思えた。のぞき込むのがやめられず、顔を上げられない。
 以前友人から、「人は、死に誘われることがある」って話を聞いたことがあって、「私は今、誘われてるだけだから、誘いに乗ってはいけないんだなあ」とも思っていた。
 ゆっくり重たい頭を上げると、向かいのマンションの6本の植木の影が魔女のようなシルエットになって踊っているように見え、道路の照明もやけに明るく感じ、ハワイアンレストランとかにあるたいまつの炎に見えた。「本当に誘われているんだ…」って思った。子どもがいるのに死ねない、とか、まだやりたいことがあるとか、そういうのは別の世界の話って感じで、“ここ”ではそれらはなんの抑止力にもならなくて、「そうなのかあ」としか思えなかった。
 だけど目の前の、踊る魔女と炎が織り成す宴のようなものにピントを合わせてジーッと見て自分も楽しみ始めてしまったら、子どもがいるとかやりたいことがあるとか、それ自体の記憶が頭の中から消えそうな怖さが出てきて、もういい加減、もとに戻ろうと思った。ベランダに出て10分くらいは経ってたと思う。
 体が重たいというか、動きたくないというか、固まってしまっていて、どうやったらほぐせるか考えてたら、体の表面に少量の汗が出てきたのを感じた。怖くなってきたって感じで、それは“戻ってきた”って感じもして、霊とかを見たときは、お経を唱えると消えるってよく言うし、私は霊を見たことはないが、もしかして魔女や炎は霊の一種なのかもしれないと思って、心の中でお経を唱えてみた。お経つっても無宗教でよく知らないので、「なんみょうほうれんげーきょう」と適当に無心になって唱えた。すると体の感覚がだんだん戻ってくるというか、飛行機の着陸みたいな感じで、私の体から浮いちゃってた私の何かが戻って降りてくる、みたいな感じがあった。体が動いたので、向いのマンションは見ないようにして部屋に入った。数日後に見てみたら、いつもどおりのマンションだったので、ホッとした。
 今思うと、当時は自覚していたよりもかなり疲労してたんじゃないかと思う。ずっと夫と2人の生活だったのに、一人では何もできない人が急に家に現れて、本当は戸惑っているのに、戸惑っている自分を自覚しちゃうと発狂しそうだから押し隠して、夫も必死で毎日を過ごしてるのがわかるから、今までのようなけんかのパターン(家を飛び出す)ができなくて、いっぱいいっぱいだったのかも。

 今年、どうにも落ち込んでしまって、どうやっても明るい気持ちになれない時期があった。ヨガをすると自律神経が整うという記憶があったので、ヨガ教室に行ってみることにした。着替えてレッスンルームに入ると、まだ準備中で「入れません」と言われた。それがなんだか、ここにいる女の人みんなに拒否されたような感じがしてものすごく恥ずかしくてショックで、つらかった。こんなことでつらいと思うなんて、やっぱり今の自分はヘンだ、と暗い気持ちになったのだが、ヨガをして1時間後、スッカリ気持ちがラクになっていた。特に、ポーズの中で「地球の中心と繋がっているイメージをしてください」と言われ、自分の足の裏から根っこが伸びて、マグマに到達するという映像を思い浮かべた時。自分の中に何か降りてきたような感じがあって、心が落ち着いた。
 あまりにも即効性があったので、一体これはなんだろう、と調べたら、「グランディング」というものが一番しっくりきた。「アバンダンス」というヒーリング系のサイトにあるグランディングのページにはこう書いてある。
 「私たちはエネルギーのフィールド(オーラ)に包まれていて、怒ったり不安になったりするとこのエネルギーは上にあがります。『頭に血がのぼる。』という例えがある通りです。エネルギーが上にあがることで、その人個人の全体のエネルギーフィールドは逆三角形になります。逆三角形▼になると少しの外からの圧力(他人の感情、他人の意見、環境条件、等)でもグラグラとゆれてとても不安定です」
 たぶん、「エネルギーが上にあがる」というのは、地球から浮いてしまって離れてしまうということだと思う。陸に紐でつながってる浮き輪につかまって泳ぐのと、どこにもつながってない浮き輪を持って泳ぐのの違いのような。後者だとどんな泳ぎをしても不安がつきまとう。
 「グラグラすることで心はより不安になり、より恐れも強ま」り、「さらにエネルギーが上にあが」るという。「この状態がグランディングが切れている状態です」。
 「切れている状態が進むと人が私を責めている、人が恐い、(略)という感じにな」るというのも、ヨガのレッスンルームに入った時の自分にあてはまった。グランディングをつなげるには、「地球の中心」とつながるのが効果的らしい。ヨガでやったし、ベランダでお経を唱えた時も、「つながった」んだなと思った。
 グランディングや、浮き輪の紐が切れてしまっている状態のとき、「死」にも誘われやすくなるのではないだろうか。グランディングというものが切れてる状態の人のとこに、霊なのか、なんなのかは分からないが、そういう「死を誘うもの」がフワッと入ってくるような気がする。
 昔、AVに出てくれる女の子を街でスカウトする仕事をしていた人が、「ちぐはぐな服装をしている女の子にしか声をかけない」と言っていた。全身ビシッときまっていたり、ナチュラル系とかギャル系とかジャンルがはっきり分かる統一されたファッションをしている人は、あまりAVに出てくれないという。だけど、上と下で色合いやジャンルが違ったり、服はギャル系なのにノーメイクとか、「“ゆるい感じ”の人は出てくれる確率が高い」と言っていた。
 そういう感じで、「死を誘うもの」も、“地球から離れちゃっててグラグラしちゃってて弱ってる状態の人”をすかさず見分けるんじゃないだろうか。私は積極的に「死にたい」と思ってるわけじゃなかったから、お経で回避することができたのかもしれないが、お経を唱えるという行為は、頭の中の不安に集中せずに「無心」になれるので、その間に知らないうちに自分の防衛本能みたいなものが、勝手にグランディングしてくれて、「死を誘うもの」を追い払ってくれたんだと私は思った。もしまた、ベランダなどで誘われてしまったら、早口言葉でも意味のない言葉でもいいから、「無心に唱える」ということをしようと思う。

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田房永子(たぶさ・えいこ)

漫画家・ライター
1978年 東京都生まれ。漫画家。武蔵野美術大学短期大学部美術科卒。2000年漫画家デビュー。翌年第3回アックスマンガ新人賞佳作受賞。2005年からエロスポットに潜入するレポート漫画家として男性向けエロ本に多数連載を持つ。男性の望むエロへの違和感が爆発し、2010年より女性向け媒体で漫画や文章を描き始める。2012年に発行した、実母との戦いを描いた「母がしんどい」(KADOKAWA 中経出版)が反響を呼ぶ。著書に、誰も教えてくれなかった妊娠・出産・育児・産後の夫婦についてを描いた「ママだって、人間」(河出書房新社)がある。他にも、しんどい母を持つ人にインタビューする「うちの母ってヘンですか?」、呪いを抜いて自分を好きになる「呪詛抜きダイエット」、90年代の東京の女子校生活を描いた「青春☆ナインティーズ」等のコミックエッセイを連載中。

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