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「玄関マットの男」

茶屋ひろし2014.05.20

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去年の夏の終わりごろでした。
職場に向かってアーケードの商店街を歩いていた朝、前方の左端に、裸足が見えてぎょっとしました。向こうを頭にして人が寝そべっているようです。見えているのは膝から下で、胴体は何かにくるまれています。近づくと脛毛が見えて、すれちがいざまに、それは男性で、大きな玄関用マット(緑色の表を内側にして)を、裸体に巻きつけているとわかりました。肩から下に巻いて両腕で押さえているため、気をつけの姿勢になっています。身につけているのは黒い縁取りのメガネだけで、それは白く曇っていました。
歩きながら振り返ってみましたが、まばらに通りかかる人たちのなかで、彼を気にして立ち止まる人はいません。そのあとすぐに会社に着いて、タイムカードを押した後に、なんだったんだろう、と不安と疑問に襲われました。
30代か・・、ぽよんとした白い体でした。怪我をしている様子はなく、寝ているようにも見えました。息はあったようです。
山賊に身ぐるみをはがされて捨て置かれたか・・、と頭は寝ぼけています。
気温はまだ二十度を超えているとはいえ、朝は肌寒い季節になっていました。
風邪を引かないといいけど、と私は荷物を置いて、財布だけ持って、もう一度見に行くことにしました。
あんな道端で丸裸だと動けないんじゃないかしら・・、だからマットを巻いてじっとしていたのか・・、あんなの巻いてかゆくないのかな、持ち物はなさそうだったし、携帯もなかったら誰かに連絡を取れないんじゃないかしら、だったら歩いている人に助けを求めるか・・、口がきけない人なのかな・・、パンツやシャツなら、そこのファミリーマートで買ってあげればいいや、と止めどもなく考えているうちに現場に着きました。
とくに変化は見られません。
しゃがんで、「大丈夫ですか」と声をかけると、「あ、大丈夫です」と、しっかりした声が返ってきました。ぜんぜん大丈夫そうに見えないんだけど・・、と思いながら、「シャツかなにか、身に着けるものを買ってきましょうか」と訊くと、「いえ、ほんとに、大丈夫です。ありがとうございます」と答えます。
でもよー、と思っていると、「いま、何時ですか」と訊かれました。「八時過ぎです」と答えると、「じゃあ、もうすぐ、ウチの若いもんが出勤してくると思うので、大丈夫です」と言いました。それでそこが居酒屋の店先だと気がつきました。電気は消えて入り口の自動ドアは閉まっています。
なんだ、とその理由はわからないのに私はほっとして、「それじゃ」とその場を去りました。
なんとなく想像したのは、罰ゲームみたいなことでした。彼はそこの居酒屋の店員で、仕事が終わって同僚たちとどこかで飲んで遊んでいたあと、そういうことになったのではないか、ということでした。
ネタの一部に巻き込まれたような気もしました。
そのあと昼休みに、そこを通ってみると、彼の姿はなく、店は開いていました。
数日後、店の中に、彼らしき人が黒い前掛けをして働いていました。
あれが女性だったら裸で道端に転がっている時点で事件だったわね・・と思っていると、秋になって今度は、ウチの近所で、フェンスにもたれて泣いている女性に遭遇しました。
夕方六時を回っていました。
自転車で淀川の土手沿いを帰宅しているときでした。前方にしゃがみこんでいる人と、そのそばに自転車から降りた男性が見えました。なんだろう、と気になってスピードを落としながら通り過ぎると、長い髪の女性が片手でフェンスにしがみついていて、そばにいた男性はそれを見ている状態でした。
泣いているんじゃない? と通り過ぎて気がつきました。
やだ・・、と不安を感じたときにはもう自宅前でした。家からすぐそこの場所でした。いったん部屋に入ったものの、やっぱり気になったので、携帯電話だけ持って様子を見に行くことにしました。私が一番考えたくなかったのは、あの男性からなにか暴力を受けていないか、ということでした。
どきどきしながら現場に向かうと、男性がなにか大きな声を出していることに気がつきました。けれど、それは罵倒している雰囲気ではありません。
そっと近づいて二人の間に立ちました。男性は、白髪の髪が肩まで伸びて、洗ってなさそうで、服装はくたびれていて、自転車の後ろのかごには大きな包みを載せていて、ホームレスの人に見えました(違っていたらごめんなさい)。
「これくらいのことで泣いてちゃ、この先やっていけないよ」とか、「みんなお母ちゃんのおまんこから生まれてきたんだ」とか、「俺は東京から大阪にきたけど、苦しいのはどこでもいっしょだよ」とか、泣いている人にかける言葉としては少し的をはずしているように思いました。
20代に見えるその女性は、彼にまったく反応していません。当然のような気もしました。
彼女よりまず、おじさんに注目してしまうと、彼は、「いやあ、こんなところで泣いてるから気になってよ、いやいや、俺はなにもしてないよ、清廉潔白だよ、けど、放っておくわけにもいかないじゃないか、あんたが来たから後はまかせるよ、まかせたよ、いいね」と、よくわかることを関東弁で立て続けにしゃべって、大きくて武骨な風情の自転車に乗って去っていきました。
ようやく、すすり泣いている彼女に声をかけると、泣き声が少し大きくなりました。
「だいじょうぶですか」「どうかされましたか」と訊いても首をふるだけで答えません。長い髪の毛で隠れて顔はよく見えません。足元には小さなバッグが転がっていて口が開いています。膨らんだ二つ折りの財布やストラップのついた携帯電話も見えました。続けて尋ねたら、体の具合が悪いわけでもないようです。
「おうちは近くなの?」と訊くとうなずきました。前方からは、スーパーの買い物袋を自転車のカゴに入れた女性が二人、並列運転で話しながらやってきます。その後ろには野球のユニフォームを来た小学生の男の子たちが、四人くらいで、これもみんな自転車に乗って向かってくるのが見えました。
この近くはマンションだらけで、人通りも少なくありません。
「一人で帰れますか」と訊いたらうなずいたので、「気持ちが落ち着いたら、暗くなる前にお帰りなさいね」と、なんだかよくわからない締め方をしてその場を離れました。
私はおっさんだから、玄関マットにくるまれた男性のときのように、そばにしゃがみこむのは憚られました。そういうのは、あの買い物帰りのおばちゃんたちに任せよう、なんて勝手に思いました。
もしもグッドルッキングガイに声をかけられるのを待っていたとしたら、ホームレス(か、どうかわかりませんが)のおっちゃんの次はオネエで、なんだか運が悪かったわね、とも思いました。そして次はおばちゃんに子どもたち・・、ゆっくり泣いてもいられなくなりそうです。
じきに日も暮れて雨が降りだしたので、念のため、傘を差して見に行くと、そこにはもう誰もいませんでした。

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茶屋ひろし(ちゃや・ひろし)

書店員
75年、大阪生まれ。 京都の私大生をしていたころに、あたし小説書くんだわ、と思い立ち書き続けるがその生活は鳴かず飛ばず。 環境を変えなきゃ、と水商売の世界に飛び込んだら思いのほか楽しくて酒びたりの生活を送ってしまう。このままじゃスナックのママになってしまう、と上京を決意。 とりあえず何か書きたい、と思っているところで、こちらに書かせていただく機会をいただきました。 新宿二丁目で働いていて思うことを、「性」に関わりながら徒然に書いていた本コラムは、2012年から大阪の書店にうつりますますパワーアップして継続中!

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