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年末のある日

田房永子2015.01.28

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 去年の夏にこのコラムで「どぶろっくと痴漢の関係」を書いて、たくさん反響があった。
​ ​私には「電車内痴漢を消滅させる」という目標があり、実現するには50年はかかるだろうと長期スパンで計画している(電車がなくなるのが先か、痴漢がなくなるのが先かの戦いになってくると思う)。その目標に近づくためには、批判も読まなければならないと思い、真面目に一つも見逃さずしらみつぶしに読んだ。どぶろっくファンの人の怒りが一番応えた。不快な気持ちにさせて申し訳ないと思う。
​ ​そういった、自身の好きなものを否定されたという怒りとは別の、「このコラムのせいでどぶろっくが消えたらこの筆者はどうするんだ」というのもよく見た。もしこのコラムによってそんな事態になるとしたら、「女性の人権」についての世間の意識が急激に高まった、ということだから、またその新しい世の中に応じた別のお笑いネタを作ればいいだけだと思う。そういう気持ちと同時に、「本当にこのコラムによってどぶろっくが消えたらどうしよう」という不安も正直あった。
 私のコラムに猛烈に怒っている人たちもいた。彼らの多くは男性と思われる。彼らにとっては「どぶろっくの歌っていること」は、「一般男性が普通に妄想すること」らしい。だから私のことを「一般男性も痴漢加害者も、男だからという点でひとくくりに考えている者」と誤読した上で私のことを「男が自由な妄想をすること自体を否定し、断罪する男性差別主義者」と断定した。ヒステリックに怒り狂う彼らの念波が、パソコンの画面からすごいスピードで私の水晶体に映り込み、脳髄へ浸食していった。私のことを「飛躍している」と言う男の人たちのほうが、私から見ると飛躍している。「お前が飛躍している」合戦になるだけで、平行線だった。なんであのコラムが「男の性欲を否定する」ことになるのか不思議だけど、まったく同じことを言う男性が一定数いて、そのことは興味深かった。
 それらの“批判”を何百倍も上回る数の感想からは、「本当にあるのかなんなのかよく分からない痴漢という犯罪が、本当にあるんだと思えた」ということが伝わってきた。だからこの時は、“批判”は痛くもかゆくも無かった。


 だけど10月になって、思考することができなくなってしまった。自分の中の「芯」みたいなものがどこかに行ってしまったという感覚で、こないだまではそれに沿って立って考えるだけで歩けて知らないうちに目的地に着いたのに、「芯」がないとスカスカでふにゃふにゃして、その場でクルクル回るしかできない。とても心がスカスカしているのに、強烈に「富」を欲する感覚が体を駆け巡っていた。なぜか林真理子の顔を見ると落ち着くので、顔写真をプリントアウトして仕事机の前に貼るようになった。
 ちょうど、新刊「男しか行けない場所に女が行ってきました」をまとめている時期だった。この本は、25歳の時にやっていたエロ本の仕事で見た「男たちの風俗、遊び場」についてのレポートだ。男たちには、ものすごいたくさんの「射精をするための場所」が用意されている。女性従業員によるサービスがある風俗店の他にも、「自慰をするための店(DVD個室鑑賞)」は街の至るところにある。つまり、自宅やホテルやトイレなどのパーソナルスペース以外での「射精が許されている場所」というのは、無数に存在しているのである。
​ ​それなのに、どうして電車内で痴漢行為をする者がいるのか。性犯罪があるのか。女たちはそんな男の遊び場の実態を知らされることなく、男たちにはそういうものが必要なんだとだけ説明され、夫や彼氏が行っても「許す」ことだけを要求され、「風俗がなければ性犯罪・性暴力の被害が激増するんだ」という謎の理屈に黙らされている。しかし性犯罪・性暴力の被害はなくなっていないし、被害者も圧倒的に女が多い。これは一体どういうことなのか。
​ ​男だからってみんながみんな風俗に行くわけじゃない、と言っても、それらが用意されている性と、そうじゃない性、では明らかに違いがある。
​ ​1​​​0代、20代の時、「女はセックスが金になっていいなあ」という男たちの言い草をよく耳にした。「女は男みたいにセックスするのに苦労することはない、むしろ自分が望めば自分の体でお金が入ることもある」「女はお得」、私もそんな風に思っていた。
​ ​だけど、エロ本の仕事をする中で、セックスがしたくて仕方なくてもうどうにもならなくなってAVに出演する人妻の人の存在を知った。出会い系で相手を見つけるのはこわい、性感染症などの心配もある、相手がセックスが上手かどうかも分からない、そういった不安の中、セックスのうまさと安全の保障があるAV男優を相手に選ぶ、と聞いた。危険と不安を回避するためにAVに出演してしまう、という発想は突拍子もないように思えるが、女が性的に満足する風俗サービスの供給がほぼまったく機能していないという不自由な現実を考えれば、そういった選択をする人がいるのは当たり前のことである。
​ ​AV業界ではそういう女たちは「素人」と呼ばれ、「自分からAV出演を志願した淫乱」とされ、容姿の良さは関係のないジャンルでの作品に出演する。行為の撮影のあと、「セックスしていただいて、本当にありがとうございました」とAV男優に深々とおじぎをする人妻の様子を、面白がって笑う男たち。その男たちも、心の底から可笑しくて笑っているわけではないと思う。だけど、一緒に笑わなければならない自分の立場(エロ本のライター)の居心地の悪さが、女として耐えられなかった。
​ ​男は、セックスしたくなったら「風俗」に行けばいい。だけど同じ状態の女が「風俗」を活用するとしたら、「利用」するのではなくて「そこで働く」になる。これの何が「お得」なことなのか。
「男にはそういうものが必要だから」というおおざっぱな説明だけで「許す」しか選択肢のない状況ではなく、「女の働く場所」としてではない視点から、男の風俗を知って、考えて、答えを持ちたい。そんな思いから、女性へ向けてレポート本『男しか行けない場所に女が行ってきました』を出版したい、そう思っていたはずだった。

 

 だけど書いてると、あの人たちの言葉が頭に浮かんでくる。
「男性差別主義者」「男の性欲を断罪する女」「痴漢と一般男性を同列に語る被害妄想」
 できあがった原稿を見ると、スカスカしていた。というより、書いてる時からスカスカしていた。頭が自然と「あの人たちに受け入れられるものを書かなきゃ」と思っているからスカスカしてるんだ、ということに気付いた。

 

 私の中に「あの子たち」が現われたのは2011年2月のことだ。渋谷駅構内で「痴漢は犯罪です」のポスターが目に入った時。あまりにも日常の光景なので、そこに貼ってあることすら忘れていたポスター。だけど自分にものすごく関係していることだった。
「そういえば痴漢って今もいるんだよな、どうして忘れてたんだろう、私。あんなにたくさん痴漢に遭って怒ってたのに…」
​ ​あの日から、突如自分の中で、中3の自分と友人たちが息を吹き返し、当時の怒り(なぜ私たちは痴漢に遭うのか大人がちゃんと教えてくれない)を爆発させた。それをおさめようと32歳の私は、自分の体を使って「痴漢について」を調べ出した。ネットなどで痴漢についてを書くようになった。2011年当時は必ず「冤罪のほうが大変なんだ」派がどこからともなく現れた。冤罪大変派にコテンパンにやられながらも、私は「中3のあの子たち」の言葉を伝えようとすることで元気が取り戻せた。「痴漢問題」は当事者が少ないので、なかなか雑誌などでは取り上げてもらえなかった。しかし去年になって、AERAで痴漢問題を書かせてもらえることになり、専門家の方や、電車内痴漢元加害者の方に会って話を聞くこともできた。本当に本当に、うれしくって、ありがたくって、「中3のあの子たち」と手と手を取り合って、喜んだ。
「中3のあの子たち」が「芯」だったんだ、と分かった。ネットの批判を読んでいるうち、その“暴言”が体内に取り込まれて、私の心が意気消沈することで、私の中の「中3のあの子たち」にもその浸食が及び、消えてしまったんだ。と分かった。

 

 私は毎日、ぼんやりとした。元気が出なくて、でも元気になりたいからって、無理矢理「あの子たち」を呼び寄せるのもなんか妙な気がした。むしろ「芯」はないほうが生きやすいかもしれない、という視点も持ってみることにした。男の人にあんなに怒られるんだったら、怒られないものを書いたり作ったほうが安全な気がした。そうやって「男の人」に「守られて」いるほうが、いいように思えてきた。今まで「長いものに巻かれてる」ように見えた人たちに対して、シンパシーを感じた。私のあの仲間に入ってみようか、とすら思った。
 焦りもなく、薄らボンヤリと、そういうことを考えていた。日常生活には支障がなかったが、「男しか行けない場所に女が行ってきました」を書いてる時だけは、本をどうやって進めればいいのか分からなくてつらかった。
 自分は一体、何がしたいのか、ゼロから見つめ直す必要がある、と考えた。

 

 私は「瞑想」を選んだ。瞑想を極めて自分を知りたい。だいぶ前から、私は一人きりで2泊の旅がしたいと夫に申し出ていた。横浜の中華街を巡り食い倒れるという計画を立てていたのだが、急遽、瞑想道場の断食コースに2泊することにした。夫は「新興宗教とかじゃないのか」と心配してくる。そんなわけない、と可笑しくて笑いながら出発した。
 

 指定された無人駅に着いて待っていると、ボロボロのワゴン車が迎えに来た。車内から上下白の服を着たおじさんが出てきて、「エッ」と思ったが、車に乗り込んだ。真っ暗な車内には、参加者と思われる女の人たちが3人、熟睡していた。両サイドが山林で埋め尽くされた道を走り出すワゴン。ニュースでよく見る「遺体が見つかった場所」みたいな景色が延々と続く。あまりに「拉致」っぽくて、自分から乗ったくせに恐怖で体が硬直した。私の頭が咄嗟に「もしかしたら私はここで新しい世界に目覚めるのかもしれない、楽しいと思うのかもしれない、家族や今までの仲間を捨てるようなこともあるのかもしれない、でもそれを恐れず、そういうことになったら受け入れよう、自分の自由にさせよう」と思うことで、恐怖を緩和させた。この状況がいやすぎて、「いやだ」と思わないように脳が必死だった。職場でいやな人がいるけど一緒に働かなきゃしょうがないから無理やり「いい人なんだ」と思う心理状態と同じだと思う。
​ ​到着するとそこは“神社”で、建物には手を合わせてから入るようにと、ひげモジャの白装束のおじさんから指示された。
食事の時に緑の錠剤を飲むように言われ、単なるビタミン剤らしいが、状況的にシャレにならなかった。3人の女性参加者は普通に錠剤を飲んでいたが、私はポケットに入れた。
 翌朝、祭壇でお祈りをさせられ、本格的に怒りが湧いた。私は無宗教だが、好きな神様がたくさんいる。近所の神社の神様にもお世話になってるし、最近知ったインドの神様のことも気になっている。これ以上、好きな神様を増やしたくない、と思っているので、ホームページにそんな「祈祷」の説明はなかったのに、有無を言わさず知らない神様にお祈りさせられたことに腹が立った。ワゴン車に乗っている時点で決めていたが、朝10時でチェックアウトした。充実した2泊3日を過ごす予定が、16時間の恐怖の末に日常にもどるという精神的苦痛は想定外だった。

 

 しかしひげもじゃの白装束のおじさんに習った「正しい瞑想の仕方」は、よかった。「中3のあの子たち」が、以前とは違う形で私の中に蘇ってくる感覚があった。以前はただの中3の女子そのものだったけど、もうちょっとプロテクト加工した感じの、象徴的なものとして戻ってきた。
 そして「男しか行けない場所に女が行ってきました」が出来上がった。

 

 年末になり、テレビを観ていると、「どぶろっく」が出ていた。その大人気ぶりにホッとした。
 私は世の中が「ガラリ」と変わることを望んでいたように思う。しかも「自分」という存在の影響によって、みたいな、英雄願望があったのかもしれない。でも世の中というのはじわじわ変わるものだと思うし、やっぱり50年くらいはかかると思う。何かからの刺激によって「芯」がなくなると、「芯」に沿って行う単純作業を楽しめなくなる。そうすると「結果」「成果」ばかり気になり出す。「結果はあとからついてくる」という概念がなくなり、とにかく結果を出そうとしてしまう、一番分かりやすい「結果」、つまり「富」にすがってしまう。そんなことが分かった。私にとっての「富」の象徴、林真理子の顔写真を机の前から外し、私はまた私として、新年を迎えた。

 

 

<おまけ 年始のある日>
 去年、ラブピースクラブの通販で始めて買い物をした。ショールームで買ったことはあったけど、品物が届いてみて、その梱包の細やかな心くばりに感動した。「楽しんでいいんだ」そういう気持ちに包まれた。商品も、今まで手にしたことのあるアダルトグッズ(量販店系)とは品質がちがって、驚いた。安いグッズが悪いわけじゃないけど、アダルトグッズにお金をかけるのは、自分を尊重することに直結してるんだと、初めて知った。
 私は、「人を粗末に扱う」ということが、一番の悪だと思っている。人というのは、他人であるし、家族、子ども、友人、知人、そして自分のこと。人を粗末に扱う人(時)は、必ずその人自身が自分を粗末に扱っている。粗末は連鎖する。つまり、自分を粗末に扱う、っていうのが、一番やっちゃいけないことだと思う。「自分へのごほうび」って言葉、よく笑われてるけど、すげえいい言葉だと思う。ラブピで高いバイブを買ってみて、不思議と、それを持っているというだけで、ゴージャスな気持ちになれるし、誇らしくなる。究極のごほうび、だからだと思う。
 楽しかったので、ラブピの福袋も注文してみた。年始に届いて、びっくりするほどたくさん入ってて、楽しくって、めっちゃ気分が上がった。来年も買いたい、と今から思ってる!

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田房永子(たぶさ・えいこ)

漫画家・ライター
1978年 東京都生まれ。漫画家。武蔵野美術大学短期大学部美術科卒。2000年漫画家デビュー。翌年第3回アックスマンガ新人賞佳作受賞。2005年からエロスポットに潜入するレポート漫画家として男性向けエロ本に多数連載を持つ。男性の望むエロへの違和感が爆発し、2010年より女性向け媒体で漫画や文章を描き始める。2012年に発行した、実母との戦いを描いた「母がしんどい」(KADOKAWA 中経出版)が反響を呼ぶ。著書に、誰も教えてくれなかった妊娠・出産・育児・産後の夫婦についてを描いた「ママだって、人間」(河出書房新社)がある。他にも、しんどい母を持つ人にインタビューする「うちの母ってヘンですか?」、呪いを抜いて自分を好きになる「呪詛抜きダイエット」、90年代の東京の女子校生活を描いた「青春☆ナインティーズ」等のコミックエッセイを連載中。

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