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第十回 茶の間の踊り

菊池ミナト2015.11.27

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週末、私は家でぼんやりしていた。あまりにもすることが無いので、暇に任せて豆から白餡を作った。
材料の豆は白い小石のような形をしており、一晩水に浸すと水を吸って三倍くらいに膨らんだ。吸水させている途中の豆は幾重にも皺の寄った白い皮とずんぐりむっくりしたそのフォルムで、カブトムシの幼虫そっくりの形状になる。皮と中身で吸水の速度が違うのかも知れない。
わざわざ夜中に一度起き、あまりの寒さに毛布に包まったまま台所まで見に行くと、鍋一杯に恐ろしくグロテスクな景観が広がっていた。壮観だったし、背筋がぞわぞわした。
私は虫全般が嫌いだ。そして白餡は母の好物である。

週明け、私は予定通り山田仕郎の通帳を携えて恵美子さんのマンションを訪れた。
寒空の下自転車を漕ぎながら、とりあえず最低の場合を考えておこう、と思った。どうなったら最低だろうか。
道の上で出した結論は、「購入済の債券をキャンセルしたいと言われ、恵美子さんと山田仕郎の口座が解約になる」であった。それに比べれば、お見合い(と呼べたかどうかさえ怪しい面談)が破談になり、気まずさを感じた恵美子さんが急によそよそしくなってしまったとしても、会社に報告せずにこっそりお客様とお見合いをしたことが上司にバレて人事的にマイナス評価をつけられたとしても、どちらも大したことはない。
口座があるかないかは、「1」か「0」かであった。親密さとよそよそしさは「2」か「1」である。それに、もっと人事的に手痛いペナルティをくらって、いくつかの部署をまわった後、平然と支店に戻ってきた上司は何人もいる。「あなたは本当に大変なことをしでかしましたね」という内容が漢字だらけの文言でしたためられた不思議な色つきの紙というものが銀行には存在し、通常の異動のタイミングで机の整理をしている上司が突然、「菊池ィ、いいもの見せてやるよ」等と言いながら見せてくれることがあるのだった。

いつものように恨めし気な鰯の頭を見つめながらインターホンを押し、鍵のかかっていないドアを開けて室内に入ると、今日は恵美子さんのお嬢さんもいた。つまり山田仕郎のお母さんである。定年退職後、もともと勤めていた学校に再雇用されたとかで、最後にお目にかかってから随分経っていた。
「ミナトちゃん!」
「あらっ、ご無沙汰しておりますぅ」
お嬢さんはご機嫌で、「すっかり一人前になって」とか「いつ以来かしら?」とか「課長さんお元気?」などと私を質問攻めにした。「いやぁおかげ様で……」などとヘラヘラしながら、私は考えていた。
今日、この場で、先日のお見合いの合否判定が下る筈なのである。テーブルを見ると、何だかいい感じの茶器が並んでおり、お見合い相手の母親は上機嫌だ。これは、ひょっとしたらひょっとするかも知れないぞ……と思いつつも、お見合いの時の山田仕郎の無表情かつ無愛想な様子を思い出すとありえないような気もした。
本人と本人以外に温度差がありすぎる。
「今日、恵美子さんもいらっしゃいます?」と尋ねると、キッチンの入り口から顔を出したエプロン姿の恵美子さんが顔を出した。こちらも満面の笑みである。
どちらもニコニコしているだけで、肝心なことが話題にあがらない。お見合いの話は恵美子さんとしかしておらず、当の本人の母親に何も言わずに話を進めるとは思い難いが、万が一ということもある。
「あの、お通帳の件は……」
と言葉を濁しつつ恵美子さんの方を見ると、恵美子さんが口を開くより早く、お嬢さんが反応した。勢い込んでこちらににじり寄った様は、さながら、いざ捕食せんとする肉食動物のそれである。話は通じているらしい。
「仕郎、どうだったかしら!」
「はい、無事に、債券のお手続きも済みまして」
ありがとうございました、と言いながら、私は山田仕郎に渡し損ねた粗品が詰まった銀行の紙袋を差し出した。一応病院まで持って行ったのだが、案の定と言うか何と言うか、仏頂面の山田仕郎に「荷物になるので結構です」と言われて持ち帰る羽目になったのである。職場に押しかけた手前、想定の範囲内だったので、断られたその場で「ではお通帳お返しする時に恵美子さんにお渡ししておきますね」と伝えてあったのだ。
「これ、お手続きの時にご子息様にお持ちしたんですが、お仕事中だったのでこちらにお届けするようにと伺いまして……」
「まぁありがとう」
と両手で受け取り、お嬢さんは中身をちらっと見て「あらっラップがあるわ」と喜んだが、すぐに紙袋を床に置いて私の手を握った。
「これはこれでいただいておきますけどね、そうじゃないのよミナトちゃん、お仕事の話じゃないの」
すごい力である。銀行の最終面接の後、人事部長と交わした握手が思い出されるようだった。
「仕郎、どう、だったかしら?」
「はい、素晴らしいご子息様でした」
「ということは、良かったのね?」
「ええ、もちろんです」
何が、と聞かれませんように、と願った。もし聞かれたら、「何事にも動じないところが」とでも言おう。
「このまま進めてもいいのね」
「はい。えっ、はい?」
「つまり、うちにお嫁さんに来てくれるのね?」
恵美子さんがキッチンの入り口に立ったまま、微笑を浮かべてこちらを見守っていた。かけっぱなしになっているであろう薬缶から、しゅんしゅんとお湯の沸く音が響き、室内は一瞬静かになった。
「ええ、もちろんです」
そう答え、握られた左手に右手を添え、固く握り返した。やはり最終面接の時の握手が思い出された。
パッと手を離し、
「決まった! 決まった! 決まった!」
とはしゃぐお嬢さんと恵美子さんを眺めていたら何だか一緒に騒ぎたい気分になり、
私も
「決まった! 決まった!」
と踊った。
踊り慣れていない私の動きは、さながら盆踊りのようであった。踊りながら、もう一人の当事者である山田仕郎が踊っているところを想像しようとしたが、どうやっても思い浮かばなかった。

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菊池ミナト(きくち・みなと)

主婦
リーマンショック前の好景気に乗って金融業界大手に滑り込んだアラサー。
営業中、顧客に日本刀(模造)で威嚇された過去を持つ。
中堅になったところで、会社に申し訳ないと思いつつ退社。(結婚に伴う)
現在は配偶者と共に暮らし三度三度のごはんを作る日々。
フクロウかミミズクが飼いたい。 

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