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第十一回 沈黙は金

菊池ミナト2015.12.25

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女三人によるお祭り騒ぎは、お嬢さんによる「はいっ、踊りはおしまい!」という一喝により、唐突に終わった。
私は頭上に掲げていた手をゆっくりと下げ、親指を畳んで残りの四本指を腿の上にぴたっと貼り付けた。学生の頃、体育会で躾けられた名残である。恵美子さんは、何事もなかったかのようにキッチンに戻って行った。お茶を淹れに行ったのであろう。お嬢さんは隣の部屋に消え、再び現れた時には鼻の下に管を装着していた。マスクのひもを直すように、耳にかかった透明なチューブを片手で弄っている。隣の部屋へ続くドアには細い隙間があって、鼻から伸びたチューブは隣の部屋に続いていた。

私がぽかんと見ていると、お嬢さんは少し恥ずかしそうに「びっくりした?」と笑った。
「はい。びっくりしました」
驚きはしたが、私はそれを知っていた。管の先から酸素が出てくるやつである。もちろん、健康な人がつけるものではない。
「則子、実は先月仕事辞めたのよ」とティーポットと共に現れた恵美子さんがお嬢さんの方を見ながら言い、二人は顔を見合わせて笑った。「やれやれ」とでも言いたげな表情だった。
則子とは、お嬢さんの名前である。
「まぁ」と私は呟き、そのまま「存じ上げませんで……」と続けると、お嬢さんは「そうよねぇ」と頷いた。
「年明けにねぇ、学校で子供たちと走ってたらね、突然息苦しくなっちゃってねぇ」
チューブの位置が定まらないらしく、まだ耳の辺りに手をやりながら、お嬢さんは続けた。
「そのまま校庭で倒れて、救急車乗っちゃってね、で、もう即、酸素になっちゃったのよ」
横で聞いていた恵美子さんが「在宅酸素ね」と言い、私は「即、酸素」の意味を理解した。
私は万感の思いを込めて「まぁ……」と呟き、「ご不便はございませんか」というフレーズを口に出そうかどうか躊躇した。私なんぞに聞かれるまでもなく、どう考えてもご不便だらけであろう。
こういう時に、私は自分の無能さを痛感する。何て言っていいかわからないのである。普段から定型文でコミュニケーションをとっていると、こういう規格外の出来事に、咄嗟の対応ができない。脳内に蓄えられた定型文の中をどんなに検索しても、この大変な状況に共感している旨を自然に伝える一文がヒットしない。
雄弁は銀、沈黙は金、という格言を自分に都合の良いように解釈し、私は沈痛な面持ちで黙り込んだ。

「本当は、この前からずっと、隣の部屋にいたのよ。でも、なんだか人前に出るのが恥ずかしくってねぇ」
「そんな、恥ずかしいなんてこと、ありませんよ」
私の一言にお嬢さんは「ふふ」と笑い、「ミナトちゃんに、仕郎どうかしらって話になったって、最初に聞いた時には正直びっくりしたけれど、考えてみたら、私はずっとあなたが娘になってくれたらいいなって思っていたの。仕郎をよろしくお願いしますね」
チューブに繋がったお嬢さんの柔和な笑顔を見ていたら、視界がぼやけてきた。
あらっ、涙が出た、と思った。歳を重ねるごとに、自分の泣くタイミングがわからなくなってくる。顔面の状態に、頭の方が追い付かない。そうは言っても、心が泣くべきと判断して涙が出たならそれで良い。私は営業鞄から速やかにハンカチを取り出して両目の下に押し当て、零れた涙で化粧が崩れないようにした。
満足げに頷く恵美子さんとお嬢さんを見ていると、私は山田仕郎と結婚するというよりは、この二人に嫁ぐんだな、と思えてきた。涙が止まるまでにその思いつきは確信に変わり、私は自分の立場に合点がいった。「ご寵愛」という単語が頭に浮かんだ。私はとにかく結婚がしたかった。そしてお二人は私が欲しいと言う。ここで中心に山田仕郎がぴたりと嵌れば、我々の欲しいものはお互いの手の中に落ちてくる。

私は、自分の導き出した結論が途方もなく見当違いだということに気付くことなく、全てを飲み込んだ気でいた。何なら、山田仕郎に同情してもいいと思った。夏目漱石の三四郎に出てくる「かあいそうだたほれたってことよ」という一文を思い出した。同情と愛情は似たようなものである。パンが無ければお菓子を食べればいい。私はもうすっかりパンを諦めていた。

そうして、お見合いの話がまとまったのが2011年3月だった。
数日後に東日本大震災が起きた。

14時46分、私は支店のすぐ近くにある取引先の社長室にいた。社長と私で、社長の個人的な運用の話をしているさなかの地震であった。壁にかかった幾つもの絵画が騒々しく揺れ、けたたましい音を立ててその中のひとつが落下した。見ると、落ちたのは銀行の壁掛けカレンダーであった。私は揺れが収まるまでソファから一歩も動けなかったが、社長は凄まじい騒音の中を悠然と歩いてドアを開けてテレビをつけ、揺れが収まるとテレビを見たまま「菊池さん、今日はもう銀行に帰った方がいい」と静かに言った。開いたドアから駆け込んできた男性秘書が、「菊池さん、階段で降りてくださいね」とエレベータが止まっていることを教えてくれ、私が頭を下げると社長が「悪いね」と言うのが聞こえた。

銀行に着いたのは15時間際で、銀行内部は外の混乱が嘘のようにいつも通りだった。いつも通り、目が血走っていた。銀行は15時閉店で、閉店後にその日一日に発生した取引全ての勘定が合っているかどうかの確認をとらなければならず、それには制限時間があった。だからピリピリしているのである。私はロビー横の暗証番号付き扉から中に入り、窓口のお姉さまたちの間を通り抜けて営業課の島へ戻った。課長は私を見ると「菊池!」と一言叫び、これでまだ戻ってきていないのは誰それと誰それ、と支店長に報告していた。マミーポコが席で泣いていた。課長が挙げていた以外にも外出中の課員が何人かいたが、支店の外のATMコーナーの状況を確認しに出ているらしかった。

ふと携帯を見るとメールが入っており、お花ちゃんから一言「無事?」と入っていた。「無事」と返した時には繋がった携帯は、その後電波が怪しくなり、そのまま通じなくなった。
更に、銀行の内線も外線もほとんど繋がらなくなった。
唯一、支店長の席にある災害用の電話は使えた。回線が違うようだった。ニュースによると、私の自宅付近は都内より震源地に近く、液状化現象も起きているらしい。支店長は私を呼び、「菊池さん、自宅に電話しなさい」と言ってくれた。

電話をかけると、ワンコールで母が出た。
「もしもし? ミナトです」
『もしもし!』
ホッとしたのもつかの間、受話器から怒涛の如く怒り狂った母の声が聞こえてきて、私は思考停止した。
寄せては返す波のような母の怒声を聞いていると、どうやら私の部屋の本棚から何百冊という本と漫画が落下し、足の踏み場もないらしい。そりゃ、あれだけ揺れればそうなるであろう。
声は元気そうだが、母に怪我がないのか、家は無事なのだろうか。そして父は、弟は無事なのか。一切わからない。ただ、私の本棚が無事でないことだけはわかった。
「あの、無事なんですか?」と私がやっとの思いで呟くと、『今から掃除よッ!』という噛み合わない返事が返ってきた。
私は、会社の方でまだ従業員の帰宅に関する方針が定まっていない旨を説明し、本棚に関して母に迷惑をかけたことを詫びた。それから、片付けは自分でやるからそのままでいいとも伝えた。しかし、怒り狂いながらも山と崩れた本を片付ける母の様子は容易に想像できた。母にとっては秩序があることが肝要なので、恐らく作者ジャンル無関係に10冊ずつくらいの平積みにされるのであろう。
災害用電話の受話器をそっと置くと、支店長と目が合った、
「菊池さん」
支店長も目が泳いでいる。受話器から漏れた母の怒声は、支店長のところまで聞こえていたらしい。
「家は無事でした。ありがとうございました」と頭を下げ、私は自分の席へ戻った。そしてそれ以上考えるのを止めた。

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菊池ミナト(きくち・みなと)

主婦
リーマンショック前の好景気に乗って金融業界大手に滑り込んだアラサー。
営業中、顧客に日本刀(模造)で威嚇された過去を持つ。
中堅になったところで、会社に申し訳ないと思いつつ退社。(結婚に伴う)
現在は配偶者と共に暮らし三度三度のごはんを作る日々。
フクロウかミミズクが飼いたい。 

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