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第109回「 楽しいオリンピック」

田房永子2016.08.25

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 テレビをつけたら目のつり上がった女の人が卓球をしていて、よく見たら福原愛でビックリした(シングルス第3ラウンド)。
 いつもと様子が違う愛ちゃん、点が入っても入らなくても、ウンウンと頷きながら口をパクパクさせて“誰か”と喋ってる。尋常じゃ無いほど集中してる。背中から煙が出てきてもおかしくない雰囲気。
 かっこよすぎてしびれた。福原愛見たさにオリンピックを録画した。スポーツ観戦の面白さを初めて知った。
 ネットで話題になってたけど、女子卓球の解説(宮崎義仁)がものすごく分かりやすかった。相手の選手がこういう人だから今こういう気分になっている、とか精神状態まで解説してくれるので、ほんとに面白かった。

 卓球の技などをどんどん思い出した。高校1年生の1年間卓球部に入っていて、顧問の先生が熱心に教えてくれて、卓球って面白いんだなあと思ってた。ラケットも、先生が生徒達それぞれのスタイルに合ったものを考えてくれて注文してくれたものを買った。試合にも出た(全く打ち返せずに即終了した)。
 最後は確か、文化祭の時、卓球用の小さい体育館に、卓球部の友達と普通の上履きで入ってしまったところを、顧問じゃない別の高齢の女性体育教師に見つかって、恐怖の制裁を受け(とにかく怒鳴られ罵られ続ける)、しかもその私たちの行動によって文化祭の卓球部の催し(確か、ただラリーができるとかそういうの)が中止になると宣告され、縮み上がった記憶がある。だけど結局、そのあと催しは行われた気がする。
 卓球用の体育館は、専用の靴じゃないと入ってはいけなかったのである。それにしても…。
 それがきっかけで卓球部に居づらくなり、友達と一緒に退部した。
 卓球を教えてくれた顧問は男性で、倫理の先生だった。博士みたいな見た目で、態度もいやらしさが全くなく、みんなに人気があった。退部するときも、「やめることはない」と言ってくれた記憶がある。
 しかし高3の時、同じクラスの子が「本屋でバイトしてるんだけど、あの先生がエロ本買いに来た」と言っていたのを聞いてから、私の中で卓球部であの先生に卓球を教わった記憶が封印されたまま、時が過ぎた。

 そして2016年。リオ・オリンピックにより、我が閉ざされしパンドラの卓球箱が福原愛と宮崎義仁という鍵によってひらき、「あの時、先生は、とても熱心に、卓球を教えてくれた。だからこうして今、観戦を楽しめる。先生ありがとう」という感謝の念が私の心に咲き誇り、「卓球が楽しかったあの日に還りたい」、そう思った時にはもう、楽天で注文した「すぐに始められる!卓球初心者ラケットセット(ボール4個付き)」を届けに来る宅配業者が、私の家のインターホンを鳴らしていた。
私は、スポーツがしたかった。やるなら武道、と思って、合気道教室や空手道場に何度か見学に行った。できれば合気道がしたいと思っていた。しかし、汗をかいたおじさんのにゅるっとした腕を触ったりしなきゃいけないのがどうしてもつらくて、女性限定の道場が通える範囲になくて、そこを乗り越えられないまま10数年が経過していた。
 私がやりたかったのは卓球だったんだ…。といま、ラケットを手にして気づいたところである。

 そしてそんな今、胸に去来するのは、「学校の厳しさ」である。卓球の体育館に上履きで入ったこと以外でも、先生にとんでもなく怒られるということが私には何度もあった。先生たちが言っていたのは、「これから社会に出たら、こんなもんじゃ済まない。社会はもっと厳しいんだ。社会の規律を守らないとすぐに追い出される。だから自分を甘やかすな」という教えだった。先生たちはそれを前提に、隣のコンビニで買ってきたカップラーメン(校則違反)を私たちから没収し、お前のせいでみんなが準備してた催しが中止になると脅し、他のコギャルの茶髪には何も言わないのに私のパーマは翌日取ってくるようにと言いつけた。
 私はかなり言いやすい生徒だったんだと思う。怒られる回数が人より多かった。こんな自分って、社会に出たらどうなっちゃうんだろうと思ってた。だけど、こんなに面と向かって怒られたり、怒鳴られたり、脅されたり、無茶を言われたのは学校でだけだった。

 そもそも、「こんな自分ダメに決まってる」と思い込んでたので、高いところを目指さなかった。バイトならすぐ辞められるし、ちゃんとしたところで働いてた時も何にも仕事しなくても「女の子がいるだけでいいから」とか言われたりして怒られたことはない。エロ本業界で働いてた時も、おじさんたちはみんな優しかった。怒ってくるオッサンはたいてい自分にやましいところがある人だったり本格的に関わっちゃいけない人だから、逃げるしかない。
 家庭で親が子どもに厳しくするのも、「この子が外で恥をかくことにならないように」という理由が多いと思う。でも、どうせ学校でも「社会に出たらお前が困るぞ」という理由で怒られる。
 だけど社会に出たら、規律を守らないと仕事にならないから仕方なくできるようになるものだし、できなかったから自分に合ったスタイルの仕事をすればいいだけだと思う。社会に出て遭遇するとんでもない目、というのはセクハラとかパワハラとかそういうことのほうが断然多いから、学校や家庭ではそっちの対策を重点的に教えたほうが効率がいいと思う。「自分を大切に、自分に優しく、自分に軸を持っていいんだよ」っていう、自分のいたわり方についてを。

 私は学校や家庭の大人達から「お前はダメだ、そんなんじゃやっていけない」っていうメッセージばかり送られ続けていた。でもいくらそう言われて、そうなんだと素直に思っても、「漫画家になりたい」という子どもの頃からの願望はどうしても変えることができなくて、そこにずっとしがみついていた。
 「お前はダメだ」は私の中で「どうせダメだ」になって、自分がやりたいことがハッキリしてるのに「やっても無駄に違いない」と思うことで自分で足止めして目標までものすごく遠回りしたし、その間、すごく威張ってくる人に「こんなダメな私と付き合ってくれてありがたい」と偽りの感謝をすることで自分を傷つけ続け、公的機関に提出する書類がとてつもなく苦手になって受けられるべきサービスの権利を放棄するのが当たり前になり、卓球のブランクも20年も空いてしまった。
 自分はどうしようもない、人に迷惑をかける人間だから小さくいよう、という観念ばかりを、家庭と学校に育ててもらった。結局、自分のやりたい職業に就けたのに、なんであんなに「お前はダメだ」なんて言われなきゃならなかったんだろう。
 「そんなんじゃ厳しい社会ではやっていけないぞ」って脅しまくる。子どもを思う大人のふりして、家庭や学校が子どもにパワハラをしている。

 第4ラウンドも何かが取り憑いたみたいな福原愛だったけど、準決勝の相手の李暁霞(中国)は龍の化身が憑いちゃってた。長い手足が自由自在に動いて、こんなに強い人を見れるのがオリンピック、世界の舞台ってことなんだ! と初めて知って興奮した。
 こんだけ強い李暁霞の決勝は絶対に見なければ! と思ったら、どのチャンネルでもやってない。ビックリした。日本人が出たり、日本人の勝敗に関わる試合しかテレビで流れないと知った。オリンピックって、それぞれの競技の世界一を鑑賞する祭りじゃないんだ。その気づきを後押しするように、卓球女子団体が銅メダルを取った直後に選手の母親たちについての記事がヤフーのトップニュースになる。負けた国の選手や、金メダルと取った中国の選手の話も聞きたいし、監督がどういう人なのかも知りたいのに、ぜんぜんやらない。
 だけど、選手の親が、おにぎりを差し入れたとか、どれだけ本気で応援したかとか、ばかり流れる。ずっと見ていると、選手のお手柄の80%が親のおかげであるかのような錯覚に陥っていく。
 その錯覚は、日本中の子持ちが普段から無意識に感じさせられている「『親』として子どもに『厳しく』しなきゃければならない。なぜなら子どもの育ち方はすべて親にかかっているから」というプレッシャーを静かに刺激する。

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田房永子(たぶさ・えいこ)

漫画家・ライター
1978年 東京都生まれ。漫画家。武蔵野美術大学短期大学部美術科卒。2000年漫画家デビュー。翌年第3回アックスマンガ新人賞佳作受賞。2005年からエロスポットに潜入するレポート漫画家として男性向けエロ本に多数連載を持つ。男性の望むエロへの違和感が爆発し、2010年より女性向け媒体で漫画や文章を描き始める。2012年に発行した、実母との戦いを描いた「母がしんどい」(KADOKAWA 中経出版)が反響を呼ぶ。著書に、誰も教えてくれなかった妊娠・出産・育児・産後の夫婦についてを描いた「ママだって、人間」(河出書房新社)がある。他にも、しんどい母を持つ人にインタビューする「うちの母ってヘンですか?」、呪いを抜いて自分を好きになる「呪詛抜きダイエット」、90年代の東京の女子校生活を描いた「青春☆ナインティーズ」等のコミックエッセイを連載中。

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