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『逃げ恥』はファンタジーで『東京タラレバ娘』はリアル? だとしたら超ヤバい「リアル」なんですけど…

高山真2017.01.26

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 『逃げるは恥だが役に立つ』(TBS系)がたくさんの人たちにさまざまな問いかけや提示をした、2016年後半。それが終わって1ヶ月と経たないうちに、新しいドラマ『東京タラレバ娘』(日本テレビ系)がスタートしました。

 まずは何より、「主人公たちの年齢を3歳下げて、『東京オリンピックまでに(つまり33歳までには)結婚したい』と言わせているのはなぜなんだろう」というところで大きな「?」が生まれてしまって、ちょっとドラマの中に入っていけませんでした。原作漫画が始まったのは2013年で、主人公たちは33歳という設定でした。つまり「東京オリンピックまでに結婚したい」というのは、「40歳までには結婚したい」だったはずなのです。この大きな「?」を、今後も味わっていくことになるのでしょうか。

 第1話は、30歳になった主人公3人組が、年齢のことでいろいろヘコまされ、「女ってのは結局若さだ」と、さまざまなTPOで思い知らされるという展開。年齢設定以外は原作に忠実な作りでした。

 『逃げ恥』では、石田ゆり子演じるゆりちゃん(アラフィフ独身)が、「加齢に関して女性にかけられた呪い」を解きほぐす役割を演じていましたが、それとは真逆な展開であるのは、どちらのドラマも見た人ならすぐにわかります。

 で、『タラレバ』の第1話オンエア後、「逃げ恥はファンタジーで、タラレバはリアル」といった意見がたくさん出た、と、これらのニュースを読んで知りました。
https://mdpr.jp/news/detail/1656717
https://sirabee.com/2017/01/19/20161052411/

 で、こういったニュースで、私はドラマ版『タラレバ』を観ていたときよりもはるかに大きな「?」を抱えることになります。

 別に『タラレバ』の世界が「リアルではない」と言うつもりはありません。実際刺さった人たちもいただろうし。ただ、日本にはすでに「オンナにとって、年齢を重ねることは、すなわち、先細りの人生を送ることである」という呪いから解放されている人たちも一定数いるわけですよ。手前味噌にするつもりもないのですが、私も14年前に出した1冊目の本で「ジャンヌ・モロー大好き。業の深いババアになりたい」って言っているし、その言葉に忠実に生きてきた現在、周りにもそういう女たちが、未婚既婚を問わずけっこういるわけです。

 私が「?」を感じたのは、「この世界にある、ほかの人にも希望を持たせるような『リアル』を『ファンタジー』だと規定し、その一方で、周りを巻き込んでどんどん沈んでいくようなネガティブな『リアル』のほうを『唯一のリアル』だと規定する。そういう分類の仕方こそがいちばんヤバいんじゃないの?」ということでした。

 で、『タラレバ』の第2話。たった今、見終わりました。「30代で、10歳くらい年下のイケメンモデルとやっちゃう? しかも向こうから言い寄られて!? そんな展開こそファンタジーじゃん」と思われる方もいるかもしれませんが、まあ、私と私の友人知人の経験を振り返れば「それもこの世にある、リアル」だと断言できるので置いておきましょう(私の相手はモデルではありませんでしたが)。ただねえ、私の「?」は、もっともっと大きくなる一方なんですよ。

 以前、私はこの連載で「東村アキコのファンなの」と書いたことがあります。
http://www.lovepiececlub.com/culture/gourmet/2015/09/28/entry_005874.html

 なので、この原作がどこまで進んでいるかも知っています。

 主人公の倫子を含む3人組にガツガツ毒を吐いていた金髪イケメンモデルのKEYですが、その過去が明らかになっています。子どものころから病弱な自分のケアを長期間にわたって担当してくれた医師に恋をし、しかしその医師が進行性のがんにかかり、余命宣告が出たことを知って、結婚。しかしほどなく、彼女は亡くなりました。で、倫子の顔や雰囲気が、その妻にとても似ているがために、執着やら愛憎入り混じる感情を倫子たちにぶつけていた…という感じ。で、そのことを知ったあとも、倫子はKEYに惹かれる自分自身をどうすることもできないのです。

 さて、これは「リアル」なのでしょうか? いえ、「ドリーム中のドリームじゃん」と言いたいわけではありません。こういう男も世の中を探せばいることはいるかもしれませんから。でも、こういう男はヤバいでしょ。ダントツでヤベー物件でしょ。「リアル」だと認めるにしても、こんな「ホラー」なリアルに惹かれるとかヤバすぎるでしょ。

 こちとら28歳のパートナーを突然死で失ったことがありますので、「経験がない人にはわからない」なんて言わせません。その立場から断言しますが、パートナーを失ってガッツリえぐれた心が、他者に対する攻撃性を生んでしまったら、それをぶつけていい相手は「自分を残して先に逝きやがったパートナーに似ている、赤の他人」ではありません。そんなことをした時点で、「カウンセラー」にかかるしかないんです。

 また、「ぶつけられた赤の他人」が、ぶつけてきた人間の心のケアなどしてあげる必要はない。って言うかできません。「愛」なんて呼ばれているものは、こういうとき、なんの役にも立たない。なぜなら、たいていの人はそんな訓練など受けてきていないからです。心臓マッサージや人工呼吸の方法を知らない人が愛だけをあふれんばかりに持っていたとしても、おぼれて呼吸が止まった人を助けることができないように。

 溺愛していた幼子が亡くなり、絶望に沈んでいた夫婦のもとに、新しい子が(亡くなった子と同じ性別で)生まれたと仮定します。夫婦が、新しい子を亡くなった子の生まれ変わりのように育てたら、それはやっぱり新しく生まれた子にとっては不幸なんですよ。

 つーか、こういうことって、けっこう単純というか、わりと誰でも知っている事実だと私は思っていたのですが、そうではないのでしょうか。『タラレバ』の作中において、そのことを指摘し、倫子やKEYの軌道を修正しようと試みている人は、いまのところ、ただのひとりも出てきていません。と言うかむしろ、誰もかれもが力を合わせて倫子とKEYを焚きつけようとしてるような感じさえするし。

 「たかだマンガやドラマに、そこまで真剣になるとかアホか」なんて意見をお持ちの方もいるでしょう。しかし、東村アキコは、「マンガによって『現実』を見せたい」とさまざまなインタビューや対談などで明言しています。
http://logmi.jp/144124
 だとしたら、私は「マンガ」や「ドラマ」に対してと言うより、「現実」に対して、意見を持たなくてはいけないのです。

 ところで、上で貼った私の連載の過去回は、東村アキコの『ヒモザイル』というマンガがスタートしたころのエッセイ。その中で私は「東村アキコの抱く恐れ」についてかなりのスペースを割いて、自分なりに考察をしています。あのエッセイがアップされて間もない段階で、東村は『ヒモザイル』を休載しました(私のエッセイが原因ではないはずですが)。その直後から、東村の作風やインタビューの中に、どうもエクスキューズが多くなってきた感じを受けるのです(掲載誌『KISS』の最新刊である2017年3月号でも、「33歳をババアって言ってるわけじゃないから!」みたいなセリフがあった)。

 エクスキューズ自体は善でも悪でもないというか、それはそれで別にいいのですが、そのエクスキューズのひとつが、「死んだ人の身代わり」的な「ホラー」だとは思いたくない私がいるのです。

 『タラレバ』はどんな形で終幕を迎えるのでしょうか。いろいろな意味で目が離せません。ドラマが終わったときではなく、マンガ作品が完結したときに、もう一度『タラレバ』について書きたくなっていると思います。

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