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パーマネントとマニキュアと女たちのレジスタンス『ガザの美容室』

三木ミサ2018.07.11

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パレスチナ問題というと、国家、宗教、民族、歴史が入り組み、絡み合う状況が複雑すぎて、つい、政治の問題として捉えてしまいがち。
事態を、死者の数や政局読みばかりで見ていると、「深刻な事態が起きている」ことの漠然とした指標とだけになり、自分とも、そこで生きる人たちとも切り離されて、関係性が見い出しづらい。

エミール・クストリッツァ監督が、ユーゴスラビアの内紛を、悲喜劇としてユーモアを交えて躍動的に描くのは、戦争という人生を生きる人々がいるのではなく、個人の人生に戦争が降りかかり、それでも生き続ける人間への賛歌だったし、最近では、「オマールの壁」や「自由と壁とヒッポホップ」など、パレスチナに生きる人々の、顔と、生活が見える映画を目にする機会が日本でも増えてきている。

「ガザの美容室」もまた、マッチョな戦争映画ではなく、個性ある女たちの人間と人生を描いた反戦映画だ。監督は、今作品が初の長編となる双子のタルザン・ナサール、アラブ・ナサール。美容室を舞台にした理由についてこのように述べている。

「ガザ地区の女性たちは、頭からつま先までベールで覆っていて、外の世界の価値観を知らないというような お決まりの姿で描かれる。でも他の地域の女性と同じように、彼女たちは幸せを感じたり悲しんだり、日々のメイクをすることやヘアスタイルについて相談することも、レジスタンスになり得るし、それが人を生きることや希望に向けさせるんだ。戦争中であっても、彼女たちは常に人生を選択している。僕たちは“虐げられたパレスチナの女性”ではなく、人々の暮らしを、死ではなくて人生を描かなきゃならないんだ。レジスタンスは、常に身体的な抵抗を意味するとは限らないんだ」

映画の舞台はガザの市街地にある美容室。インフラが整備されていないガザ地区では、電力はイスラエルから供給されるだけで、使えるのも1日4時間程度。扇風機を回すことさえままならない。
全編を通してほぼ、暑く、狭く、閉塞感で息切れしそうな美容室の内側だけを舞台に、自分の順番を今か今かと待つ女たちのやりとりを軸に展開していくワンシチュエーションの会話劇になっている。彼女たちの言葉の端々から、それぞれの置かれている状況と、苛立ちと不安が垣間見える。

6月23日公開初日には、渋谷uplinkで上映後にトークイベントが開催された。
ゲストスピーカーは、フェミニズムをテーマに活動するコレクティブ「NEW ERA Ladies」の中心メンバー、宮越里子さんとsuper-KIKIさん。
NEW ERA LadiesはZINEの作成からはじまり、最近では、metoo運動に呼応した街宣行動「#私は黙らない」の呼びかけ、東京レインボープライドへのフロート出展などの活動も記憶に新しい。

宮越さんとKIKIさんは、『ガザの美容室』の女性たちが、日本の女性と変わらない苦悩を抱えることに共感を覚える一方、だからこそ、彼女たちの置かれている状況が日本に住む自分たちと全く同じとは言えないギャップも同時に感じたと言う。

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宮越さん「パレスチナのガザ地区は、実質的にはイスラエルに占領されている地区。映画の中では、終始イライラしている女性たちの姿や、時に女性同士でケンカしている場面もありました。しかし、その背景にも原因がある。決してヒステリーというような個人の資質の問題のように決めつけないで欲しい。彼女たちはイスラエルからの支配と、男性からの支配という二重に支配されている」

『ガザの美容室』に出てくるのは、美容室にたまたま居合わせた13人の女たち。彼女たちのおしゃれの目的も、それぞれに背景がある。
夫の浮気で離婚調停中の女性は弁護士に会うために、女性が自由に着飾ることが許される数数ない晴れ舞台である結婚式のためにメイクアップをする花嫁、また別の女性は夫とセックスをするために。
他にもヒジャブを被った敬虔なムスリムの女性、反政府活動をしていることを伺わせる女性、店主のロシア人女性、そのアシスタントで恋人からモラハラを受けている女性など、年代も境遇も様々な女たちが登場する。

KIKIさん「オシャレをすることが、彼女たちにとって平常心を保ったり、強くエンパワメントされるものというのは、私たちも同じ」

宮越さん「離婚調停中の女性が、外の銃撃戦が激しくなったときにタバコを咥えながら震える手でマニキュアを塗るシーンは、平然としたいという彼女の気持ちにグッときました」
銃声鳴りひびく極限状態で、だからこそ、彼女たちは美容室を選ぶ。美しさを見出すのは根源的な生への希求。一方で、ささやかなオシャレへの欲望さえままならないのも、ガザの現実だ。

KIKIさん「銃撃戦のせいで道路が遮断されて結婚式にも間に合わなくて、花嫁のヘアセットも半端なまま終わってしまって。そこにはガザ地区の絶望がつまっていた」

映画では、占領下で支配される男たちのはけ口が女性たちへ向かう様子も描く。
被支配者による支配。しかし、このような女性たちへの抑圧は、極限状態のガザ特有のものではなく、日本でもよくある構図なのではないかとふたりは投げかける。
映画に出てくる女性を通して見える男たちの姿は、自分の身の回りの世話をすべてパートナーにしてもらおうとする男だったり、威圧的に女性をコントロールしようとするモラハラ男だったり、自分が受けた傷を女性への征服で満たそうとする男だったり、たしかに、見覚えが。

宮越さん「男が女性に、「愛してるこのバカ」と何度もくり返すシーンがありましたが、これも(日本でも見られる)典型的なモラハラ」
KIKIさん「愛してるって言っておけば、全部許されるみたいな。日本では少女マンガとかでも、こういうキャラクターがよく描かれたりしますよね」
「ちょっと強引」な男を肯定的に描く風潮は女性に向けた表現のなかにも少なくないが、同じ行動や言動も、戦況下にスライドさせてみると、それがリーダシップや頼もしさといった類のものではなく、女性の人格や意見を無視した支配でしかないことが浮き彫りになる。
KIKIさん「DVを受けていたことが明らかになった女性が、「なんでやられた?」と聞かれて、「気まぐれ」と答えるのが精一杯という。DV被害者というのは、加害者の人を悪く言えない人も多い。DV被害者に対しては、被害者のほうを絶対に責めずに、支えてあげて欲しいなと思う」

女たちは何に苛立っているのか。
美容院でオシャレをする理由には「男に見られるため」も含まれているが、彼女たちは、見られているようで、その実、見ている。

「わたしがもし大統領になったら、ここにいる女だけで素晴らしい政府を作る」

ひとりの女性がそう言って、その場にいる女たちに適任の大臣のポストを次々と任命していく場面がある。いがみ合っている女たちも、男たちの支配と破壊の政治には共にうんざりしていることを表す象徴的なシーンだ。
日本でも少し前に「女だけの街に住みたい」というひとりの女性のつぶやきがSNSで話題を集めた。
そうすれば男の性加害から怯えずに暮らせるのに、という、ただ、安心して暮らしたいというささやかな願望だったが、「女だけでインフラは出来ない」と実現可能かどうかを論点にズラされて大炎上した。

KIKIさん「政治や社会を回しているのは男だという描写が結構ある。女性は、それぞれ意見を持っているのにもかかわらず」

「女だから」という理由で安心して暮らせないのはもうたくさん、女だけの政府、女だけの街が欲しいという望みは、個人の意思と尊厳を脅かされ続ける現状へのシェルターだ。
最後に、ふたりから、日本に住む私たちがパレスチナについて私たちが出来るアクションも紹介された。

1・平和を維持するために選挙に行く
2・パレスチナを支援する企業で商品を購入する消費行動
3・日本の難民問題について知る、発信する

日本の難民認定基準が国際基準からかけ離れていることについて、宮越さんは、「日本の入国管理局の対応はひどい。無期限収容と言うことで犯罪者でもないひとたちがいつ出られるか分からない。難民問題に目を向けることも重要なので、#FREEUSHIKU で検索してみてほしい」と訴える。

政治としての「パレスチナ問題」ではなく、「彼女たちにいま起きていること」がパレスチナの状況だということ。
女だけの政府も街も、荒唐無稽な夢物語ではなく、現状への絶望を的確に表現した女たちからのメッセージなのだ。

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三木ミサ

三木ミサ(みき・みさ)

神奈川出身。元シノラー。学生時代にフェミニズムに目覚め、男子学生たちがオンナに抱く幻想を打ち砕くべく目の前で放屁をするなどの実践を試みるも、のちに、ジェンダーの問題ではなく、人としてのマナーの問題だったことに気づき反省。フェミニズムをゆるやかに模索する日々。出来れば、猫を産みたい

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