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上野さんの祝辞にモヤモヤ燻り気味な方へ。ようこそ、燃えるフェミニズムへ。

北原みのり2019.04.22

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 東京大学入学式の上野千鶴子さんの祝辞が話題になっている。東大卒業生の女性(20代)によれば、「(オレらが世界で一番エライと思ってる)ヤツラへのメッセージとしては最良」と喜んでいた。念のために「全文、読んだ?」と聞くと「これから読む」と言っていた。読んではいないが、フェミニストによる祝辞というだけでそれは、東京大学のマッチョを一刀両断するような快挙なのですと、笑いながら。

 上野さんのフェミニズムは、常に私の斜め上の方向に強い存在感であった。上野さんを読むようになったのは高校生の頃で、それこそ「オレは世界一エライ」と思っている男性学者たちをバッサリバサバサ斬りまくる姿に「かっこいい!」とうっとりした。言葉の喧嘩で勝つ女に憧れたのだと思う。上野さんがバカにするものをバカにし、上野さんが斬るものを一緒に斬る。上野側にいることに心地良さを感じていた若者だった。そしてそういうフェミッ子は、きっと私だけじゃなかったはずだ。

 例えば、上野さんが一刀両断した青木やよひさん(故人)という研究者がいる。近代文明=男性原理として、自然の復権・身体性の復権=女性原理の復権をうたうエコロジカルフェミニズムを提唱していた。「男性原理、反対」と青木やよひさんを愛読していた私だが、上野さんが「エコフェミ?はぁ?女性原理とか言ってるから、日本の女の地位は低いんだよ!」(物言いの強さとしてはこのレベルで)という調子でバッサリ青木さんを斬りはじめたとき、「青木やよひさん、いいよね」と言いにくくなった気分は明確に覚えている。女性学から青木やよひさんが消えた(ように見える)のは、私のような「弱い人」が少なくなかったからだろう。青木さんはその後、ベートーベン研究を深めていかれたが、エコロジカルフェミニズムは日本のフェミ史上90年代で断絶・・・と言ってもいい。少なくとも上野さんが活躍するような「表舞台」からは。

 斬る。とにかく勢いよく。斬るべきではないものも斬ったり、刺したつもりが自分も流血することもある。それでもとにかく斬れ。それが上野流フェミだ。

 さすがに「慰安婦」問題に関する乱暴な斬り方や、「性暴力表現」に関するご発言に疑問を持ちはじめてからは上野流に距離を取り始めていたけれど、今回の東大の祝辞を読んで思ったのは、斬るタイミングや鮮やかな刀裁きは、あくまでも技という点で見事なのかもしれないが・・・というモヤモヤだった。多くの方が絶賛しているものに対して、どのように記していいか迷いつつ、大きな波に飲まれずにやはり言いいたいのは今回の祝辞で締めの言葉だ。上野さんは、長い祝辞をこう締める。

「フェミニズムはけっして女も男のようにふるまいたいとか、弱者が強者になりたいという思想ではありません。フェミニズムは弱者が弱者のままで尊重されることを求める思想です」

 違うでしょう。

 上野さんの「弱者が弱者のままで〜」は、上野さんのお気に入りのフレーズだが、私がこのコトバに出会ったのは(何の本だったか覚えていないが)、上野さんご自身が小さくて非力であることが記されていたこととセットで記憶している。「成人男性」基準を目指さずとも、またそもそも目指せなくても、そのことにおいて二流市民扱いされるのではない社会を求めるのが上野さんの言うフェミだと私は理解した。だいたい人間は全員老いるし病む。つまりは人である以上誰もが宿命的にテンポラリーな弱者になるだろう。なので弱者に優しい社会とは結果みんなにも優しい社会・・・的な優しい理解が可能だ。

 わかりやすい。そしてもしかしたら、ちょっとウルっとくるかもしれない。「もう頑張らなくてもいいんだよ」と、頑張っているほど癒やされるコトバだとも思う。さらにこのコトバは「成人男性」に変革を求めないでいいから、使いやすくもある。「あなたのような強者が弱者の立ち場でものを考えてみて、そうすれば社会はもっとよくなるから!」と伝えれば、フェミも優しく聞こえてくるというものだ。しかも、弱者とは「自然発生」するので誰も責任を取らなくてよい。

 でも、違くないか? フェミニズムとは、少なくとも私が様々なフェミニストから学んだのは、弱者が弱者のまま尊重されるといった、お気楽レベルで留まる思想ではなかった。性差別に怒り、性暴力に怒り、構造的に不利な立場に追いやられる者が、強者に立ち続ける者に責任を求め変革を求める闘いの言葉だった。闘いたくて闘っているのではなく。闘いを強いられるからこその弱者なのだ。韓国のフェミニズムから、私はそう教わった。
    フェミニズムとはだから、弱者の言葉が聞かれ、弱者を再生産する構造を変革する思想である。こんな構造は燃やしたい。喧嘩などではなく、キッチリ闘う。相手を潰すのではなく、社会を変える。そのためにあげる燃える声の闘いだ。

 上野流の鮮やかさで目くらましされてから数日経っているので、そろそろ「なんであんなに感動したんだっけ」と振り返りたい方もいらっしゃると思いつつ。強烈なエリート意識集団への祝辞(または呪い)として溜飲を下げるような思いを味わった方も多いのだと思いつつ。女として生きるだけで満身創痍な頑張る自分に向けられた祝辞としてグッとくる思いも理解しつつ。女性学をつくった「主語」がないので、上野さん「が」女性学をつくった、みたいに読めちゃうことも含めて、あの祝辞にもやもやしていた方々とは、違和感を共有したい。フェミニズムの方法論は様々ではあるけれど、弱者が尊重されるなんて当たり前のことで満足せずに、フェミニズムは構造による弱者を生まない社会を求め、性差別構造を燃やし続ける原動力でありたい。だからこそ、「フェミニズムはみんなのもの」(ベル・フックス)なのよと。

ということを、春、性差別吹き荒れる日本を生きる女として考え中。

ようこそ、燃えるフェミニズムへ。

注1:パロディですよ、上野祝辞の。念のため。
注2:心の中の火のことですよ、念のため。決して灰にはなりませぬ。まだ。

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北原みのり

ラブピースクラブ代表
1996年、日本で初めて、女性だけで経営するセックスグッズショップ「ラブピースクラブ」を始める。
著書に「はちみつバイブレーション」(河出書房新社1998年)・「男はときどきいればいい」(祥伝社1999年)・「フェミの嫌われ方」(新水社)・「メロスのようには走らない」(KKベストセラーズ)・「アンアンのセックスできれいになれた?」(朝日新聞出版)・「毒婦」(朝日新聞出版)など。佐藤優氏との対談「性と国家」(河出書房新社)・最新刊は香山リカ氏との対談「フェミニストとオタクはなぜ相性が悪いのか」(イーストプレス社)など。

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