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没個性のカルタ取り

茶屋ひろし2019.07.16

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ずっと担当者に任せてきたコミックの売り場に参入してみようと、この春からコミックの発注を始めました。
注文のやり方には二通りあります。
レジのPOSデータでその日売れたものをチェックして補充注文をかける方法と、本に挟まっているスリップと呼ばれる、その本の情報が記載された紙の栞を、売る際に抜き取っておいて、あとでその束と棚を見ながら注文するものを決めていくやり方。

アナログな私は後者の方法をとっていて、まあ、まずは商品を見て覚えないとね、とスリップを握りしめて売り場に立つのですが、もはやそこは別世界。私が知っている作家や作品など1割に満たない世界です。
その中でも、ゲームやアニメから派生した作品は、タイトルも絵柄もどれも似ていて、手元のスリップの作品を目で探すだけでも、高難度のカルタ取りをしているような感覚に陥ります。

その作品の内容をすべて説明しているような長いタイトル、画を描く人が流行りの画にいっせいに寄せているような表紙、SNSのアカウント名のような著者名。
覚えられるわけがない……と、すぐにあきらめモードに入ってしまいます。
ただ、傾向というものがあって、その中でも売れているシリーズくらいは把握しておかなければいけません。

何のことかわからない長いカタカナのタイトルは音読してみる、若いスタッフにこれは何から生まれたものか訊く…「ソシャゲですね」って、何ですかそれ。
「ダンジョン」ってなんですか、「チート」ってなんですか、「フラグ」は前にききました、「ニート」はわかります、「スライム」は青いやつよね。
そうやって聞いていると、スタッフの一人が「そんなん私、ダンジョンなんて訳したことないですよ。ダンジョンはダンジョンだと思っていました」と言います。
それは、英語のbeは訳せない、とかそういう話ですか、と無理やり納得しようとしますが、できない。担当の社員に訊くと「地下迷路かな」と言われてますます迷宮入りに。ちなみにチートは「ずるいこと」だそうです。
うすうすわかってきたのは、どうやら私がテレビゲームという文化にほとんど関わってきたことがないせいで、会話がバグっている(使ってみた)らしいということです。

さて、そうした単語がタイトルに散りばめられているのが「異世界転生もの」と呼ばれる人気のジャンルになります。
大雑把に言うと、現世で何のとりえもなく暮らしていたさえない主人公(たいてい男性)が、交通事故かなんかにあって異世界に生まれ変わる、するとそこではいろんなスキルや権力が手に入り、なぜか女の子にもててしまう、という話だそうです。
ポイントは、この「なぜか」にあって、あくまで受け身であること、そして、状況は劇的に改善されてウハウハなのに、当人は困惑している、というスタンスが読者の共感を呼んでいるものと考えられます。
一冊も読んでいないのに分析しています。

ゲームの歴史を知らないくせに横入りしますが、この源流には「ハリー・ポッター」もある気がします。昔はもうちょっと苦労したのよ、異世界に行くって、そこで何かと闘うって。それをあいつは、なんなく能力と権力を手に入れやがって。

先日、この異世界ブームを取り上げた新聞記事を読んでいたら、講談社はこれで前年は増収増益、5年前に比べると出版界全体の「異世界」発行点数は50倍にもなっているそう。
異世界の前は「ほのぼの日常系」が席巻していたが、もはや現実があまりにも苦しすぎて「異世界」へ飛んで行ったのではないかと考えられる、そうです。

当店でも、コミックとライトノベルの売り上げは全体の40%を占めていて、屋台骨になっているといっても過言ではありません。
小説のほうは、角川書店が「新文芸」というふうにジャンルを打ち出して、ソフトカバーの単行本の形で各社の「異世界」が書店の一角を占めています。
値段も1200円から1500円程度。そう、これは一昔前の単行本の値段です。
今、純文学やエンタメ系の単行本は2000円前後、文庫でも1000円を超える商品がざらにあります。
そして購買層は、若い人かと思いきや、レジに立っていると、40代から60代の方も多い。
レジのPOSデータで、「日本文学」と振り分けられている中身を見てみると、売れているのは9割がこの「新文芸」になります。
ちなみに文庫で人気の池井戸潤や東野圭吾の新刊も、単行本では、ウチでは、数冊しか売れません。

さあ、こうなると大事にしなくてはいけない大きな客層がはっきりしてきます。
なのに、去年の年末あたりから、経費削減か、POSデータがあるからもういいだろうと言わんばかりに、スリップをなくす出版社が増えてきました。もうすぐ100社を超えるのではなかろうか。
POSデータと言われましても、画面でタイトルを見ているだけではその商品を把握することは難しい。ただでさえ、没個性のカルタ取り(ディスってません)なのに、売れたものの自動発注で、どうやって棚を作ればいいのやら。

大きな書店は仕入部が別にあって、そこで店の棚をコンピュータで管理しているのでしょうが、ウチみたいな小さな書店だと、スリップがなくなった商品はそれが売れてしまったら、そのことに気づくのが遅くなり売り損じも生じるでしょう。ますますこの先、街の本屋が潰れていくような気もします。

ええい、とばかりに長年の付き合いの印刷所に白紙のスリップをオーダーして、今はスタッフの人たちに延々と手書きでスリップを書いてもらっています。
みんなが口をそろえて言うのは、「だから、タイトル長いって」。

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茶屋ひろし(ちゃや・ひろし)

書店員
75年、大阪生まれ。 京都の私大生をしていたころに、あたし小説書くんだわ、と思い立ち書き続けるがその生活は鳴かず飛ばず。 環境を変えなきゃ、と水商売の世界に飛び込んだら思いのほか楽しくて酒びたりの生活を送ってしまう。このままじゃスナックのママになってしまう、と上京を決意。 とりあえず何か書きたい、と思っているところで、こちらに書かせていただく機会をいただきました。 新宿二丁目で働いていて思うことを、「性」に関わりながら徒然に書いていた本コラムは、2012年から大阪の書店にうつりますますパワーアップして継続中!

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