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YURIさんのフェミカンルーム63 逝く人を見送る

具ゆり2019.08.22

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最近、近しい人が相次いで亡くなった。ついこの間のことと思ってたけど、もう49日が過ぎた。時間がたつのは早い。
これまでいた人がいなくなったというのに……ふと思い出すことも減ってきた。そうやって日常の生活が過ぎていく中で、2人のことを改めて考えてみた。

オルタナティブスクール「野並子どもの村」の元スタッフだったチカちゃんは、20年にわたって子どもたちとドップリつきあっていた人。
出会ったのはほぼ30年前。名古屋のフェミニストたちの手でつくられた無認可フリースクールで、フェミニズムや子どもの権利、オルタナティブ教育に体ごとぶつかっている明るくシャイな若者だった。
しばらく会っていないけど、闘病中と聞いていた。かなり悪いらしいと連絡をもらったのは亡くなる1週間前だった。その頃は「もう誰にも会いたくない」という状態で、そばで寄り添っていたのは彼女が心許せる一人の友人だった。
「せめて一言、彼女を励ましたい」そう呼びかけてくれた人がいて、何人かがカードを送ることにした。何の力にもなれないのはわかっている。でも、何とか言葉をかけたい、その思いを付き添いの人に託した。
人の感覚で最後まで残るのは聴覚だという。
おそらく意識混濁状態のなか、チカちゃんの耳に私たちの思いは届いただろうか。最後の言葉にしたくはなかったけれど……。
 
カードを届けた2日後、彼女は家族や大勢の友人たち、会場に飾り切れないほどあふれる花に囲まれて、静かに旅立った。
娘を見送ることになったお母さん、喪主となった弟君。かつてのフェミバンド仲間やゴスペル仲間、20年ぶりに再会する私たちオルタナティブスクールの元子どもやおとなたち、その他彼女の地元仲間が続々と葬儀場で顔を合わせた。お焼香の人が会場に入りきれず、外で順番待ちするほどだった。
愛されて、惜しまれて、旅立っていったチカちゃん、ありがとう。よく頑張ったよね、お疲れ様。そんなありきたりの言葉しか見つからない……。

その4日後、夫の母(私の義母J子さん)が亡くなった。
3カ月あまり絶飲食状態で、いつその時が訪れてもおかしくない状態だった。
私の父と義父が7年前に逝き、ついにJ子さんの時が来た。
91歳。前日には、夫が面会に行って会話もしていた。次の日の明け方、看護師が気づいたときは亡くなっていた。一人で静かに息をひきとる最期だった。
これが自然な逝き方なのかもしれない、大往生だよねと誰もが思った。

葬儀は親族だけで見送った。
ひっそりとしていたけれど、家族と花と好きな食べ物に囲まれて旅立って行った。
彼女の息子たち、娘、そして私も泣くことはなかった。
みんなが「よく生きたね」と見送れた。

J子さんには3人の息子と1人の娘がいて、それぞれにパートナーもいる。
儒教思想やジェンダー規範ズブズブの在日1世のJ子さんだった。
「いろんな意味でスゴイ人だった……」通夜の席で義理の姉が言った一言には、深い意味が含まれている。(そうだね)……声には出さなかったけど、その気持ちがよくわかる。
彼女自身の母娘関係も、息子たちとの親子関係、嫁姑関係も。
それぞれが親子の、きょうだいとの、嫁姑がらみの軋轢や葛藤があったから。そのことがどんな形で葬儀に出るかと心配していた。
でも、誰もそのことにふれることなく、無事に葬儀を終えた。ほんとに、心底ホッとした。

私が、J子さんとの関係からおりて距離をとるようになってもうずいぶんになる。
何があったかはここで詳しく触れたくない。書けば恥ずかしくなるだろう自分もいるし、そんな自分の気もちをここで蒸し返したくない。
あえて言えば、「あのこと」があったから、それがきっかけになったから、自分に開き直ることができた、関係を変えることができたといえる。
もういやだ! もうやめる! これ以上、もうムリ! って、決めた。
ズバリ嫁姑問題だし、夫婦関係と親子問題でもある。
フェミとしてはお恥ずかしい過去ですから。
いやいや、それも自分のキャリアで必要な時間と経験だったと思おう。

J子さんとは親密でいい関係の時間も長かっただけに、嫌悪感や失望感も大きかった。だから余計に怒りや虚しさが深かったともいえる。
彼女はたぶん私のことが好きだったと思う。だから彼女も傷ついてたと思う。距離をとる、境界線をもとうとする私と、関係をもどしたいと願っていたのではないかと思う。
私の中には、まだ小さなとげや痛みのかけらは残っている。
ただ、もういいかな、という気持ちになってきてる。
そういえば、父の時もそうだった。生きてる間はできなかった。父を許したくなかった。どこかで、怒り続けてる自分を見せていたかった気がする。あのときと似てる。
そうだね、もういい。もうやめよう、うん、本当に許せたら忘れられるもの。
自分のためにも楽になりたい。

我が家の小さな庭に、木槿(ムクゲ)の木が1本植えてある。
葬儀を終えて帰宅すると、その木槿の白い花たちが、一斉に空を見上げるように開いていて驚いた。青い空に向かって、まるで「ばんざ~い」と手をひろげて、背伸びをするように私たちの帰りを待っていた。
夫には、木槿の花たちが、今日旅立って行った母親を見送っているように見えたという。
その日の夜、珍しく夜中に目が覚めた彼は、部屋の隅に立つ白い人影が目に入った。
はじめ、葬儀で帰省していた娘がいるのかと思って名前を呼んだ。声をかけると、その白い影はこちらをふりかえり、そしてす~っと消えていったという。娘は隣の部屋で眠っていた。

朝、そのことを不思議そうに話す夫。それJ子さんじゃない? 私にはそう思えた。彼女は夫のことが好きだったから。
「お別れに会いに来たんじゃない?」
気味が悪いとか怖いとか、そんなこと少しも思わなかった。このことはまだ何度も思い出す。それは私にとっても不思議な感じで、彼女に対する気もちの変化に思える。

あれから2ヵ月、ついこの間まで咲き誇っていた木槿の白い花たちは、ほとんど散ってしまった。
こうして私に残された見送りの役割は実家の母T子さん1人となった。

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具ゆり(ぐ・ゆり)

フェミニストカウンセラー
フェミニストカウンセリングによる女性の相談支援に携わっている。
カウンセリング、自己尊重・自己主張のグループトレーニングのほか、ハラスメント、デートDVやDV防止教育活動など、女性の人権、子どもの人権に取り組んで20年あまり。
映画やミュージカルが大好き。
マイブームは、ソウルに出かけてK-ミュージカルや舞台を観ること。

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