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東京で自分らしく暮らすこと そして韓流 第十回「イ・サン」と「秘密の扉」

オガワフミ2019.09.03

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学生時代、自分は運動神経がダメな人間だと思い込んでいた。小1から体育の成績だけ悪くて、子ども心に「ゲージツと学科で生きるあたし」と思わせるに十分な程だった。ところがアメリカ暮らしの中でどんどん体力がついて、40代で100kmの自転車長距離走(AIDS Rideと言うチャリティー競技でした)完走するわ、職場の昼休みにプールで2km泳いでまた午後働くようにはなるわ、身体能力って「うつ」やメンタルの落込みと負の相関あるかも、と今振り返って思う。
 
ずっと「団体種目」が苦手だったのだ。小学校でまず(当時は繊細だったので)ドッジボールがトラウマとなり、早々に自信喪失した。高校でいじめ被害の最中に体育がサッカーのチーム戦で出席できず、見学や欠席で単位を落として皆と一緒に卒業させないと脅されたり、踏んだり蹴ったりだった。父はラグビー部で国体優勝、兄はサッカー部、妹はバスケ部とスポーツ一家に生まれたので何で自分だけ、とつらいコンプレックスだった(セクマイも自分だけでしたが)。
 
そんな中で例外的にクラスで2位とか好成績だったのが卓球と剣道だった。社会的な生きづらさはどうすることもできなかったが、個人技は案外イケる子だったのだ。母方の祖父が弓道をやっていたり、アメリカでマーシャルアーツの経験があると一目置かれたので、自己肯定感にも影響があった。Tai chiと呼ばれる太極拳も琉球空手も相手を倒すことよりも、舞踏の振付けのようにスピリチュアルな型を深くマスターする面に魅力を感じていた。
 
自己実現に充実したアメリカ生活から日本に戻り、息苦しさに悩んでいた時期にNHKで「イ・サン」を放映していた。武術の描かれ方に目を見張った。日本の映像作品で見慣れたチャンバラの伝統の様式美とは異なり、尺もたっぷり取られていて、剣術を取り入れながらもテコンドーの型ありワイヤーアクションありで、スタントも俳優もそれはもう全力で真剣演技をしていて、生命力に溢れる美を表現していた。「この人たちは本気だ」とありありと全身全霊の身体性が伝わってトキメいたのを覚えている。
 
物語はイ・サンと恋人になるソンヨンと武官になる親友テスの幼馴染3人トリオの青春物語が広々と描かれる大河ドラマで、アメリカで冬ソナもチャングムも経験しそびれた筆者にとって初めての韓流時代劇だった。本国ではMBCの大型月火ドラマで、全60話の予定が好評につき17話追加されて堂々77話となった高予算番組だ。
 
実は監督のイ・ビョンフンには時に橋田壽賀子的ステレオタイプを感じて、たまに敬遠したくなる場面もあるのだが、明らかな長所を挙げると女性キャラが悉く職業人である点だ。ソンヨンが下働きの田母(タモ)から画員になるのも、泉ピン子が幸楽で汗してきたのと相通じるかもしれない。身分を表す衣装が、バストアップの画面構成上当時使われていなかった色や襟元や袖口の刺繍で演出されていて、効果を添えていた。
 
そして親友テスが生涯忠実な武官というのも堪らない。ホームズとワトソンがプラトニックとも性的指向ともホモソーシャルともまた異なる献身的な同士関係で結ばれているように、テス含めサンを守る三銃士になる護衛官3人のホモエロティックで、自己犠牲を厭わない絆にグッと来てしまって、地上波での再放送も全話視聴してしまった。アメリカで「ER」や「LOST」を観ていたのとはまた別に、自分のアイデンティティが刺激される体験だった。
 
 
王イ・サンは史実上も、ハングルを発明させた世宗大王と共に李氏朝鮮2大聖君とされていて、何よりも民衆のための改革を行った点が名君の由来だ。従って韓流時代劇も(日本の大河ドラマが戦国時代と江戸幕府瓦解の2時代に集中するのと似て)この2名君の時代の作品が多い。ドラマ冒頭避けられないのが、イ・サンを生んだ父親思悼世子が、実父の王・英祖から粛清されて米櫃内で餓死させられる、朝鮮王朝最大の謎「米櫃事件」だ。
 
ちなみにこの王・英祖はあの「トンイ」の息子で、李氏朝鮮で唯一賎民出身の母を持った王として、様々な人格解釈がなされて来た。長寿で晩年認知に問題が生じたのも事実らしい。真相が解明されていないので、ドラマでは米櫃事件についても自由な解釈がされている。謎なので大抵時代物ミステリーとなる。
 
最もお勧めしたいのが「金子文子と朴烈」でヨルを演じた、筆者心の恋人イ・ジェフンが思悼世子本人を演じた「秘密の扉~儀軌殺人事件」だ。こちらは今年NHKで放映が終わったばかりの、SBS全24話尺企画の月火ドラマだ。
 
 
韓国ドラマは早撮りで有名だ。月火計130分ほどの尺を放映するので、日本の朝ドラの約1.5倍、大河の約3倍のスピードだ。火曜放映後視聴者の反響を取りまとめてプロデューサーや監督から作家に軌道修正点について次週オーダーが入り、木曜には読合せを済ませ、翌月火までにまた130分撮り溜めなければならない。雪の中氷点下ロケだろうが主役は連日徹夜だ。なので画面も鬼気迫っているのかもしれない。
 
それ位真剣に製作されているので、観る側もなるべく本国視聴者と同じ体験になるよう、本番チェック(視聴)も、たとえ心の恋人でも日に1話以上しないようにしている。実は全話DVDを買ってあるのだが、集中して五感で感じ取り意識的に思考する時間だけでなく、受け取った感覚を1日寝かせて睡眠中や無意識下でプロセスする期間も同じく大切にしている。自分にとって韓流時代劇は武道同様真剣作業なのだ。何なら脳スポーツ体験とでも呼んでほしい。
 
実の父に殺されてしまう薄幸の皇太子を演じるイ・ジェフンだが、これまた奇跡の尊さの端正な佇まいで、第1話親友画員との登場シーンから虜になった(「友情」にやられ易いパターンですね)。過去東京ゲイ&レズビアン映画祭時代に上映された「ただの友達?」では兵役中の彼氏にチョコレートを作って面会に行くボーイフレンドを演じた好青年だ。今のところ超大スターではないのも奥ゆかしい。
 
一方父親・英祖役は「根の深い木」ではもう一人の聖君、思慮深い世宗大王を演じた性格俳優ハン・ソッキュだ。「老論派の諜報を信じるべきか、息子の世子を守るべきか、それが問題だ」と、一筋縄では行かない乱心した王・英祖の心理劇をシェイクスピリアン風の大きな身振り手振りで表現していた。
 
筆者の母方の祖父が栃木県で民藝運動に参加した書家なので、朝鮮文化の特色にも触れて来たのが、今わかる。質素を旨とし、白磁を始めとする華美を排したシンプルな調和の中に暮らすというのもその一つだ。韓流時代劇では毛筆の書状が多用される。その一つひとつがいちいち素晴らしい行書や草書で、書家の孫としても見惚れてしまう。
 
登場人物全員にそれぞれの立場での正義が語られ、それが悉く対立して強い葛藤の張感下ミステリーが進行する。王には王の、皇太子には皇太子の、皇太子妃には皇太子妃の、服心には服心の、秘密結社には秘密結社の、民衆には民衆の正義が堂々と示され、相反して大変な24話が展開する。貴重な絵画や書で彩りながら。
 
そして儒学の宿命として「民を大切にする」と「目上の者を敬う」の衝突は避けて通れない。ドラマでは「民の朝鮮」を目指した思悼世子が、「身分秩序」を守らねばならない父・英祖に殺され、その恨(ハン)を託された息子イ・サンがついに「民の朝鮮」を実現する改革に取り組む。
 
世襲パク・クネ候補と人権弁護士ムン・ジェイン候補を与えられて、一度は直接投票でパク政権を誕生させた韓国民衆が、粘り強くキャンドルデモの直接異議申立てで自らの手で政権を倒し、ついにムン大統領を手にしたのも、市民に備わった潜在能力が発揮されてこそだ。スポーツは駄目だと悔しさと共に諦めていた自分が、こうして今伸び伸びと運動を楽しんでいられるのも人生面白いなと思える。そうした自分のルーツも思い出させてくれた韓流時代劇でした。
 
本日のスタンプ: ニャゴ尚宮スタンプ英語バージョンで今日からインターナショナル!
 
 
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オガワフミ(おがわ・ふみ)

福祉職員。ゲイ。中年。杉並在住シングル。心身の健康とKPOPの相関について考える日々。ラブピースクラブがその辺で発掘。A型。天秤座。好きな言葉はアイスクリーム。推しカラーはパープル。好きな香りはグレープフルーツ。TOEICスコア990だが日本語少々不自由。夢は夜間中学保健教諭。ハイビスカスティーを常飲。最近パン作りにハマっている。

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