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禁断のフェミニズム Vol.4 「抱きしめてあげたい」という表現について

相川千尋2019.10.01

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なんだか最近、やたら眠い。休みの日はだいたい昼まで寝ているし、土曜日は一日中寝てしまう時もある。土日もほんとうは仕事をしたいのに夕方まで寝ていて、あわてて起きて、ともかく何でもいいからできることをする、みたいなことになっている。
もはや罪悪感とかどうでもいいから、少しでもできることを、という気持ちでやっている。
疲れているんだろう。そして、私みたいに疲れている人が、世の中にはきっとたくさんいるんだろう。
だからなのかな、と思う。最近、なんだかやたらとやさしいコミュニケーションを目にするようになった。みんな、なぐさめたり、なぐさめあったりしながら、なんとかやっていこうとしているのだろうか。

何が言いたいかと言うと、「抱きしめてあげたい」という表現が少し前から気になっているのだ。私の観察の範囲では、誰かがつらい目にあった時のなぐさめの言葉として使われているみたいだ。「私はあなたのことが好きだ」みたいな親愛の情も含まれている感じがする。

先日ある有名ツイッターアカウントが、ちょっと面白い自虐ネタを投稿した。ふだんはリプライ欄なんて見ないのだけど、たまたま見たらそこに「◯◯さんを抱きしめてあげたいです」というコメントが並んでいて、「こんな慰め方が必要なの?」と、失礼だけれど少し引いてしまった。そして、そういえば最近このセリフよく見るなと気がついた。

これは、たぶん実際に文字通り身体的な接触をして相手をなぐさめるという意味ではなくて、あくまでも記号的な表現で「身体的な接触をともなうコミュニケーションはきわめて親密なものです。私はそんな親密なコミュニケーションをあなたにして差し上げたいくらい、あなたのことを大切に思っています。だから元気だしてください」みたいな意味なんだと思う。わかる。

だけど、異性とでも同性同士でも、人の体に接触するコミュニケーションって、海外はともかく日本では私はそんなにしない。まして、抱きしめるなんてやっぱり究極だ。そんな最上級の慰めを思わせる言葉がこんなにもカジュアルに使われていることをどう考えたらいいのだろう。みんながそういうやさしい、究極的に慰撫するような言葉を必要としているということなんだろうか。

他人の言葉使いをあれこれ言うなんて、いやらしいけれど、でも私は今までの人生の中でこの言葉をかけられたことが一度もないという意味において、つまりこの言葉から排除されているという意味において、自分はすごくこの言葉に関係があると思った。

見る人の視点によるのかもしれないのだけれど、私はどちらかというと「あなたは強いから」と言われるタイプの人間だ。そして、強い人間の常として、共感力に乏しく、気がつかないうちに人を傷つけているんじゃないかと思う。
こんなことを思うのは、昔ものすごくメンタルが強い上司と仕事をした経験があるからだ。この上司は女性だったけれど、私の小さな困りごとの訴えが、ほんとうにまったく理解できていないようだった。私も上司も「抱きしめたい」とはたぶん無縁だ。

今度、「フェミニズムは怖いイメージがあるけど、どうですか?」みたいな質問を含む取材を受けることになっている。「不正義に対して抗議してるんだから怖くて当然」「人にどう思われようと関係ない。怖くて上等」など、どう答えたものか私なりに考えている。

でも、もしかして、もしかすると、「怖いって言われることを引き受ける強さがなくてもフェミニズムに興味を持っていいんですよ」みたいな言葉こそが、ほんとうは必要なのかもしれない。「嫌なイメージを持たれるのが嫌ならそれでいい」「穏便にやりたければそれでいい」とか。「抱きしめてあげたい」のことを考えて、そう思った。

「抱きしめてあげたい」みたいな、やさしい慰撫する言葉を必要としている人が多い世の中は、とても生きづらい苦しい世の中だと思う。私は「抱きしめてあげたい」にはどうしても強烈な違和感があるのだけど、だけど、この感性がいきわたっているらしい現実を無視してはいけないと思うし、こういうやさしい感性があるからこそ、私が生きていることも許されているのかもしれないとも思う。

これからも私が「抱きしめてあげたい」なんて言ったり言われたりすることはきっとないだろうけど、でも、このことはなるべく忘れずにおこうと思う。

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