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人生のシナリオに登場する加害者

牧野雅子2020.06.01

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彼女は、幼いころ、父親から性虐待にあっていた。母親は彼女をつれて離婚するが、虐待の事実を母親が知っていたのかどうかはわからない。高校を卒業すると、彼女はひとり暮らしを始める。ほどなく、仕事で知り合った男性と結婚。しかし相手はDV男だった。二人の子どもをもうけるが、暴力がひどくなって子どもを連れて家を出た。女手一つで子どもを育てるのは大変だった。子どもが高校を卒業して2人ともひとり暮らしを始めたとき、彼女は再婚するのだが、相手はまたもやDV男だった。普段はとても優しくいい人らしい。でも、お酒を飲むと、彼女に暴力を振るう。わたしが彼女と出会ったのは、その頃だ。性暴力だとか調査だとかは関係のない、まったくのプライベートな集まりで知り合った。

彼女はこの話を隠していない。今は消してしまったが、ブログにも性虐待を受けていた過去やDVの話を書いていた。わたしが、こういうことをやっている研究者だと知っても、きゃーカッコいい、よかったらわたしの話も書いて、と言って、笑いながら、夫の暴力を語る。悲壮感を感じさせない、あっけらかんとした語り。

一度、家にお邪魔したことがある。都市部の小さなアパート。とてもキレイに整えられていた。ただ、気になったのが、こたつカバーやカーテンなどのファブリックが、彼女にそぐわない、とても幼い印象を受けるものだったことだ。彼女の趣味だという。自分の家だもの、何を好きでも、何を置いてもかまわない。でも、どうしようもない違和感を覚えてしまったのだ。彼女の雰囲気と合わない何か。そして、そんなところで暴力が振るわれていることに、陳腐な言い方だが、とてつもない闇があるように思った。まだ、どこかに暴力の痕跡――壁紙が破れているとか、ふすまに穴が開いているとか――があったほうが、安心できたのではないかと思うほどに、ちぐはぐな感じ、ズレている感じがした。

彼女は言った。今の人生は、生まれる前に自分自身でシナリオを書いてきたもの。生身の肉体を持って、様々な制限のある3次元の世界で、自分自身の魂をみがくために。そのためには、不幸な境遇が必要。それを経験して乗り越えて魂を成長させるために、自分の決めたテーマに見合う不幸な出来事――災害、事件、事故――を組み込んで、自分でシナリオを書く。親を選び、場所を選び、時代を選んで。生まれる時には、その記憶は忘れるようにできている。自分が書いたシナリオだということがわかってしまうと、学びにならないから。つらい体験や不幸な出来事は、自分を高めてくれる、ありがたい経験。不幸な出来事は、自分自身が、これを乗り越えることで自分を高めたいと、この人生のシナリオで設定したこと。不幸に思える出来事は、自分がわくわくして詰め込んだもの。

彼女は「見える」人なのだという。幼い頃から、人には見えないものが見えた。前世の話、運命の話。

不幸な出来事には、加害者という登場人物が必要。だから、シナリオの一部は、加害者としての人生を送ることで学びの経験を積もうとする魂と一緒に書く。加害者という経験はとてもつらいことで、それをあえて買ってでてくれることには感謝すべき。被害と加害という経験で学ぶべきことを学べたら、もう、同じような経験をする必要はない。お互いに十分に学び合えたら、その経験は不要になるから、卒業できる。でも、もし、まだ十分に学び尽くせなかったら、また同じような試練がやってくる。そこで学ぶことをテーマに、今生に降りてきたのだから。

わたしはひたすら聞き役だった。彼女の話を、理不尽な経験を受け止めて前を向いて歩くための、当事者のナラティヴだとまとめてしまうのは、たぶん、暴力なのだと思う。あなたがそう思うのは、そうとでも思わないと、あまりにその被害経験が理不尽すぎて、自分の人生を呪いたくなるからですよね、あまりにそれは理不尽すぎるから、どこにもぶつけることのできない思いを、納めることのできない感情を、自分にも相手にも向けられずに、それでもなんとか現実を理解して整理して、日々を生きていくために、そういう物語に落としどころを見つけて、納得しようとしているんですよね。

彼女のように、「人生のシナリオ」のことを話す人と何人も出会った。性暴力の被害経験を持つ方もいらっしゃった。そういう話をされるのは、自分に暴力を向けた相手が、父親だったり、叔父だったり、義父だったり、身内のそれもかなり年上の男性だという方が多い印象がある。調査をしたわけでもないから、これはあくまでも、わたしの個人的な印象だ。そこに、何かの意味を読み取ることも可能だが、わたしはまだ、踏み込めないでいる。

わたしは「見えない」人なので、彼女の言う話の真偽はわからない。そして、仮に、彼女がつらい出来事を乗り越えるために、そういう物語を作っているのだとしても、そこに、単なる知人にすぎないわたしが踏み込んで行くのも暴力だろう。ただ、自分に暴力を振るった相手に、自分を成長させるために悪役をあえて買って出てくれた人で、彼らも苦しんでいる、だから感謝していると彼女が言う時、わたしはやっぱり、引っかかってしまうのだ。あなたを傷つけた男たちに感謝する必要なんてない。「見えない」わたしの声は、彼女に届いていないけれど。

その後、彼女は二度目の離婚をした。学ぶべきことを学び、「卒業」したのかもしれない。彼女の新しく作ったSNSアカウントには、孫と一緒に笑う彼女の写真でいっぱいだ。

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牧野雅子(まきの・まさこ)

龍谷大学犯罪学研究センター
『刑事司法とジェンダー』の著者。若い頃に警察官だったという消せない過去もある。
週に1度は粉もんデー、醤油は薄口、うどんをおかずにご飯食べるって普通やん、という食に関していえば絵に描いたような関西人。でも、エスカレーターは左に立ちます。 

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