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モテ実践録(13) 短絡的ハッピーエンド思考について ――「ストーリー・オブ・マイライフ」と「ブリジット・ジョーンズ」から学んだこと

2020.07.03

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お友達のYさんが、「独身の友人はみんな見に行った」と書いていた、映画「ストーリー・オブ・マイライフ」こと「若草物語」。私は公開した週に観に行きました。皆さんはもう、ご覧になりましたか? 

私は「若草物語」が大好きで、1~4まで全て読んでいる。とりわけこのコラムにも書いたことがあるけれども、「第二若草物語」が大好きだ。今回の映画は、大昔のエリザベス・テイラーが出たバージョンと同じく、「第二若草物語」までを話の中に含んでいる。
 
話の本題に入る前に、簡単にあらすじを説明しておこうと思う(ネタバレが嫌な方は薄目で読み飛ばしてください!)。
時は南北戦争最中のアメリカ。牧師の父が従軍し不在である一家では、メグ、ジョー、ベス、エイミーの四姉妹がお芝居をしたり、近所の貧しい一家を助けたりして美しく過ごす。そのうち、作家志望のジョーは、隣の家に住む、お金持ちのローリーと知り合い仲良くなる。しかし時がたち、ジョーはローリーの求婚を拒絶し、ニューヨークへ。お金持ちの伯母さんに連れられ、(ジョーが行くはずだった)ヨーロッパへ行った末っ子のエイミーは、ローリーと結婚する。 
ところで私の場合、「若草物語」を最初に読んだのは小学校に入る前のことで、硬い厚紙でできた、目はベルバラのようなキラキラした少女たちの絵がついた20ページほどの絵本を持っていた(まだamazonでも売っているどころか、Kindle版も出ていました)。

今でも鮮明に覚えているけれども、この絵本を読んでいた幼き私の隣で母が「でも、ジョーはローリーと結婚しないんだよね!」と壮絶なネタバレをしていた。私は、自分の両親が本を読んでいる姿を見たことがないけれども、母は最初から本を読まなかったわけじゃなく、私が生まれて、生活に追われて読む習慣がなくなったと話していた。そしてそんな母にとって「若草物語」は大切な一冊だったらしい(家には本がなかったので、もちろん、絵本以外の「若草物語」もなかった)。

その後、私は小学1年生の時に、ジョーが設立した学校「プラムフィールド」を舞台とする「第三若草物語」を原作とした世界名作劇場「ナンとジョー先生」に夢中になり、子ども向けの原作も読んだ。しかし、きちんとした「若草物語」を読んだのは大人になってからのことだ。20代の頃に世界名作劇場に「ハマって」ほぼ全シリーズ、全話見たので、「若草物語」のアニメも見ているし、さらにエリザベス・テイラーが出た映画も見ている。それなのに、最初の出会いから30年近くの時間が経ってもなお、私は小学校の頃からずーっと「なんでジョーとローリーは結婚しなかったんだろう。残念に」と思っていた。
お隣に住む、お金持ちで、自分のことをわかっていて好きでいてくれる幼なじみ。それに、私の記憶にもっとも濃く刷り込まれているキラキラ少女バージョンの絵本のローリーも、イケメンだ。ずっと一緒にいた二人が、大人になって一緒にいないのは、(自分で本を読んで、母のネタバレがうそではないとわかっていても、それでも)信じられないことであった。
 
でも、今回グレタ監督の「若草物語」を見て、「ジョーはローリーと結婚しなくて良かった!!!!!!」と思った。ティモシー・シャラメ演じるローリーは、ジョーの書く物語を理解できないし、彼女のような学問的な貪欲さ、広い世界を見たいというような好奇心を共有することができない。ローリーの側では経済的にそれが可能であるのに、なぜジョーがそれを追い求め、それが必要なのか、その意味を本当のところで理解することができない。もちろん日常を送ることは大事であるし、繰り返しの中に幸せを見る人もいる。しかし、創作をしないと、そのペダルを踏み続けないと倒れてしまう人も世の中にはいるのだ。それは必ずしも二人とも創作をしなければならないということを意味しない。ただ、それは人生をかけたものであるので、そうした(時に静かな)情熱に寄り添うことができなければ、共に家庭を築くことは難しいのではとも思われる(私は他人と家庭を築いたことがないので、想像であるけれども……)。

(ローリーは、寂しかった自分を肯定してもらった恩情を愛情に切り替えているけれども、ジョー本人を実は深くは見ていない。基準は自分なのだ。本当に彼女の考え方やその癖や何かを理解していたら、妹と結婚しないだろ、と思う。でも、今回の映画で驚きだったのは、これまでジョーにばかり感情移入をして物語を読んでいたがために「敵」と思ってきた末っ子エイミーの深さだった。この映画はメタ的な結論も素晴らしいし、グレタ天才!!! と思ったのだけれども、ここではそこには触れないでおこうと思う。)
 
そう、簡単に言えば、私は「結婚=幸せ」と信じてやまなかったけれども、結婚しないほうが幸せということもあるのだと、結構単純なことを思った。自分に合う人でなければ、それは重荷になってしまうのではないかと。
私は、これまで自分が短絡的な結論を望んでいたことを知った。そしてそれは、「ブリジット・ジョーンズの日記」においても同じだったのである。
 
私は現在32歳で、初登場時点でのブリジット・ジョーンズと同い年だ。私は、タバコは吸わないけれど、浴びるようにお酒を飲むし、体重はますます増えて、いちおう出版社勤務であるし、常に彼女に親近感を抱き続けてきた。
こちらも超簡単に全3部作の映画のあらすじを紹介すると、最初の映画で、32歳出版社勤務のブリジットは故郷のクリスマス・パーティーで人権派弁護士のマーク・ダーシーを紹介される。紆余曲折ありながらも二人は結ばれる。2作目は1作目のすぐ後、ブリジットはダーシーに他の相手がいるのではと不安になり、一度関係を解消しながらも最後にはプロポーズを受ける。そして問題の3作目の冒頭、43歳になったブリジットは一人きりで誕生日を迎えている。2作目でプロポーズを受けたのに、二人はうまく行かなかったのだ。
 
 最近3作を見直して、私は気がついたことがあった。つまり、以前の私であったら「なんでブリジットは2作目のすぐ後に結婚しなかったの!? かわいそう!!!!!」と思っていただろうに、今回は、まったく別の見方ができた。作中で、ブリジットとマーク・ダーシーは付き合っている間にうまくいかなかったことが示唆される。ダーシーは非常に多忙で、ブリジットは一人で置き去りにされている。さらにコミュニケーションもうまくいかない。二人は別れを選び、ブリジットはテレビ局の仕事で順調にキャリアを積み上げる。
つまり、もし2作目の直後に結婚していたのならば、ブリジットは仕事も中途半端で投げ出したまま、いつかは(おそらくすぐに)我慢に限界がきて、離婚していただろうとも思えたのだ。その間に子どもも産まれていれば、そこから彼女がキャリアを積み上げることは、社会的に難しかったかもしれない。ダーシーと離れた後で、他の人とデートする気力がなくても、彼女は落ち着きを得て、自然に健康的な身体つきともなって、子どもができても「一人で育てる」と言うことができる。1~2作目では「憧れの弁護士をどう振り向かせるか」とヤキモキし、教養のなさを振りまき、空回りしていた彼女は、3作目では一人で立っていて、主導権は彼女の側にある。
3作目も結局は「ハッピーエンド」になるのだが、そこまでの時間は結構だらだらと流れる。なぜならブリジットはすぐに彼のもとに戻ろうとはしないからだ。二人の関係にすぐに結論が出ないのは映画の特性であるかもしれないけれども、単純に「結婚しました。めでたし」とならないことによって、二人は自分たちにとってのパーフェクトなタイミングに出会うことができた。

自分に合う人で、それに、良いタイミングで――と思うと、私は肩の力が一気に抜けた。私はこれまで、自分のまわりにいる、彼女ナシの独身男性を呪って生きてきた。身近にいる「フリー」である私に対して、彼らが興味を示さないことは、私の存在の否定であるように思ったからだ。でも、それは彼らにとって失礼なことだと思い始めた。独身であるからと言って、合わない人について興味を示せと言っても無理なことである。ジョーにとって一番身近にいたローリーが、友人としてはよい存在であっても、結婚して一緒に家庭を築く相手ではなかったように、合う・合わないことは大事な価値観で、しかも、それを焦って考えたり、自分を無理にねじ曲げて合わせようとしたりしなくてもよいと、この2つの映画から私は学んだ。これまで私は短絡的なハッピーエンドを望んでいたけれども、それは、ある意味で自分の首を絞めることでもあったし、周囲に、必要のない敵意をまき散らして、勝手に傷ついているのもばからしくなった。
反対に、短絡的なハッピーエンドを盲目に志向してきた私が、今もって結婚もせずに「自分の追求」ができていることに感謝したくなった。保守的な価値観を持つ地方の出身で、私は幼稚園の頃から容姿について周囲に悪く言われてきたが、そんなふうに言われる見た目や、私が育った地域ではびこっていた偏狭な価値観がなければ、何となく結婚していたかもしれない。私の容姿は、私の防御の役割を果たしてくれたのだ。今では、趣味のランニングに体重増加で負荷が増えていることを除けば自分の身体についてそれほど気にならないし、私は自分がまとっている「雰囲気」についても、自分が獲得したもので、良いものだと思える。この先も自分が獲得してきたものを守って、かつ、年を経るごとにその時々に沿って進化させていきたいと思っているし、私に「合う」という人は、私の見た目についてとやかく言わない人だろうなという気がしている。
 
この2つの映画を見て学んだこと、それは今すぐに目の前の人で間に合わせようとしなくていいのだということ。物事はパーフェクトなタイミングで起こるかもしれないし……。ということで、私はこれまで敵意をむけた大勢の周りの独身男性たちに、ちょっとあやまりたい。もちろん、なぜ私に興味を向けない? というモヤモヤした気持ちは長年の習慣によってまだ残っているけれども、興味を向けられなかったからこそ、私は自分に主導権があり、自分が選ばれるのではなく自分で選んでいこうというように思考を変換できた。だから、感謝しています!

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(沼ZINE主宰)

沼ZINE主宰。https://numazine.themedia.jp

大学4年生の夏、内定が出ず定員割れの交換留学に申し込む。翌年、全く話せない状態でドイツへ向かい、毎日サービスデーのバーを回る「居酒屋ドイツ語」と呼ばれる勉強法で語学を習得。帰国後、大学院を経て都内の出版社に勤務しながらドイツ語翻訳を行う。2018年、友人とウェブマガジン「沼ZINE」を開始。趣味は映画・演劇・美術鑑賞、へっぽこ旅。

翻訳したドイツ語コミック「マッドジャーマンズ 」が第22回文化庁メディア芸術祭マンガ部門審査委員会推薦作品、第4回日本翻訳大賞二次選考対象作品に。

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