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ママはマネジャーじゃない!

中沢あき2020.07.21

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子どもの保育が再開されて1カ月たった。時短なので午前中だけとはいえ、昼ごはんまで食べさせてくれ、家に連れて帰ればそのままお昼寝で2時間近く寝てくれるので、合計で6時間は育児から手が離れることになった。わが家が預けている保育ママは週4日保育でいわゆるフルタイムではないが、それでもこの午前中の4時間は本当にありがたい。コロナ禍で仕事が吹っ飛んだとはいえ、あれこれの諸手続きや片づけなど、とどこおっていた事務雑務がやっと進み出した。それに子どもがいない間、コーヒーを飲みながら静けさの中で頭を整頓することができる贅沢さといったら!

なんて話はまわりからもたびたび聞くが「それを贅沢に感じる」なんて話題はどうしていつも「ママ」同士の話になるんでしょ?

しばらく前にラジオ番組で耳にした、コロナ禍で在宅勤務となったワーキングマザーの一コマがふとよみがえる。

ホームオフィスとなった居間でオンライン会議が始まったものの、「ママー、〇〇がないー!」「ママー、〇〇がぶったー(泣)」と子どもたちの騒ぐ声にかぶさるように今度は、「ねえ、あれってどこにあるんだっけー?」と男性、おそらくパパ/夫の声。はあああ~、とママのため息が響く……。

いやあ、子どもたちだけじゃなくて夫までとは、うちだけじゃないのか! ドイツでもやっぱりそうなのか! と私はものすごーく共感した。現在のドイツではワーキングマザーは当たり前のことで、専業主婦はかなり保守的な家庭か、またはまだ男女のヒエラルキー差が文化として残る移民系の家庭ではまだ存在するが、一般的には少数、そして専業主婦への願望もめずらしい。そんなドイツも1977年までは、結婚した女性が外で働くには夫の許可が必要という法律があり、妻の稼ぎも夫が一家の家計に入れて管理していたとか。今では考えられないことだが、ワーママだった義母の経験話として私も直接聞いたことがある。とはいえ、夫の叔母たちは皆そろって教師や公務員を勤めあげたワーキングマザーばかりだし、わが子の保育ママはもう70歳を超えたベテラン保育士だが、この仕事を始めたきっかけは結婚して子どもが生まれた後、働きに出られなかった中で在宅でできる仕事をと思ったからという人だ。そんな先代の女性たちの苦労と努力があってこそ、男女平等を目指してドイツ社会における女性の地位は上がり、活躍の場も増えたはず、だった。のに、ここにきて、いざとなると家庭内ではやっぱり女性のほうに負担がかかる、ということがこのコロナ禍であきらかになり、前時代へ逆戻りするのではないかという社会学者の指摘も出ている。ちまたに聞く「コロナ離婚」の原因はこういうところにもありそうだ。

いちおう触れておくが、私の知る限り、どこの家庭でもよっぽど高齢世代でない限り、家事がまったくできないというドイツ人男性はあまりいないように思う。うまいか下手かは別として、それなりにできるし、日本に比べれば家事育児を担う割合は多いし、もちろん中には感心するほど半分かそれ以上に担う人もけっこういる。

それでも今回のコロナ禍で表面化したこの問題。でもコロナ禍はあくまできっかけであって、問題自体はもうすでにずっとあったのだ。昨年、産後検診だったか歯医者だったかで訪れた医院の待合室で読んだドイツの女性誌のコラム漫画を思い出すと、テーマはまさにこの家庭内での母親の立場だった。

ディナーに招かれた友人がキッチンカウンターでその家の夫と話し込んでいるそばで、妻は子どもたちに夕食を食べさせながら、コンロの上の鍋をときどきかき混ぜている。そのうちに子どもが皿をひっくり返し、彼女がその始末に格闘している間に鍋が焦げてしまったので、それを夫に言うと彼の返答は「言ってくれれば様子を見たのに」。そこで妻はキレる。「私はあなたの上司じゃないのよ!」

ああ、これ、わかるわあと、初めての子育てでげっそり疲れていた私はぼんやりと思った。このコラム漫画の執筆者が解説するには「マネジャー職の経験から言わせてもらえば、あれこれ指示を出し、その指示がうまく機能しているかまでを確認するマネジャーの仕事は四六時中気が張り詰めて大変なのに、ましてや家庭においてまでマネジャーを期待されるなんてもってのほか」だと。ホント、それ!

ママ友でもあるキャリアウーマンの友人は以前、「まさかいまどき自分がこんな思いをするなんて思わなかった」あきれ顔で話していた。1年前の夏、その彼女と子連れでお茶をしていたとき、1歳半くらいの子どもを連れた夫婦が隣に座った。私たちがちょうど、半年後くらいから保育を始めたいが預け先が見つからないと話しあっていたときで、友人がその夫婦にその子の年齢を聞き、保育に預けていないのかとたずねると、その男性はこう言った。「うちは二人とも自由業だし、時間は都合つけられるからもう少し自分たちの手元で育てようと持っていて」相手の女性もこう続けた。「子どもが大きくなってくると少しずつ一人でも遊べるようになるし、時間がだんだんとできてくるわよ」二人の言葉は穏やかで、本当にそうなんだろうなとそのほほえましい家族にあいさつをして私たちは外に出た。そのすぐ後、友人は唐突に言い放った。「あれはね、あの男性がちゃんとできるからよ。それだったらそういう育児も可能よね。うちは無理よ」まったくその通りだと思った。

その後、彼女の子どもも私の子どもも、探す苦労はややあったが市の条例通りになんとかそれぞれ預け先が見つかったが、家庭内の不満は基本的にはそれほど解消できていないので、会うたびに、いつになったらこういう文句を言わなくなるかなあ、と苦笑いを共にしている。

結局のところ、ドイツにしろ日本にしろ、法律的には男女平等はかなり改善されてきているのだ。が、本質的には社会の意識が変わっていないから、各家庭の中では女性の負担がどうしても多くなる、ということなんだろう。先述の義母はその後離婚してシングルマザーとして二人の子どもを育てた人だが、そのわりには息子にその苦労をちゃんと教えてなかったのかい? とツッコミたくなることしばしば。「私も苦労してやってきたんだから」なんていう先代たちの言葉は、はっきり言って役立たず。社会の意識を変える力もなければ、奮闘する現世代を応援するどころか、ウンザリさせるだけである。これじゃ、結婚は幻想、と思う若い世代が増えるわけだ。

上の世代の意識を変えるのはもうむずかしいだろうが、可能であれば現世代を、そして次の世代はそうならないように育てないと、と責任を感じるこのごろなのであった。

基本として、自分のことは自分で、できることは進んでどんどんやろう、家庭はマネジャーなしのチームワークで、の理想を目指すべし!
© Aki Nakazawa

日曜日の公園での一コマ。やはり週末はお父さんたちの姿も多く見かけます。子どもがかわいい、子どもと関わりたいと、どのお父さんたちも愛情たっぷり。それは大変すばらしいことですが、育児って一緒に遊んだりすることだけじゃないんですよね。家に帰ってからお風呂に入れる、ご飯を食べさせる、そのご飯を用意する、大量の子どもの服を洗濯する、etc.。結局家事とほぼ同じ内容になるわけで、つまりは家事もできる人じゃないとお母さんの負担は減らないのです。お父さんと子どもが遊んでいるそばでお母さんは家事にいそしむ、って、家政婦じゃん!いえいえ、お母さんだって子どもと遊んで家に帰ったらご飯が用意されている、そんな日もほしいのです。お父さんは一緒に遊んでくれる人、お母さんは家事をする人、そんなイメージを子どもたちに与えないように私たちの世代が生活意識をあらためないと、社会はいつまでたっても変わらないだろうと思います。
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中沢あき(なかざわ・あき)

映像作家、キュレーターとして様々な映像関連の施設やイベントに携わる。2005年より在独。以降、ドイツ及び欧州の映画祭のアドバイザーやコーディネートなどを担当。また自らの作品制作や展示も行っている。その他、ドイツの日常生活や文化の紹介や執筆、翻訳なども手がけている。 

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