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TALK ABOUT THIS WORLD ドイツ編 冬の終わりに断食を

中沢あき2021.03.13

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昨年から続くコロナ禍の中で健康についての意識が高まっているのはどこの国でも同じ。もともと健康オタク気味な私、あれこれ情報記事を読むのも好きだし、自己流の健康法もいくつか試しているが、ダイエットとかファスティング(断食)などの食事制限なんて試したのは20代半ばを過ぎてからやった記憶がない。別に肥満に悩んでいたわけではないが、若い頃にありがちなこだわりってやつだ。いや、ファスティングは一度、30代の初めごろに友人がやっていたのを聞いて、スープだけのデトックスファスティングを試したことがある。最低3日くらいは続けなければならないのだが、2日目ですでに頭がクラッときて、これはまずい、と断念しておかゆを食べたんだっけ(断食した直後の普通の食事は絶対にダメです)。もともと食べることは好きだが、この冬の寒さが厳しい北国で生きていくには、しっかり食べて動いてエネルギーを作らないと、体が冷えてしんどくなるのだ。

さてしばらく前のこと。久しぶりに仲の良いママ友に会って、いつも行く公園のコーヒースタンドに向かって歩いていたら、彼女が言った。「私、断食中なの」
は? 背が高くてすらりと健康的な彼女が、ダイエット??
「一昨日から始めて、水分はジュースとかお茶でとってるんだけどね。でも昨日はとうとう夜にひとかけら、チョコレートを食べちゃった!」と話すではないか。今日はカフェインレスコーヒーを頼んだ彼女に「で、なんで断食してるの? あなたはダイエットなんか必要ないでしょ」と言うと、ダイエットじゃないわ、と笑う。
「ほら、今は断食期でしょ。以前も何回かやったことあったのよ。で、ふと思いついて、またやってみようかなって思ったの」

へえ〜、キリスト教の教えに従ってやってるの? 家族の習慣だったの? と興味津々で聞く私に彼女は「んー、そういうわけでもないかな、うちの家族は別にやってないし。数年前にも2回ほどやったことがあるのよ」と淡々と話す。

彼女の言う断食期、Fastenzeit(ファステンツァイト)とは、キリスト教の教えによる習慣だ。キリストが十字架に架けられてから復活するまでの間、信者もその苦しみを一緒に分かち合うために肉食や贅沢をつつしむ。近年は日本でもハロウィーンに次ぐトレンドになりつつあるらしいイースターがその復活祭、つまりキリストが復活したことを祝うもので、以前のコラムに登場した仮装で祝うお祭り、カーニバルはこの肉食をつつしむ時期に入る前に思う存分肉食や食事を楽しんでおくというお祭りなのだ。Carnevalというのは「グッバイ、お肉」の意味だが、断食期に避けるべきものは酒類、甘いお菓子や喫煙、肉食など、いわゆる魅惑的でおいしい食べ物やぜいたく品をつつしむだけなので、イスラム教の断食のように、水も飲めないほど厳しくはない(ただし、体に支障をきたす場合は断食しなくてもいいとか)。そしてゆるい断食とはいえ、食事制限はそう簡単なことではないので、昔から抜け道がいろいろ作られてきて、例えばカーニバルの時期にドーナツのような甘い揚げ菓子が定番で出回るのも、食べられなくなる前に楽しむ&皮下脂肪を溜めておこう、という感じだし、ボックビアというアルコール分が強いビールの始まりは、なんと僧侶たちが厳しい断食の間、水分摂取だったら許されるという条件下で栄養をとるために「飲むパン」として作られたのが始まりだとか。人間の欲望は深い……。

まあいまどきそんなことを考えてカーニバルを楽しむ人も、そしてその後に肉食を控えたりする人もほとんどいない。と思っていたのだが、まさか身近にいたとは!

それで気になって検索してみると、いろいろな記事や情報が出てきて、どうやら多くの人が関心を持ってるようだ。断食の意味から方法から思想の話まで、いろいろとタイトルが出てくる。例えばとある記事は、いまどきの断食期にできるアイデアとして、食事以外のさまざまな誘惑を断つことを提案していておもしろい。例えばテレビやスマホ断ち、過剰な包装をされた製品を避けてみる、プラスチック製品を避けてみる、車の代わりに自転車で移動する、CO2を減らす行動を考えてみる、ゴミを減らす努力をしてみる、オーガニックやフェアトレードのものを選ぶ、余分な買い物をしない、などなど。環境問題が大きな時事テーマのいかにもドイツらしい提案だなあ。要は断食期というのは、普段の自分の欲望をつつしむことで自分自身を振り返ってみるタイミングなのだ。そして新型コロナ禍でホームオフィスや自宅にいる時間が長くなり、自分で自分の行動を整えることができる今は、そうした「断つ」ことを試すのにはいい機会かもしれない。

件の友人は、断食開始の数日前から少しずつ食事を減らして体を慣らし、断食中は野菜ジュースやトマトジュース、ザワークラウトの汁、搾りたてのオレンジジュースのみで過ごし、断食終了の回復日を含めて1週間半から2週間くらいの断食を予定していたが、今回は結局、断食を始めて4日目に不調を感じて止めたそうだ。「前回は1週間できたんだけど、今回は体がちょっと持たないなと思って」という今の彼女はバリバリのキャリアウーマンかつ2歳の子どもがいるワーキングマザーだから、普段が体力勝負の日々だもんね……。

「でもね、断食したのはよかったわよ」という彼女によれば、初めは眠くなったりフラフラしたりするけど、2日目、3日目からポジティブな気分になってきて、消化にエネルギーを使わない分、他のことに集中できるようになるとか。そしてなんといっても断食することで、物の価値がよくわかるようになるというのだ。なんでも手に入るようになった時代で物の価値が見えづらくなって、でも実はいかに大切なのか気づかなくなっている、と彼女。「だって断食が終わった後のたった1個のリンゴがどんなにおいしく感じられることか!」


さて、断食期のはずなのに、スーパーにはすでにうさぎや羊をかたどったチョコレートやお菓子がたくさん並ぶ。パステルカラーや華やかなリボンやセロハンで包まれたそれらのお菓子は来るイースターのためのもので、断食が終わった途端にまた欲望にあふれたものに囲まれてお祝いするのだ。人間って欲深いわあ。


写真1 © Aki Nakazawa


写真2 © Aki Nakazawa カーニバルの時期はこんな甘〜い揚げ菓子がたくさん積み重なって売られています。

写真3 © Aki Nakazawa
これはカーニバルの時期になるとパン屋さんに並ぶ、ムッツェマンデルという揚げ菓子です。沖縄のサーターアンダギーを思い出させるアーモンドが入ったこのお菓子、毎年必ず買います。そんな私には断食を試すのは遠い話ですが、思えば冬の間は油脂分の多いものを食べてエネルギーを体に蓄え、断食を通して春に向けた体のデトックスを行うというのは、薬膳や日本の旬の食事にも重なる考え方ですね。宗教的な話になっているけど、実は自然の摂理に合わせた習慣なのかもしれません。

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中沢あき

中沢あき(なかざわ・あき)

映像作家、キュレーターとして様々な映像関連の施設やイベントに携わる。2005年より在独。以降、ドイツ及び欧州の映画祭のアドバイザーやコーディネートなどを担当。また自らの作品制作や展示も行っている。その他、ドイツの日常生活や文化の紹介や執筆、翻訳なども手がけている。 

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